うちのような中小企業にIT人材は不要──。そう考える経営者は多い。しかし、急拡大するIT業界は、情け容赦なく中小企業から若い人材を奪っていく。システム担当者不在で、時代の変化に取り残される。そんな事態を防ぐため、何ができるか。
目下、中途採用が最も困難なのがIT関連の人材だ。
リクルートキャリア発表の2017年10月の転職求人倍率は1.88倍。職種別のトップ2がIT関連。1位の「インターネット専門職(ウェブエンジニア含む)」の求人倍率は6.11倍。驚異的な高水準だ。
それに「組込・制御ソフトウェア開発エンジニア」の5.06倍が続き、「システムエンジニア(SE)」も3.40倍で4位に入る。
もちろんIT関連の中小企業にとっては切実な問題だが、そのほかの中小企業では「うちには関係ない」と考える経営者が多いだろう。しかし中長期的に見れば、どうだろうか。
商工中金が17年、中小企業を対象に実施したアンケート調査によると、IT人材を「自社には不要」とする企業は26.7%。「IT人材は必要」と考えながら、確保に向けて「特に何もしていない」という企業も27.2%を占める(グラフ参照)。中小企業のITに対する関心の低さがうかがえる。
同じ調査でIT人材に求める業務を尋ねたところ、上位に来たのは「業務プロセス標準化の推進」(39.1%)、「パソコン・サーバー等の保守・管理」(36.9%)、「社内外向けシステムの運用・管理」(34.0%)。売り上げに直結しない専門的な業務が多く、経営者の興味を引きにくいのだろう。
独学IT担当者に丸投げ…
中小企業では、たまたまITに多少の素養や興味があった社員が独学で技術を習得し、全社のシステム関連業務を一手に引き受けているケースが多い。だが、このような「独学システム担当者」を今後も確保し続けられるかといえば、厳しい。
もともとIT業界には、大企業からシステム開発の外注を受ける大手数社を頂点に、下請け、孫請けが連なるピラミッド構造がある。ピラミッドの上層に行くほど給与が高く、ワーク・ライフ・バランスも取りやすいので、IT人材は大抵、転職の機会を狙っている。
そこに現在、自動車メーカーやアパレルなど、あらゆる業界の大手がIoT(モノのインターネット化)やAI(人工知能)活用のため、IT人材を積極採用している。これら大企業の動きを側面から支援するコンサルティング会社もIT人材の確保に動き、ピラミッドの比較的上層にいる人材を引き抜いている。
その結果、好待遇の上層のポジションが空き、下層にいた人材が吸い上げられるように移籍。業界全体が空前の人手不足に陥っているというわけだ。
このような状況下で「向上心ある中小企業の若いシステム担当者が、IT業界に転職するケースも目につく」。リクルートキャリアのエージェント事業本部で、IT人材の転職支援を多く手掛ける江川理絵マネージャーは、そう指摘する。たった1人のシステム担当者が会社を去れば、中小企業にとってダメージは大きい。
IT業界が若者を奪う
経済産業省の調査によれば、19年をピークにIT人材の人数が減少に転じるが、IT市場は拡大が続く(グラフ参照)。異業種からIT業界に飛び込む若者はますます増えるだろう。その結果、中小企業はシステム担当者の確保にも苦慮する事態に陥りかねない。
最近では、外回りの社員にタブレット端末を持たせて業務効率化を図ったり、SNSでリピート客を囲い込んだりといった「軽いIT業務」が増えている。今後、この領域の重要性が増して高度化したとき、それに対応できる人材を確保できるだろうか。あるいは、ライバル企業がITをからめたビジネスモデルで躍進したとき、それに対抗できるだろうか。
採用力が生むIT格差は、やがて業績格差につながる。
日経トップリーダー/文/井上俊明