中小企業だからこそできる、ユニークな「お披露目」方法が話題となっている。その目的は、関係者への社長交代の告知、値上げ実施のおわび、製品イメージの転換とさまざま。独自の「公開」戦略を活用し、大企業とは異なるアプローチで企業価値の向上に成功した事例を紹介する。
急速に広がるクラウドファンディング。まだ見ぬ新しい製品やサービスに、不特定多数の支援者が資金を提供し、実現化する仕組みだ。支援者は、開発段階から折に触れて公開されるさまざまな情報に触れることで、製品の完成に向け一層の期待と愛着を深めていく。
今回紹介する中小企業3社の「ディスクローズ戦略」は、関係者や消費者にクラウドファンディングの支援者に似た心理効果をもたらしている。各社が抱える課題や思いをオープンにすることで共感や賛同を呼び、企業や製品の支援者を増やした。
2017年6月、自社の社長交代を新聞の一面広告で発表したのが、菓子メーカーのチロルチョコ(東京・千代田)だ。「チロルチョコの社長がかわりました!!」という文字の下、力いっぱいハンドルを握る「仮免許練習中」の新社長。助手席には両手で目を覆う前社長(新会長)――。
「社長交代の挨拶状を取引先に送るだけでは印象に残らない。せっかくなので面白い方法はないかと考えた」。その点「日経MJ」に広告を出せば、卸や小売店など菓子業界の関係者に一度に告知ができる。自社らしさを表現する楽しいビジュアルなら、記憶にも残るはずだ。
掲載当日、関係者よりも早く反応したのは一般読者だった。朝8時台にはツイッターで「愛するチロルチョコ。社長交代のお知らせもこれで済ましちゃう、素敵すぎ!!」と写真入りで紹介。以降3万3000回以上リツイート(引用)され、瞬く間にネットで話題となった。
チロルチョコといえば、これまで「きなこもち」「カレーパン」など、チョコレートのイメージを覆すユニークな味を次々と世に出してきたメーカー。「楽しいかどうかで商品化が決まる」(松尾社長)という柔軟性の高い企業風土を、社長交代の周知とともに広く再認識させ、ファンを喜ばせた。
値上げというマイナス材料を、大胆なディスクローズ戦略でプラスに転じさせたのがアイスキャンディー「ガリガリ君」で知られる赤城乳業だ。
2016年4月にテレビで放映された60秒のCMを記憶している読者もいるだろう。
「25年間踏ん張りましたが、60→70」。
画面に浮かんだテロップとともに最前列の井上秀樹会長と井上創太社長、約100人の社員たちが神妙な面持ちで一斉に頭を下げる。「値上げ」をテーマにした珍しいCMと社員たちの真摯な姿勢が話題となり、ユーチューブで500万回以上再生され、国内外含め延べ200以上の媒体に取り上げられた。
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4月1日に放映したCMの一コマ。会長、社長とともに約100人の社員が頭を下げ、25年ぶりの値上げをわびた[/caption]
CM制作に関しては、当初社内に反対の声も大きかった。
「値上げをわざわざアピールする必要があるのか」「ユーモアを交えて表現することなのか」。しかし、井上会長は「赤城乳業にしかできないCM」とゴーサインを出した。
放映後、値上げが原因で落ち込むだろうと予測していた売上高も、「前年比11%増となった」とCMを担当した営業本部マーケティング部の萩原史雄部長は語る。
話題づくりを重視
赤城乳業の掲げる企業スローガンは「あそびましょ。AKAGI」。社員に向けた「仕事は真面目に楽しくやりなさい」というメッセージと、消費者に向けた「アイスを食べている間はストレスから解放され自由になってもらいたい」という願いが込められている。
明確な企業スローガンを掲げた10年前から、赤城乳業では遊び心を生かしガリガリ君のプロモーション活動を積極的に展開してきた。
ゲーム業界やスポーツ業界など、他社とのコラボ商品は数えきれない。「ガリガリ部」を設立し、ケータイサイトでバーチャル部活を始めたり、「コーンポタージュ」「シチュー」などの変わった味を発売したりと休むことなく話題づくりに取り組んできた。
「ガリガリ君のプロモーション予算は年間売り上げの2%以内と決まっている。そのため、お金をかけずに話題づくりをしてメディアに取り上げられることは、赤城乳業にとって欠かせないブランド戦略」(萩原氏)
大手にはできない個性的な話題を発信し続けてきたからこそ、企業風土を理解した消費者に大いに受け入れられる「値上げ告知CM」となった。
珍ミュージアムが誕生(岩下食品)
「岩下の新生姜」は漬物ではなくショウガ――。従来の製品イメージを変える施設が15年にオープンした。
岩下食品(栃木市)の運営する「岩下の新生姜ミュージアム」だ。先代の美術コレクションを置いた記念館を改装。高さ5mに及ぶ世界一大きな「新生姜のかぶり物」、ピンク色の「新生姜の部屋」、新生姜がご神体の「ジンジャー神社」……と、いわゆる企業博物館とは一線を画すユニークな展示内容と写真映えするスポットは、数々のメディアで話題となっている。
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新生姜のかぶり物(写真左)。今夏はプロジェクションマッピングを投影した。岩下の新生姜ミュージアム(写真右)[/caption]
展示内容は毎月、社内の若手チームが考える。「おもてなしの精神が第一。お客さまに喜ばれることなら何をやってもいい」(岩下和了社長)。楽しんでもらえれば、いつか購買につながる。ミュージアムの入場料は無料にし、岩下の新生姜に関する一切を公開した。
来場者数は2年間で20万人。記念館当時の年間5000人を大幅に超えた。
SNSが縮めた距離
「漬物市場はこの15年間で4割縮小。岩下の新生姜もピーク時に比べ売り上げは半減していた」(岩下社長)。ところがミュージアムの開館以来、2年連続で売り上げの2ケタ増が続く。成功の理由は何か。
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「新生姜の部屋」のソファーに座る岩下社長。ツイッターで若い層との距離を縮めた[/caption]
若い層に向け、原材料であるショウガのイメージを大きく打ち出したことだ。きっかけは11年に始めたツイッターだった。「『岩下の新生姜』を検索すると、好き、おいしいといった投稿を毎日発見した。うれしさのあまり全員にリプ(返信)し、さまざまな食べ方を紹介するようになった」
ツイッターのユーザーは主に若者世代。購買層を広げるべくコミュニケーションを取る中で「彼らが何を喜び、どんなことに反応するのかを肌で感じるようになった」。ツイッターをきっかけに発想を得た展示物や新製品も多い。
11年以降、岩下社長が読んだツイートの数は60万。「ミュージアムは、岩下の新生姜についてツイートしてくれたユーザーへのお礼の場」(岩下社長)。SNSとミュージアムという「実店舗」での接点が若い層を引き付けている。
SNSの普及などを背景に、世の中は閉鎖的な企業には厳しい目を、オープンな企業には好意的な目を向ける傾向が強くなっている。中小企業ならではのディスクローズ戦略を見つければ、新しい飛躍のきっかけがつかめるかもしれない。
日経トップリーダー/文/福島哉香