トリドールホールディングス 代表取締役 粟田貴也 氏
(写真:丸毛 透)
業績絶好調の讃岐釜揚げうどん「丸亀製麺」をはじめ、国内外に1200店舗以上を展開するトリドールホールディングス。外食業たたき上げの経営者、粟田貴也・社長に、経営とデザインについて聞いた。
――粟田社長は、ビジネスにおけるデザインをどのように捉えていますか?
粟田:私は2つの意味でビジネスにデザインが必要だと考えています。
まず、1人ひとりの仕事や人生において、「未来をこうしていこう」というビジョンや目標を描くこと、それ自体がデザインだと思います。非常に広義のデザインという言葉を使っていますが……。さらに、そのビジョンを皆で共有するとき、単に言葉の羅列ではなくて、より伝えやすく、共有しやすくビジュアライズしていくためにも、デザインの力が必要です。
もう1つ、個々の店舗にブレークダウンしていくと、価値ある体験をどうデザインしていくかということがとても大事になってきます。
外食は一番身近なレジャーです。世の中が豊かになり、単に食欲を満たす機能や利便性、安さだけではもはや外食業は消滅してしまうでしょう。店舗まで足を運んでもらうだけの意義や価値を提案できなければ先はありません。お客さまに楽しんでもらい、他では得られない「食の感動」を提供すること。それがもう1つのデザインだと思います。
私が考える外食業の本懐──最も大事なことは、その場で手作りしていること、出来たてを提供することです。しかも、それを言葉で伝えなくても、お客さまが瞬時に感じることが大事なんです。
よく思うんですが、夕日の美しさを伝えるのに理屈は必要ない。言葉による説明も必要ない。それを見れば美しいと分かるじゃないですか。人にはそういう感性があるんです。
我々のコンセプトも、そういう感性に訴えるものでなければなりません。店に入った瞬間に伝わるもの。込み入った言葉でとやかく説明する必要がないもの。そういうメッセージを発信しなければならないんです。
――「丸亀製麺」以外にも業態の数はどんどん増えていますが、その考え方はすべてに共通しているんですか?…
[caption id="attachment_21165" align="aligncenter" width="450"]
「丸亀製麺」の業績は絶好調。2014年8月以降、既存店売上高が前年比マイナスになったのはたったの1度だけ[/caption]
粟田:はい、オープンキッチンで「手づくり、できたて」というところは共通ですね。後は属人的な要素が強いところです。
外食業でチェーン化する際、多くの場合は省力化、工業化の方向に向かいます。ましてやAI(人工知能)やロボットなどが進化すれば、その傾向は一層強くなるでしょう。
けれども、私はそこに警鐘を鳴らしたいんです。その方向に向かえば、自分たちのよりどころを自らつぶしてしまうことになるんじゃないか。我々外食業の市場は今、コンビニエンスストアに侵食されています。それなのに、生産性向上の名の下に、コンビニと似たようなことをしようとしている。これは自分で自分の首を絞めるのと同じだと思うんです。
本来、人間の手が介在しなければ成り立たない仕事、人が介在するからこそ魅力的である仕事──その最後の砦(とりで)が外食業だと思うからです。お客さまに見えない部分はAIでも何でも駆使してどんどん省力化すべきですが、お客さまに見える部分にはむしろ人手をかけていく。そして、お客さまとの「接点」を美しくしていく。
人の手をかけ、「手づくり、できたて」を守り続けることが自分たちの存在価値であり、ひいては差異化の武器になると考えています。人手不足の問題は他社と同じく我々にとっても大きな経営課題となっています。人手をかけてお客さまとの接点を魅力的なものにするというやり方は、今この一瞬だけを捉えたら時代に逆行しているように見えるかもしれません。
けれども、人が手作りし、出来たてを提供することは飲食ビジネスの原点で、最大の魅力でもある。この集客装置を自ら捨てて、お客さまの数が減ってしまっては、後からどんなに効率化をしても追いつきませんよ。
――顧客との接点が大事だということですが、空間や従業員の接客など、さまざまな要素がきちんとデザインされていないといけませんね。
粟田:はい。中には「自分は調理師だ。料理を作る人間だ」と考える人もいます。でも、それは間違い。調理したものはもちろん、「調理をする姿をお客さまに見てもらってワクワク・ドキドキさせる人、満足してもらう人」にならなきゃいかんのです。つまり、我々は「パフォーマー」なんです。お客さまにいつも見られているダンサーみたいなものです。
私は、外食業は基本的に「衝動買いのビジネス」だと思うんですよ。「ああ、食べたいな」という衝動をいかに喚起できるか。だから、丸亀製麺のユニホームは白衣なんです。「三角巾をかぶったお母さん」が、一生懸命に作っているイメージ。ちょっとダサいかもしれません(笑)。でも、あれが1杯のうどんを一番おいしく見せるユニホームなんです。
実は「こんなユニホームじゃ、人材が集まらない」と社内で何度も言われてきました。確かに、働く人の満足も大事です。しかし、最も大事なのはお客さまにどう満足してもらえるか。今どきの格好いいユニホームだったら、お客さまから見た印象がやっぱり違う。我々のコンセプトが一瞬にして伝わる──そのためには、あの白衣が必要なんです。大釜のたっぷりの湯でうどんをゆでて、取り上げるというのも、うどんを一番おいしく見せるシーンだからです。
丸亀製麺はセルフサービス方式ですが、省力化のためにセルフにしているわけではありません。厨房の周りにお客さまに一番近く、長くいてもらえるのがセルフの良いところなんです。我々がしっかりと「手づくり、できたて」を提供しているのを間近で見てもらえる。そのためのセルフなんですよ。
これって景色をつくるのと同じです。美しい風景の中に1つでも人工的なものがあると、人は違和感を覚えます。それでは感動は得られないんです。お客さまはすぐに気付きます。お客さまとの接点がすべて1つのコンセプト、ストーリーにのっとって統一されている──これが私にとってのデザインでしょうかね。