「森のたまご」などのブランド卵を持ち国内鶏卵市場で約15%のシェアを握るイセ食品。新事業として東南アジアの養鶏業者140社への卵生産技術・ノウハウのライセンス提供に取り組む。垂直統合モデルの中で開発し、磨き上げてきた育雛(いくすう)、採卵などの独自マニュアルが力を発揮する。
今回参加した140社はそのパートナーとなる企業。このイベントでは「卵を通じてASEAN地域の国民の健康と環境を向上させる」という共通目標にサインしてもらいました。まずは各社に「安心・安全で高品質な卵を供給する、ASEANで最も強力な集団の一員である」という認識を持って連帯してもらいたいと思いましてね。
これから順次、事業に関する細かな契約事項を詰め、イセ食品が持つ卵生産の技術やノウハウを契約した事業者にライセンス提供していきます。インドネシア、ベトナム、ミャンマーなど各国の大臣や大統領からは直々に「国を挙げて支援するから進出してほしい」と言われましたが、当社の資力も限られますから、知的所有権の販売というスタイルでやっていきます。
富山県で創業した父・多一郎は鶏の育種改良から孵化(ふか)、育雛、採卵、包装、販売と垂直統合型のビジネスモデルを作り上げました。後を継いだ私は契約農家がきちんと鶏を飼育せずに「卵を産まない」と苦情を言うのを聞いて、温度や光の管理、採卵のタイミングなどを事細かに定めた独自マニュアルを作成。素人でも確実に卵を生産できるようにしました。…
大量生産、大量消費の時代到来を見込んで、1963年には富山から関東に進出。当時は「1軒では300羽までが限界」と言われていましたが、マニュアルを活用すれば運営できると考えて埼玉県に6万羽の大型採卵農場を設置しました。
生まれた卵はトラックに積み込んで3日以内に直接スーパーに運びます。かつて、鶏卵業界では問屋が50~100羽ほど飼う養鶏場を回り、卵を集めてスーパーに出荷するやり方をしていたので、いつ、どこで生産した卵なのか分からなかった。新鮮なイセ食品の卵はスーパーにも消費者にもとても喜ばれ、売れに売れました。
独自開発したマニュアルも毎年修正。他社が簡単には追随できない仕組みを作り上げて圧倒的な利益を稼ぎ出していったのです。アジアでも、こうして作り上げたマニュアルが力を発揮します。イセ食品が持つノウハウを社員が現地に行って教えたり、先方の社員に日本でトレーニングを受けてもらったりもします。今も茨城県石岡市にある農場に6人ぐらいが来ておられますよ。今後、140社から数千人を受け入れることになるでしょうね。大変ですけれど、それぐらいやらないと。
──アジア事業はどれぐらいの規模になると予想していますか。
伊勢:これから140社が同じ方法で作り、同じブランドをつけた卵を販売し始めます。アジアでは我々のブランドはまだとても弱い。走りながら浸透させていかなくてはならんのです。イセ食品に入るのはパートナー企業からいただく契約料、指導料、ライセンス料など。事業を始めて3年後には60億円、5年後には80億円ぐらいになるでしょうかね。
ASEANではまだ卵が不足しています。だから、どこの国でもとても値段が高いんです。効率の悪い、いい加減な仕事をしている鶏卵業者でも儲かっています。それらを正して、ビジネスを成功させます。
──「森のたまご」などのブランド卵が浸透している国内や、アジアに先行して取り組んだ米国、中国など、既存事業は現在どんな状況ですか。
伊勢:日本での我々のシェアは今、約15%。これからもう少し増えると思います。岐阜、茨城、栃木では新たな農場の建設を進めている上、買収も進めています。先日も100万羽を保有する養鶏会社を買い取りました。
日本で卵は「物価の優等生」などと言われますが、その裏で鶏卵業者が安く売るための激しい競争を繰り返している。みんな疲れ果てています。「これ以上は続けられない」と事業を止める業者も多い。今年6月にうちは取引先に値上げを通告しました。お気づきかどうか分かりませんが、結果的に他社も追随し、卵がすーっと値上がりしたのです。誰もが疲弊するばかりの競争からは脱したいですね。
米国や中国でも日本と同じやり方で卵ビジネスを手掛けています。米国事業は順調です。米子会社のイセアメリカはニューヨークの鶏卵市場で約60%のシェアを握り、収益率も非常に高い。一方の中国事業は難航しています。資本主義的な倫理観が出来上がっていなくて、あらゆることがうまくいかない。なかなか難しい社会です。
現場には行かない
──振り返ると業界内で大規模農場を始めたのも海外展開を進めたのもイセ食品が一番。常に競合他社に先んじて新事業に取り組んでいますね。
伊勢:先に手を打てたと思ったことはございません。その時々でやらねばならんと考えたことをやっているだけで。私は誰にでも常にオープンに話をしていますよ。関東に進出する際も同業者に「関東は卵が足りないからやりましょう」と呼びかけたけど、誰も習おうとはしませんな。マネするのはパッケージの色とか、そんなことばかりです。
私は夢見がちな男で、頭の中で「こんなことをやりたい」と考えるだけです。現場には足を踏み入れない。今度のASEANも仕事では行きません。社内では威張っているけど、よそへ行くと気が弱くなって妥協するから。若い人たちがやってくれているので、ここに座って無理難題を言っています。
私が考えていることと現場の動きとがずれることもありますけれど、まあ考えの半分伝わっていればいい。ややこしい話は山ほどありますけど、マニュアルでどんどん拡大していくスピードとパワーの方が勝る。そう私は思います。大事なのは社員のやる気を保つこと。そのためには大きな目標を与えてやる。そうすれば、みんな喜んでやってくれますよ。
●大盛況!たまごサミット開催
「優れた日本の管理システムをわが国に導入するにはどうすればいいのでしょうか?」。講演した東京大学医科学研究所の清野宏所長に対して、ミャンマーから訪れた参加者からこんな質問が投げかけられ、会場を埋めたさまざまな国籍の人々の視線が一挙に集まりました。
成長著しいアジアの鶏卵業界が抱える諸課題を解決する「たまごサミット2015イン東京」が、7月31日から3日間にわたって東京で開かれました。ASEAN諸国を中心に、世界17カ国から農林副大臣クラス、企業家など約300名が集まりました。初日のウェルカムパーティーには安倍晋三首相が訪れるなど、アジア支援や知的財産輸出に対する国家レベルでの関心の高さがうかがわれます。
シンポジウムでは伊勢彦信会長の挨拶、イオンの岡田卓也名誉会長の基調講演に続き、防疫や鶏糞処理など各分野の第一人者が日本の最先端の鶏卵管理技術を紹介しました。また、最終日にはイセ食品の生産拠点である「つくばファーム」(茨城県石岡市)を見学、日本が誇る先進的な生産システムに驚きの声が上がりました。
卵の消費量は人口に比例して増加すると考えられています。増え続けるアジアの人口に対し、卵の供給は不足しているのが現状です。たまごサミットの目的は、ASEAN諸国に安心、安全、生産性の高い採卵を普及させることでもあります。イセ食品が培った垂直統合の卵生産システムを根付かせ、高品質でリーズナブルな卵を現地の人々にとってもっと身近な存在にすることをめざしています。たまごサミットは今後、2年に1回のペースで開催される予定です。
日経トップリーダー 構成/小林佳代
※掲載している情報は、記事執筆時点(2015年8月)のものです