サクラクレパス 代表取締役社長 西村彦四郎 氏
1921年創業のサクラクレパスは、クレヨンとパステルのそれぞれの特長を取り入れたクレパスや全部が芯でできた色鉛筆のクーピーペンシルなど数々の画期的な商品を開発し、絵画用品・文具製造の世界で確固たる地位を築いてきた。商品開発のポイントや企業戦略について代表取締役社長・西村彦四郎氏に伺った。
――御社は社名にもなっているクレパスをはじめ、独自性ある商品を開発し続けてこられています。この開発力が御社の強みになっていますが、商品開発に関してどのようなお考えをお持ちですか?
クレパスやクーピーペンシルのパッケージは多くの人が一度は見たことがあるはず
それまでの市場にない、新しいカテゴリーを開く商品を作りたいと常々思っています。競合の多い市場に商品を投入しても後発ではなかなか勝てませんし、得てして価格競争になりがちです。新たな価値を持った商品を作り、新たな市場をつくる。これが、開発に関する我々のフィロソフィーです。
もちろん、言うはやすしですが、新しいカテゴリーを開く商品を企画するのは簡単ではありません。社員のアイデアを出やすくするためには、部門の壁を取り払うことを意識しています。ともすると、商品企画を考えるのは企画部門、それを技術的に研究するのが研究部門とハッキリ切り分けられてしまいますが、そうではなく、研究部門の社員にも「自分たちで研究して作りたいものをもっと考えて出してくれ」と言っています。
それには気付きの場をいかに持つかが大切です。私は「いいアイデアがなければ、現場に行け」と奨励しています。学校向けの商品を作りたいなら、学校に行って見ること。「こういうところに困っている」、「こういうのがあったら便利だ」と気付くことができます。
例えば、私どもの商品に「ポスターカラーEX」があります。これは研究所の人間が自ら学校を訪問し、先生方に面談して開発したものです。中学校のデザインの時間でアクリルガッシュという絵の具を使います。この画材は金属、木、プラスチックなど幅広い素材に使える便利なものですが、すぐに洗い落とさないと筆もパレットも固まってしまいます。先生方は、ここに困っておられました。
一方、ポスターカラーは使った後の手入れは簡単ですが、プラスチックなどには描けないという問題があります。そこで、いろいろな素材に描けるアクリルガッシュと、手入れが容易なポスターカラーの両方の良さを持つ商品としてポスターカラーEXの企画が出てきたというわけです。
――御社は絵画用品や筆記具などの製造だけでなく、カタログ通信販売事業なども手掛けられていますね。
2002年に、学校向けの通販サービス「エデュース」を始めました。現在、全国の90%以上の小中学校・幼稚園・保育園などにご登録いただいています。エデュースが、さまざまな商品やサービスが派生するプラットフォームとして機能しています。エデュースを始めることでお客さま1人ひとりとつながり、顔が見えるようになりました。そこで絵の具などのモノだけでなく、コト(サービス面)のお困り事も見えるようになってきたので。さまざまなサービスを手掛け始めました。
例えば、幼稚園・保育園では図画工作・音楽・運動の3つがカリキュラムの柱です。先生方はお絵描きや工作の指導をしなければならないのですが、毎日のことなので指導メニューを考えるのが大変です。そこで料理のレシピサイトをヒントに、ウェブ上で図画工作の保育実践メニューを見られるようにと考えて始めたのが「保育Studio」です。
保育園は教育施設ではなくお子さんをお預かりする場です。現場でお話しするうちに、お絵描きをどう教えていいか悩んでいる先生が少なからずいらっしゃることが分かってきました。そこでお絵描きや工作を教えられる講師を派遣するサービスとして始めたのが、「コルサポート」です。こうしてエデュースからいろいろなサービスが生まれ、それが事業の多角化につながっています。
ハイテク装置や海外市場に挑む…
――多角化といえば、文具とは一見関係ないハイテク装置も手掛けられているようですが。
プラズマインジケータ「PLAZMARK」の製造を2017年から始めました。これは、プラズマに含まれるラジカルやイオンによって変色する色材を用い、プラズマ処理の効果を見える化した評価ツールです。弊社の独自技術で、これを使えば、不良品の発生率の削減や品質の安定化が実現できます。
プラズマ処理は半導体の基板といったハイテク分野から、クルマの内装材、スニーカーのゴム底などさまざまな製品の生産工程で行われています。当然、評価ツールの導入が考えられる潜在市場は非常に大きいので、今後の伸びに大いに期待している事業分野です。
