M&Aとは、「Mergers(合併)and Acquisitions(買収)」の略称です。合併だけでなく、株式の大半を取得する株式譲渡や、会社の一部門を買収する事業譲渡を含む事業の引き継ぎ全般をさします。
M&Aは大企業が行うものと思われがちですが、近年は中小企業でも注目され、増加傾向にあります。M&Aを通じて、中小企業(売り手)の事業を社外の第三者である後継者(買い手)が引き継げば、事業の継続性を確保できます。
多くの中小企業にとってM&Aはなじみの薄い手段でした。背景には、売り手側の経営者はM&Aに対して「後ろめたい」「従業員に申し訳ない」といった感情を抱く場合がありました。一方で、買い手側には敵対的買収を行う「ハゲタカ」のようなイメージがあり、必ずしもビジネスライクには考えられませんでした。
しかし、売り手側の経営者は、M&Aを通じて事業を社外の第三者に譲渡すれば、大切に経営してきた会社を存続できます。また、従業員の働く場が残り、雇用の受け皿を守れるというメリットもあります。
買い手側にとっては、他社が時間をかけて築き上げた事業を譲り受けることで、リスクを減らしながら合理的に事業を拡大できるというメリットがあります。双方にメリットがありますから、検討しない理由はないでしょう。
2024年版中小企業白書によれば、日本企業のM&Aは近年増加傾向にあり、2022年には過去最多の4304件に達しました。2023年は289件減少したものの、4015件と高水準を維持しています。これは公表されている件数であり、未公表のものも含めると、実際にはさらに活発化していると考えられます。
また、全国の「事業承継・引継ぎ支援センター」が受けた売り手側、買い手側の相談件数と第三者承継に関する成約件数も増加傾向にあります。2013年度の相談件数は1634件でしたが、10年後の2022年度には1万4414件と約9倍に増えています。成約件数は、2013年度の33件から2022年度には1681件と約50倍に増加しています。
これらのデータから、中小企業においてもM&Aが一般的な経営手法になっていると分かります。
企業の信用調査などを手がける東京商工リサーチは、「中小企業の財務・経営及び事業承継に関するアンケート」で中小M&Aの目的について売り手側、買い手側それぞれに複数回答で尋ねました。その結果、売り手側は「従業員の雇用の維持」(53%)が1位、「後継者不在」(47.9%)が3位となり、事業承継に関連した理由が上位を占めました。一方で、「事業の成長・発展」(48.3%)が2位となり、売り手側も成長のためにM&Aを検討していると分かります。
買い手側では「売上・市場シェアの拡大」(73.7%)が最も高く、次いで「新事業展開・異業種への参入」(49.1%)が続きました。この結果から、M&Aを通じて他社の経営資源を活用し、企業規模の拡大や事業の多角化を目指している様子がうかがえます。また、「人材の獲得」(40.3%)や「技術・ノウハウの獲得」(33.1%)も上位に挙がるなど、経営資源の獲得も目的となっているようです。
このように中小M&Aは、後継者不在の中小企業(売り手)の事業を、M&Aの手法により社外の第三者である後継者(買い手)が引き継ぐ事業承継の選択肢として広がってきました。今日ではそれにとどまらず、企業規模の拡大や事業多角化などの成長戦略の手段、経営資源の獲得手段としても広く活用されています。
中小M&Aの特徴・留意点
上述の通り、中小M&Aは事業承継の選択肢、成長戦略の手段、経営資源の獲得手段として増加傾向にあります。ただし大企業を対象とするM&Aとは、次のような点で異なります。
第1に、当事者、特に売り手側のほとんどがM&A未経験であり、M&Aに関する経験や知見が乏しい傾向にあります。第2に、M&Aの対象となる事業は、中小企業の経営者個人の信用や人柄などの属人的な要素に大きく影響される傾向にあります。第3に、M&Aそのものに多額のコスト(特にM&A専門業者や士業など専門家の手数料や報酬)をかけられない傾向にあります。
これらの特徴を踏まえ、中小M&Aを成功させるためには、以下の点に留意するとよいでしょう。
まず第1の特徴から、M&Aに関する経験や知見が乏しい当事者が自力でM&Aを進めるのは困難です。そこで金融機関、事業承継・引継ぎ支援センター、商工団体、士業等専門家(税理士、公認会計士、中小企業診断士、弁護士)などの支援機関に相談し、それぞれの機関から支援を受けながら進めていくことが重要です。
売り手側は、買い手の探索や選定のためにM&A専門業者(仲介者、ファイナンシャル・アドバイザー(FA))を活用する場合もありますが、近年、その提供する業務の内容や質、手数料をめぐってトラブルが多く報告されています。そのため、仲介者やFAの選定、それらの者との業務委託契約についても、支援機関に相談しながら進めるのが望ましいでしょう。
次に第2の特徴から、中小企業にとっての主な事業価値(資産)は、固有の技術力やノウハウ、従業員、取引先、顧客など経営者個人の属人的要素にあります。これらを円滑に承継する、つまり売り手側の経営者が不在になっても事業を継続できるようにしておくことが大切です。
例えばオーナー社長が自ら仕事を獲得したり、技術力やノウハウ、特殊な技術を持っていたりカリスマ性があるなど、自身を経営資源の一部として一体化して収益を上げている中小企業は、M&Aによりオーナー社長が会社から離れると顧客が途絶え、事業価値が無くなる事態になりかねません。
このような事態を避けるには、M&Aを実施する際の組織的な経営体制づくりが不可欠です。具体的には、積極的に従業員に権限を委譲し、得意先との関係を築くなど、オーナー社長が不在でも事業が継続できるようにしておく必要があります。
第3の特徴からは、当事者がM&Aの工程の一部を自ら行えば(例えば、売り手側の経営者が自ら買い手を見つけるなど)、M&A専門業者や士業といった専門家の手数料や報酬を軽減できると考えられます。
また、M&Aの過程で行われるデュー・ディリジェンス(Due Diligence、DD。売り手企業における各種リスクなどを精査するため、主に買い手側が実施する調査)を専門家に依頼する場合も、限られた予算で効果的に実施したいものです。目的を明確にして調査対象、調査項目、調査期間などのスコープ(作業範囲)を絞るのも有効な手段と考えられます。
以上のように中小M&Aにおいては、その特徴を踏まえた対応が成功の鍵となります。