豆腐業界初の売上高100億円を達成した、相模屋食料(前橋市)。鳥越淳司社長の下、その勢いは止まらず、直近期は200億円を超えた。成熟市場と見られていた豆腐の可能性をどのようにして開いたのか。
(聞き手は日経トップリーダー編集長 北方雅人)
──これからの日本の企業は成熟市場の中でいかに伸びるかがポイントです。鳥越さんは15年前に豆腐メーカーの相模屋食料に入社し、売り上げを約7倍の201億円(2016年2月期)にしました。勝因は何ですか。
(写真/菊池一郎)
鳥越:私が入社した02年当時、業界の多くの人が、豆腐という伝統的な食品に対して、守るべきもの、あるいは衰退を止めるのがせいぜいで、これ以上はやりようがないものと考えていました。
毎日、これほど食べられている食品なのに、豆腐をネガティブ思考で見るばかり。こんなにもったいない話はありません。私からすれば、豆腐市場はほとんど開拓が進んでいないブルーオーシャンに見えたのです。それに、雪印乳業(当時)から転じ、せっかくこの豆腐業界に入ったのだから楽しくやりたいと思い、「業界トップになる」「1000億円企業になる」と宣言した。社員には笑われましたけどね。
異業種出身だからできた
──異業種から豆腐業界を見たことが大きかったようですね。
鳥越:まだ29歳でしたし、チャンスの山を前にして、楽しくて仕方ありませんでした。当時の社長である義父(江原寛一会長)も、そんな私の考えを認め、やりたいようにさせてくれました。05年には、41億円をかけて最新鋭の第三工場を前橋市に建設しました。木綿・絹豆腐の味と品質を改良し、生産能力も大きく引き上げるためです。売り上げが32億円のときでしたから、大きな決断だったかもしれません。
怖くなかったかとよく聞かれるのですが、怖がるほど知識がなかった。従来は豆腐を冷ましてから水中でパックに詰めていましたが、新工場ではロボットを使い、熱いうちにパックする新技術を取り入れたので、おいしくて日持ちする豆腐が作れる。だから、絶対に売れるという自信がありました。
──「怖がるほど知識がなかった」とは、具体的にどんなことですか。
鳥越:豆腐メーカーが大型工場を造ると会社が潰れる、遠隔地に配送してはいけない、賞味期限を延ばすと買ってもらえない、といったことです。昔の製造技術では、どうしても品質保持に難があったからかもしれませんが、都市伝説のようなものです。
現在、第三工場では毎日100万丁を生産。前橋から全国に配送しているし、賞味期限も5日から10日以上に伸ばしました。私は、業界では絶対にやってはいけないと言われていたことばかりをやってきましたが、どれも実行してしまえば、リスクでも何でもなかったのです。
──改革する上で、古参社員からの抵抗はなかったのですか。
鳥越:私は入社後、現場を知りたいと思い、2年間は早朝から職人たちと一緒に豆腐作りをしました。最初は、何も教えてくれなかったのですが、そのうち打ち解けて仲間になり、一通りの豆腐の作り方を学んだのです。
よく、若い後継者が現場に乗り込んできて、小難しい理論を振りかざし、古参社員にダメ出しばかりして反発を食うということがあります。しかし、私は一兵卒としてやっていたので、誰も抵抗勢力になりませんでした。しかも、ロボットによる機械化といっても、効率一辺倒ではありません。おいしさを一番に置いて、ベテランの職人たちの感覚を生かしています。職人が五感で豆腐の状態を判断するという工程は決して省きません。
リスクが追い付けない…
──入社当時、相模屋食料の組織についてどんな印象を持ちましたか。
鳥越:正直言って、会社の体をなしていないほどグチャグチャでした。重要なことが簡単に決まるかと思えば、どうでもいいことで延々ともめている。でも、だからこそ面白いと思いました。中小企業は感覚で経営するべきです。もちろん、経営理論を知っていることは大切なのですが、理論通りにやってはいけない。
ここ数年は他社からの転職者が増えたこともあり、表現は悪いですが、小ざかしいことを言う社員もいます。我々は中小企業だから、スピードと機動力で進むだけだと言っても、やたらと理論を振りかざしたり、きれいな企画書を書いて会議をやりたがります。「経営理論ばかり語って、おまえはドラッカーか」と言いたい(笑)
安定期の大企業がリスクを考えるのは仕方ないですが、うちのような中小企業はリスクを考えている暇があれば、感覚で方向を決め、スピードを上げて前に進んだほうがいい。そうするとリスクも追い付いてこられないからです。人は物事の一面だけを捉えてネガティブに考えがちですが、反対側を見てポジティブに考えると明るい未来が潜んでいるもの。そこに着目して一気に進めば、何事もうまくいくと思っています。
──会社が成長して従業員が増えると、その分、感覚で経営するのは難しくなりますね。
