トリンプ・インターナショナル・ジャパン元社長 吉越浩一郎氏
かつてトリンプ・インターナショナル・ジャパンを19期連続増収増益に導いた吉越浩一郎氏は「社長に崇高な人格など必須ではない。絶対に必要なのは利益を上げ続けることができる実力」と話す。こうした組織のトップに必要不可欠な要素を60の掟にまとめた『社長の掟』を出版している。吉越氏に「結果を出す社長の要件」を語ってもらった。
――ユニクロの柳井正会長兼社長が役員会および部長会議で「『社長の掟』を買って読むように」と社内に指示したとか。
吉越:「60の掟全てが世界標準の経営の原理原則であり、理解するだけでなく、実践するように」と話してくださったそうです。素直に嬉しく思いました。
「何があっても利益を出す力」が絶対条件
――「掟」とはまた強い言葉ですね。
吉越:この本では、私自身の経営者人生を通して、組織のトップに立つために必要不可欠と確信した要素を社長の掟として挙げました。あえて掟という強い言葉にしたのには理由があります。社長業では格好いいことばかりでなく、ときになりふり構わずやらなければならないことが多々ある。だから「心構え」とか「流儀」といった優雅な言葉は、現実に合わないのです。
掟の一番目に、社長に唯一求められる能力を挙げました。何だか分かりますか。優れたコミュニケーション力か、豊かな教養か、それとも強いリーダーシップ、カリスマ性、国際感覚でしょうか。いずれも備わっているにこしたことはありませんが、違います。
トップに絶対的に必要なのは「何があっても利益を出し続ける実力」です。資本主義の基本原理は拡大再生産です。常に利益を出し、成長し続けるというのが企業の宿命だとすれば、社長はそれに無条件に責任を持たなければならない。さもないと下で働く社員が一番苦労することになります。
この単純な事実は意外と見落されています。極端なことを言えば、合法的で倫理にかなった方法で会社の業績を伸ばすことさえできれば、スティーブ・ジョブズの例を挙げるまでもなく人格的に少々難ありでも構わないのです。
社外取締役の果たす役割が最近よく論議されていますが、スピードを落とすことになる「会社の民主化」などはとんでもない話で、社外取締役がただ1つやるべきことは、売り上げを上げられない社長を冷徹にクビにすることだと思っています。
よく不景気だとか円高とか自分の力では変えられないこと、「与件」を言い訳にする経営者がいます。それを口にした時点で社長としては無条件に失格ということです。
デッドラインの設定が社員のやる気を引き出す…
――吉越さんはトリンプ・インターナショナル・ジャパン時代、19期連続で増収増益を達成されています。最大の要因は何だと思いますか。
吉越:どうすれば戦略的に売り上げが伸ばせるかをゼロベースで考え、前例にとらわれなかったことがよかったと思っています。例えば、私のマネジメントの3本柱である「デッドライン(=締め切り)」「早朝会議」「残業ゼロ」は全て、トリンプでは私が初めて実施したことです。そして、それを徹底したのです。
社員のやる気を引き出したいなら、お金やポストといったアメを与えるのではなく、デッドラインを設定することです。人間は破ることが許されない締め切りがあるから、その日までに仕事を終わらせることができるのです。仕事がうまく回っていけば、社員のやる気も間違いなく上がってきます。
このとき、「この問題を誰か何とかしろ」「なるべく早く」「手の空いたときに」といったあいまいな表現で指示したら駄目。「責任者は君だ」と特定の個人を名指しし、「この問題の解決策を考えて」「来週金曜日の何時までに」と「誰が」「何を」「いつまでに」やるかを明確に指示することです。
このデッドラインを引く場が、毎朝始業前に実施していた「早朝会議」でした。トリンプの会議では、担当者から結論が出てこない限り一切議論をしません。担当者に課題・問題を指摘し、原則翌朝の会議でその回答なり解決案を担当者に提示してもらい、こちらはそれに対してイエス、ノーの判断を下すだけ。イエスなら実行に移してもらい、完了報告する日を次のデッドラインとし、ノーなら翌日出し直しといった具合で、1議題あたり2分で即断即決していくのです。
さらに「残業ゼロ」も徹底しました。就業時間内、100%の力で集中して仕事をしてもらうために一番有効なのは残業をなくすことだからです。そうです、働ける時間を限ってしまうのです。
社員は「家族」ではなく「戦友」
――前例のないことを実行する上では、社員の反発が大きかったのではないですか。
吉越:もちろん大きいですよ。でも会社にとって取り組むべきことと判断すれば、どれだけ摩擦が生じてもやり通すまで。反対勢力がいるからやらないという選択肢などあり得ません。「結果を出す」「出せない」の違いは、実は徹底的に最後までやり切るか、諦めてしまうか、それだけの差なのです。
私はずっと「デッドライン」「早朝会議」「残業ゼロ」のことばかりお話ししています。この3つに取り組むだけでもかなりの成果が期待できます。実際、多くの会社で私のやり方を取り入れてくれて、もちろんそれだけが要因ではないものの、効果が上がったと聞いています。
吉越:よく「社員は家族」と標榜している企業がありますが、私はそうは思いません。私自身は、社員を同じ釜の飯を食う戦友だと思ってきました。なぜなら会社と家族のありかたは全く違うからです。
幸せな家庭を築いて一緒に生活していこうとする家族と異なり、会社には利益を上げるという明確な目的があります。社員はその目的達成のために雇われたプロフェッショナルです。一人ひとりが与えられた役割を果たし、その上で力を合わせなければ厳しい業界での競争を勝ち抜くことはできません。会社はいわば戦いの場であり、居心地がいいだけの場所ではないのです。
他人には嫌われるより、好かれたい。それは誰しも思うことでしょう。でも社長という立場であれば、どうしたら社員に慕われるかなどということに時間を割くのは愚の骨頂だと私は思います。私が社長時代に常々考えていたのは、社員と共にいかに売り上げを伸ばし、利益を上げ続けるかということだけ。実際、結果がどんどん出るようになれば、仕事も面白くなるので、社員も自ら動いてくれるようになるものです。
ただ結果が出ていないうちから、大きな変革をしようとすれば、反発は大きいでしょう。そういうときは結果が出やすいものにまず取り組むことです。社員が「目標をクリアできた」という達成感を持てれば次の行動へとつながりますし、「社長の言っていることはどうやら正しいらしい」と思ってもらえるはずです。その上で少しずつハードルを上げていくのでも遅くはありません。
――60に及ぶ掟を読んで、これは大変だと思う人もいるのではないでしょうか。
吉越:そういう人は、社長に向いていません(笑)。経営者は3日やったらやめられない職業です。知恵を絞り戦略を立て、それを社員の協力を得て実行に移し、想定以上の結果が出てきたときの快感は、何ものにも代え難いものがあります。それを社員と一緒に楽しむのです。誰にでも社長になる基本的な能力はあると思います。あとは自分を鍛え、実力をつければいいのです。
日経トップリーダー 構成/荻島央江