2010年設立のテラモーターズは電動バイク、電動三輪の開発・製造・販売を手掛ける。国内のほか、ベトナム、インド、バングラデシュなどアジア各国に積極的に進出している。日本企業に足りないのはソニー、ホンダなど戦後企業が持っていた「蛮勇」の精神だと自らを奮い立たせる。
四輪の電気自動車(EV)でトップはイーロン・マスク氏が設立した米テスラモーターズ。一方、二輪、三輪のEVではテスラほど存在感のある企業はまだありません。この1年ほどでテラモーターズはかなりの市場を開拓することができました。これから圧倒的な実績を出したいと考えています。
徳重:そういうことです。経営資源が限られるベンチャー企業は本来、1つの市場にフォーカスすべきですが、僕はセオリーを無視してかなりむちゃをしています。今はとにかく強引にでもやり切るべきステージに立っていると思うからです。それぐらい、このビジネスチャンスに賭けています。
僕はこの3年間でアジアに208回も出張に行きました。現地では家電メーカーや自動車メーカー出身の20代社員が張り付いて戦っています。戦後、小さい企業だったソニーやホンダが米国で戦いながら市場を開拓していったのと同じ状況です。
──新興国ビジネスには特有の難しさもあると思います。
徳重:一番、大変なのは価格対応ですね。新興国でビジネスを成功させるには先進国の「15%の価格と50%の品質」が必要と言われます。15%オフではなく、85%オフ。ものすごくキツい。日本にいた時には「ホンマかいな」と思っていましたが、実際、現地でやってみるとそれに近いですね。
大事なのは「何をあきらめ、何を重視するか」です。新興国のお客様はデザインのことは気にしないけれど、耐久性はシビアに見る。価格は安く抑えながらも車体、電池、モーター、コントローラーなどは非常に気を配って作ります。
新興国でのビジネスには何を上位概念に置くかを定めることが重要です。「勝つ」「売る」と決めたら、何を置いても価格を絞り込む覚悟を固めなくてはなりません。
──設立間もないベンチャー企業でありながら拡大路線を続けることで問題は生じませんか。
徳重:僕は大きいことを言っていますが、日々のオペレーションは手堅くやっていますから、資金面はさほど大変ではありません。投資家の方からも信頼していただいています。難しいのはヒトの問題。拠点数が多いので社員間のコミュニケーションが薄くなりがちです。当社には海外で頑張ろうというモチベーションの高い社員が入ってきますが、それでも売れない時は精神的にキツい。1人で赴任しているとつらいので、今は必ず1拠点に2人以上を配置しています。
本を買って現地の社員に送ったりもします。サッカー好きの社員には有名選手のメンタルトレーニング法を解説した本とか……。起業家である僕は息が続く限り事業を続ける決意を固めていますが、そこまでタフではない社員もいるので気を配るようにしています。
──新興国ビジネスでは現地のパートナー企業との協働も重要です。
徳重:アジアの国々では日本企業の技術力、開発力、資金力は大いに称賛され、とても信用されています。パートナーを組もうという時、中国企業が相手だったら警戒するかもしれませんが、日本企業はフリーパスですよ。ただし、「NATO」という評価がすべてを台無しにしています。これは「No Action,Talk Only」のことで、すごく嫌われます。
アジアの人たちは前のめりですから、今すぐ何かやりたい。なのに日本企業はリサーチばかり。商談には5人も6人もずらずらと現れ、意思決定のプロセスも見えないし、スピードも遅い。それが彼らのフラストレーションになる。そういう中で僕らが行くと、すごくモテます。僕もそうですが、現地の20代の社員も1人で行動し、意思決定が早い。びっくりされて、そして喜ばれます。
──若い社員にも重責がかかり、ちょっとしたミスが会社の致命的なダメージとなる懸念はありませんか。
徳重:大事なところは僕自身が道を引くようにしています。
例えば、インドに行くとなったら、インドに関する本を全部読み、著者に会って話を聞き、現地の人にリサーチする。どうやって競合に勝つか、どこで生産するか、販売網はどう整えるかなど、徹底的に調べ、分析し、イメージをつくり上げた上で若い社員に任せます。若い社員が手掛けるようになった後も、小さくスタートして市場に合わせながら徐々に改善し大ヒットを狙っていくというやり方で致命的な失敗を回避しています。
──リスクも高く、苦労も多い新興国ビジネスに突き進むエネルギーはどこから湧いているのでしょうか。
徳重:経営コンサルタントの大前研一さんが日本人は蛮勇やアンビション、気概を取り戻すべきだと説いていますが、僕も同感です。
戦後、ソニーやホンダは米国に張り付き、必死に市場を開拓して世界的企業に成長しました。この20年ほど、中国などアジア新興企業は大いに躍進した。なのに、日本からはなぜソニーやホンダのような企業が出てこなかったのか。こういう思いが根底にあります。戦後の若き起業家たちは焼け野原だった日本を経済大国へと導きました。さかのぼると明治時代にも、近代国家建設という目的に向かい、若き精鋭たちが新たな時代を切り拓きました。
かつては日本全体がベンチャースピリットを持っていたのです。奇跡的な成長を成し遂げた日本人のDNAを持つ1人として、それを継承したい。日本発の、世界にインパクトを与えるメガベンチャー創出に挑戦したいのです。
──テラモーターズの将来像をどう描いていますか。
徳重:アジアで電動バイク、電動三輪の市場を広げていきます。現場をよく知り、各国にパートナーを抱え、現地でのビジネスの進め方も理解している強みを生かし、将来はアジアのより幅広い社会問題を解決する会社へと変革していきたい。アップルコンピュータがアップルになったように、事業の幅を広げながらテラモーターズをテラへと進化させたいですね。
●雑居ビルから世界を目指す
渋谷駅から徒歩5分。築数十年の雑居ビルの5階は、何十社もの企業がひしめくレンタルオフィスになっています。その一角にテラモーターズの本社があります。手狭な空間いっぱいに机が並ぶオフィスで徳重社長も仕事をこなしていました。高層ビルに会社を構えるITベンチャーとは違い、何が何でも這い上がってやるという独特のハングリー精神を感じます。
テラモーターズは、電動バイク・三輪・シニアカーの開発・製造・販売を手掛ける、社員数約40人のベンチャー企業です。今、世界のガソリンバイク販売の80%を占めるアジアでは、排ガスによる大気汚染問題が深刻化しています。徳重社長はアジアの国々が直面する環境問題を電動バイクで解消しようと、2010年に同社を設立。国内向けに業務用電動バイクや電動シニアカーを、海外向けに電動バイク、タクシー用の電動三輪(トライシクル)を販売しています。
設立の翌年には早くも販売台数が3000台となり国内トップに躍進。今では中国・ベトナム・インド・ネパールに開発・生産拠点を設け、アジア諸国に広く展開するまでに成長しました。今後はインドやバングラデシュでの売り上げ増を見込んでいます。激戦市場ですが、低価格で攻める中国メーカーに対し強みは先人たちが築いた日本ブランドと品質。さらに米国アップル社のような水平分業型のものづくりが大きな特徴です。自社では開発だけを担当し生産は現地企業に任せることで価格を抑えています。
日経トップリーダー 構成/小林佳代
※掲載している情報は、記事執筆時点(2015年8月)のものです