鳥越:いろいろなバックグラウンドの人が入ってくるので、共通言語も通じにくくなりました。以前は「これをこんなふうにやっといて」で仕事が進んだのに、それが通じない。だからと言って、取って付けた言葉でお茶を濁すことだけはしたくない。
広告代理店の人たちは海外で流行している用語を使いたがりますが、「それってどういう意味ですか」と突っ込むと意外に分かっていない。なんとなく皆が分かった気になるのが、一番危ない。私はこんなときこそ、感情の言葉を使います。例えば「キュキュッとやろうぜ」と言えば、もともと意味が明確でないので、皆がその意味を考え、確認し合って、情報が共有される。それがうちの特徴です。今も職人の現場では「もう少し柔らかく」で済む。数値も大切ですが、そうした感覚を失ってはいけないと思います。
全部、自分で決める
──主力の木綿・絹豆腐の強化だけでなく、ユニークな新商品もたくさん開発してきました。これも業績を押し上げている要因ですね。
鳥越:オリジナルの豆腐は100種類以上でしょうか。代表的なのが、12年に発売した「ザクとうふ」。私は「機動戦士ガンダム」の大ファンです。ガンダムに登場する「ザク」というキャラクターをかたどった商品を出したら、2カ月間で100万丁を売りました。
新商品はすべて私が開発しています。まだ、社員への権限委譲はすべきではないと思っています。すれば、権限と一緒に責任を転嫁しているだけです。自分で企画を考えて、自分でパッケージもデザインする。そのほうが商品開発のスピードが上がります。
だから、新商品一つひとつにかける思いは強い。ザクとうふも四六時中考え、味にもパッケージにもこだわって何度も作り直しました。当初、社員はあきれて見ていましたが「鳥越のやることに手を貸すと面白いことができる」とだんだん気付いて、今では私が「こんな豆腐を作りたい」と言うと、社員が一斉に動いてくれます。
細かい失敗はいくつもありますが、商品として全く売れなかったのは1つだけです。うちの息子が「仮面ライダー鎧武(ガイム)」が好きで、調子に乗って商品化したら全くダメでした(笑)。ザクとうふのようなこだわりが私自身になかったからですね。どんな商品でもそうでしょうが、作る側の思いの強さと費やした時間が商品に乗り移ってお客さまに伝わります。
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若い女性に大人気の「ナチュラルとうふ」シリーズ[/caption]
──フレッシュチーズのような「ナチュラルとうふ」もヒットしています。
鳥越:これは、不二製油さんが開発した豆乳クリームを使っています。若い女性向けに、(フレッシュチーズの1つである)マスカルポーネのような商品を作りたいと思って開発しました。若い女性の好みを知るために、ファッションショーに通ったり、表参道を歩いて流行を調べたり、足を使った情報収集をしました。女性向けの雑誌も読みまくりましたよ。
開発や営業の社員も盛り上がり、火の玉集団の輪が広がって、いい商品ができたと思います。(ファッションショーの)「東京ガールズコレクション」のブースでお披露目したんですが、大人気で1時間待ちの行列ができたほどです。いつか、ステージ上でファッションモデルに豆腐を持ってもらって、女の子たちに「キャー」と言われるようにしたいですね。
ハワイで豆腐デリ開店
──ファッションショーから得られる情報が、どのように豆腐の商品開発につながるのですか。
鳥越:これは、実際にやってみないと分かりません。「ナチュラル」という言葉を頭で理解するのではなく、そのナチュラルな世界に自ら飛び込んでください。するとその熱気を通して、ナチュラルがどういうものを指しているのか、女性の感性がつかめるんです。
商品開発のために直接的に役立つ情報を得ようとしても、どうしても限界があります。特に私たちは、世の中にない豆腐を作ろうとしているので、消費者に聞いても教えてくれません。自分の知らない世界や場所に飛び込んで、ただ感じる。その蓄積が商品化にも生かされるんです。
──鳥越さんの改革によって、業界全体が活性化してきました。
鳥越:豆腐の可能性をもっと広げたいですね。不二製油と一緒に「だいずオリジン」という新会社をつくり、今、「裂ける豆腐」などを開発しています。鶏肉のような食感で低カロリー、高タンパクなので、おつまみにしたり、サラダの上にかけてもおいしい。
近々ハワイに店を出し、新しい豆腐の楽しみ方を広め、日本に逆輸入しようかと考えています。ナチュラルとうふや裂ける豆腐など、「これが本当に豆腐なの!」と思えるような商品を並べ、デリ形式の店で食べてもらう。そんなスタイルをハワイではやらせて、日本に波及すればいいですね。
もちろん、豆腐の基本である木綿・絹の改良と増産にも力を入れていきます。豆腐は今なお、ブルーオーシャン市場ですよ。
日経トップリーダー 構成/吉村克己
※掲載している情報は、記事執筆時点(2017年2月)のものです