贈答品など向けに国内で圧倒的な知名度を誇る洋菓子「ヨックモック」。2015年11月、23年ぶりに創業家出身者がトップに就いた。ロングセラー商品を生み出すことができる秘訣を新社長に聞いた。
(聞き手は、日経トップリーダー前編集長 伊藤暢人)
他にないお菓子だったので、発売当初は店の外まで行列ができたと聞いています。それから50年近くたち、ヨックモックは2016年2月現在、全国の百貨店を中心に257店(海外66店を含む)まで拡大しました。とりわけシガールは、年間生産本数が2015年度に1億1000万本を超えました。
シガールの場合、発売以来、原料の配合比は変えていません。厳格な湿度・温度管理の中で原料を混ぜる、焼くといった工程を進める。そのこだわりが受け継がれて、定番商品を生み出しています。
店頭の販売員も頑張っています。一生懸命お客様に声を掛けるだけでなく、ニーズをくみ取って、売り方の提案までしてくれます。実際、「クリスマスなどのイベントの際、若い人が楽しめるようにシガールを包むフィルムにサンタクロースなどのイラストを施したらどうか」との意見が出ました。実行してみると、人気が出たのです。
藤縄:創業者の姿勢にヒントがあるかもしれません。祖父は「良いお菓子は良い環境で作られる」とよく言っていたそうです。「お菓子自体に加え、良い環境で社員に働いてもらうことが大切」という思いが、いまだに浸透しているのではないでしょうか。
もともと当社は東京・足立に工場を持ち、祖父母は敷地内に家を構えて住んでいました。私が週末遊びに行くと、祖父は朝、自ら周囲を掃除していたんですね。時々、通りがかった人に清掃員と間違われていましたが(笑)。祖母は祖母で、毎朝太陽のほうに向かって「今日も1日、工場で事故がありませんように」と拝んでいました。
──そうした社員のためを思う姿勢を藤縄社長は引き継いでいますか。
藤縄:コミュニケーションを密にするように心掛けています。仕事が一段落すると、社員とコーヒーを飲みながら雑談し、仕事の状況をさり気なく聞き出しています。社長になると、なかなか生の情報が耳に入らなくなる。だから、自ら集めるようにしています。
親睦を深める目的で以前から実施しているイベントは続けています。年に1回開催している永年勤続表彰のときは、昼の11時から夜の11時の最後まで付き合います。
中元と歳暮の前に、販売員を集めて実施する懇親会「立ち上がり会」も重視しています。ヨックモックは贈答品としての需要が高いので、夏と冬それぞれ2回に分けて1回150人くらいの販売員を集め、私や会長など全役員が各テーブルに付いてお酌をし、みんなで頑張ろうと誓い合います。
顧客が商品を鍛える
──同じ商品を長年買い続けているファンも多いと思います。
藤縄:当社の商品力を支えているもう1人の立役者は、お客様です。40代半ば以上の女性が多く、時には胸に刺さるくらい痛いご指摘を受けます。先日もシガールの表面の気泡が、いつもより多いのではないかとの問い合わせを受けました。
原料を混ぜたときの状況などで微妙に気泡の数が変わってしまうんですね。もちろん、品質の規格は重量をベースに決めているので、気泡が多いから、いつもより量が少ないということはありません。
それでも、そのお客様にとってはいつもと違う。見た目の美しさまで気にしていただくのは光栄なことです。安心して買ってもらうためには、謙虚に受け止めなければなりません。工場に伝えて、注意してもらうようにしました。
──専門商社勤務を経て2005年にヨックモックに入社しました。
藤縄 父(利康会長、前々社長)や渡辺太郎相談役(前社長)から頼まれて戻ったわけではないのですが、帰巣本能ですかね。創業者は私が幼い頃から周囲に「うちの3代目」と言っていましたから。
外国を深く知りたいと考えて大学卒業後は、専門商社に入りました。33歳頃、任せられた仕事を一通りできるようになって、目標をある程度達成したとき「この先自分はどうすべきだろう」と考え、自分のルーツであるヨックモックに入ることを決めました。
製造や営業などの仕事を覚えて役員になり、2年ほど前に渡辺相談役から「そろそろ社長を譲りたい」と言われたことがきっかけで、引き受けることにしました。
──トップとして、何を守り、何を変えていくつもりですか。
藤縄:ヨックモックの歴史をひもとくと、守るべきものと変えていくものが同じベクトルにある会社なのだと思います。
シガールは当時、世の中にないお菓子だったからこそ、お客様から支持されたはずです。それを踏まえると、商品だけでなく、サービスも含めて世の中にないものを生み出し、新しい提案をし続けることが当社の役割です。
現在、主要顧客より若い層の取り込みに力を入れています。実は若い人たちの間でヨックモックの認知度はそんなに高くない。そこで、『UN GRAIN(アン グラン)』という新ブランドを2015年立ち上げました。生菓子などを店内で作って南青山6丁目の路面店で販売しています。
自ら伝統とは言わない
──海外展開や訪日外国人向けの商品開発にも積極的です。
藤縄:ブームになったから力を入れているわけではありません。もともと海外出張のときに、ヨックモックを土産として持って行ってくれる日本人が多く、それを食べた外国人が気に入ってくれました。そうした外国人のニーズに応えて事業を広げてきたのです。実際、米国には30年ほど前に進出していますから。
今、アラブ首長国連邦など中東でも販売を始めています。しかし、これも現地企業家の子息たちが米国などに留学した際、うちの商品を食べてファンになってくれたりして広がったのです。
2019年に当社は設立50周年を迎えます。しかし、自分たちで伝統という言葉を使ってはいけないと思っています。伝統に縛られると「これはやってはいけない」といった、やらない理由を優先しがち。会社が永続するために「もっとこうしたら素晴らしいんじゃないか」と考えて挑戦し続ける風土をつくっていきたいですね。
日経トップリーダー 構成/久保俊介
※掲載している情報は、記事執筆時点(2016年10月)のものです