LGBTの認知度が高まる中、取り組みを始める中小企業が増えてきた。多様な社員が長く働ける職場づくりは、人材の確保にもつながる。中小企業のLGBT対応は、組織力や企業競争力を高める。
ここ数年、日本国内でLGBTの認知度が高まっている。LGBTとは、レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシャル(両性愛者)、トランスジェンダー(性別越境者。性同一性障がいの人を含む)の頭文字を取った性的マイノリティーの総称だ。日本では、当事者が約7.6%(約13人に1人)を占めるとされている。
LGBTの研修や講演を手掛ける民間団体オンザグラウンドプロジェクト(名古屋市)の市川武史代表によると、「2013年の団体設立当初は、月に1、2回だった企業研修が、現在は月8~10回に増えた」。研修先は、丸井やデンソーなど大企業を中心に100社以上に及ぶ。こうした動きは徐々に中小企業にも広まっているという。なぜか。大きな理由は人手不足だ。
愛知県瀬戸市の大橋運輸では、5年前からLGBT当事者の採用を開始した。学生時代に当事者の同級生と机を並べた経験がある鍋嶋洋行社長は「LGBTかどうかは優れた人材を獲得する上では関係ない」と語る。
自社のホームページで、ダイバーシティの一環としてLGBT当事者に働きやすい職場をめざしていることを紹介した。以来、求人サイトへのアクセスは他社平均の4~5倍に増えている。
LGBTの当事者は、ドライバーとして採用した。社内では本人が認識している性別で対応し、要望があれば、通称名を使うこともできる。
採用に際し、鍋嶋社長や現場責任者が取引先企業に説明、理解を得た。経営者の考え方や行動1つで、誰もが働きやすい環境づくりにつながるのが中小企業だ。
「今いる従業員たちが、やる気を持って長く働ける会社にしたい」とLGBTへの取り組みに目を向けた企業もある。ウェブコンサルティング会社のペンシル(福岡市)だ。
「従業員数が130人になったとき、計算上は10人ほどの当事者がいる可能性があると知った。従業員がLGBTの知識を備えておく必要があると考えた」(労働環境改善を担当する安田智美執行役員)
15年以降は週に1度、LGBT当事者の男性をカウンセラーとして社外から招き、当事者が不快に感じる表現を教わるなど、従業員向けのセミナーも実施している。企業行動憲章には「採用や就業に際し性的指向、性同一性を理由とする差別やハラスメントを一切行わない」と明記した。
LGBT対応の企業コンサルティングを手掛けるNPO法人虹色ダイバーシティ(大阪市)が16年に国際基督教大学と実施した調査によると、職場での差別的発言によって、当事者の勤続意欲を下げることが分かった。誰にも相談できずに、転職を繰り返すことも多い。
業種に関わらず、LGBTの知識を得ることは従業員全体の満足度向上にもつながる。
前出の市川代表によると、当事者ではない高校生や大学生から「LGBTの取組企業を教えてほしい」という問い合わせが増えているという。「LGBTへの対応は、誰もが働きやすい企業の目安となりつつある」(市川代表)
設備より人間関係を
「理解不足に加え、トイレや更衣室などの特別な設備が必要になると考え、LGBTに関する取り組みに二の足を踏む経営者も多い」。虹色ダイバーシティの村木真紀代表はこう指摘する。
ただ、従業員同士の配慮があれば、トイレの使い方など解決できる課題もある。そのためにも、社員数の少ない中小企業では、現場の人間関係づくりが重要だ。
LGBTの取り組みを始めるなら、まず経営層がセミナーに参加するなど知識と理解を深める。そして、「従業員から差別的発言があれば、日頃からきちんと指導するだけでも、当事者にとって働きやすい場所になる」(村木代表)
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誰もが差別なく生きられる社会をめざしてパレードやイベントを実施する「東京レインボープライド」が、2013年から毎年5月に開催されている[/caption]
LGBT当事者の感性に期待し、採用準備を始める企業もある。金属プレス加工の早川工業(岐阜県関市)だ。
同社の大野雅孝社長は、知的障がい者を雇用するなど、ダイバーシティを推進してきた。「競争の激しい業界で今後下請けとして言われたことをするだけでは、成長できない。LGBT当事者らの多様な感性が、突破口になれば」と語る。現在、幹部研修を終え、18年からの採用に向け就業規則を整えているところだ。
中小企業のLGBTへの対応は、組織力や企業力を高める取り組みになる。
日経トップリーダー/文/福島哉香