当社は病院でメスなどの医療器具の使用後に行う洗浄と、滅菌装置において滅菌が完全に行われたことを確認する滅菌用ケミカルインジケータを30年以上前から手掛けています。国内の多くの医療関係機関で使われているのですが、ほぼ当社の独占市場になっています。その技術を水平展開したのがプラズマインジケータです。両方とも、調色・色材技術、微粒子分散技術、界面制御技術など、当社が育んできた技術を生かしたものですから、文具製造とまったく関連がないわけではありません。
――サクラクレパスの商品には、クレパスやクーピーなど主に子どもを対象にした商品が少なくありません。日本では少子化が進み、市場が縮小しているのではありませんか。
確かに日本では子どもの数は少なくなってきていますが、子ども向け商品の市場が縮小するばかりと決めつけないようにしています。例えば、待機児童の問題もあって保育園の数は増えている。そこは成長市場ですよね。
また当社では、これまで幼稚園・保育園向けには商品を販売してきましたが、店頭で買ってもらう商品があまりありませんでした。幼稚園・保育園に通うお子さまをお持ちのお母さま方に話を伺うと、子どもが家でお絵描きしたときに床や服が汚れて困るという声がかなりありました。このニーズを捉えようと、水で消せるクレヨンや洗濯して落ちるマーカーを開発したら、値付けが従来の商品の1.5倍くらいになりましたが、価値を認めてもらって新しい市場を開拓することができました。コアの市場が小さくなっても、その周りに新しい市場をつくるという発想です。
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少子化への対応を熱く語る西村社長[/caption]
ただ、日本では子どもの数が少なくなっているのは間違いありません。そこで海外市場に力を入れています。特に注力しているのが中国、アジアで、中国には元々生産拠点を持っていたのですが、2002年に販売会社を作って本格的に市場の開拓を始めました。
このとき大切にしたのが、創業以来受け継いでいる「色を通して教育・文化に貢献していく」という理念です。弊社が創業した大正時代、児童の美術教育では教科書の手本を忠実にまねることが良しとされていました。この風潮に疑問を持ち、自由に絵を描くことで子どもたちの創造性を伸ばそうとする自由画運動を提唱されたのが、画家の山本鼎(かなえ)先生です。
弊社は山本先生のお考えに共鳴し、自由画運動に適切な画材としてクレパスを開発。絵画コンテストを開催して自由画運動の普及を図るとともにクレパスを広めていった歴史があります。当時の営業担当者は、クレパスを売ることではなく、自由画運動を広めることが営業活動の中心でした。
モノを売るだけでなく、そのためのソフト、文化を合わせて提案して市場を作るというこの方法を踏まえ、中国でも桜花杯という絵画コンテストを開き、弊社製品の良さを実感してもらうことから始めました。中国での事業は非常に好調で、毎年30%以上のペースで伸び続けています。
――サクラクレパスでは最近、いろいろな業種とのコラボレーションも目立っていますね。
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電熱ヒーター、ゴルフバッグ、食品、化粧品などさまざまな商品とコラボレーションを実現[/caption]
最初は、家電メーカーさまが電熱ヒーターとのコラボ企画を持ち込んできたのがきっかけです。その後、化粧品、食品、果てはゴルフバッグまで、さまざまな企画で、多くの業種の企業さまとお付き合いさせていただいています。
それができるのは、当社がクレパスやクーピーで築いてきたブランド力があるからです。クレパスのパッケージは、子どもの頃の楽しかった記憶を思い出させる力があります。その力を評価していただいているからこそのコラボレーションなので、ブランド価値を毀損させないよう注意して進めております。
――1921年に創業された御社は、2021年に創業100周年を迎えられます。100周年に向けたビジョンをお聞かせください。
現在企業戦略として、大型のロングセラー商品を開発する、教育市場を徹底的に伸ばす、アジアを中心に海外市場を開拓する、コスト競争力のある生産体制を再構築する、独自技術を生かして新規事業をつくる、という5つの柱を掲げています。100周年は大きな節目ですが、終わりではありません。この5つの柱を徹底的に追求することで、新たな100年をスタートさせたいと思っています。
そのためには社員にいい仕事をしてもらわなければなりませんし、いい仕事をするための環境整備をしっかりやっていくつもりです。やはり、社員が幸せを感じ、活性化することが会社の成長に一番につながります。また、この会社で働いたら自分は幸せだと感じてもらえるような会社にならないと新しい人に来ていただけません。社員が幸せを感じられる環境で、新たな100年の歴史をつくっていきたいと思います。