椿本チエイン代表取締役社長兼COO 大原 靖 氏
「グローバルトップ」「ニッチトップ」の大切さを語る大原社長
椿本チエインは、チェーンをはじめとした動力伝動部品、搬送・輸送機器など幅広い分野で世界中の「動く」を支え続けてきた。自動車のエンジン、エスカレーター、駅のホームドア、回転ずしのコンベヤなど、実物を目にすることはほとんどないが、同社の製品は私たちの生活の至る所で使われている。産業用スチールチェーンなどで世界トップのシェアを持つ同社の経営について、代表取締役社長兼COOの大原靖氏に話を伺った。
――御社の製品は私たちの身近な所にありますが、製品の性質から椿本チエインの名前を知らない人も多いと思います。まず、概要を簡単にご説明いただけますか?
創業は1917年で、自転車用チェーンの製造を始めたのが会社の始まりです。現在は、産業用チェーンを作る「チェーン事業」、自動車エンジンのタイミングチェーンなどを作る「自動車部品事業」、減速機や直線作動機、クラッチなどを作る「精機事業」、工場の生産・物流の搬送システムなどを作る「マテハン事業」の4つの事業を中心にビジネスを展開しています。
――産業用スチールチェーン、自動車用タイミングチェーンで世界トップシェアを持つなど御社は世界から高く評価されています。それを成し遂げた御社のモノづくりの背景にあるものは何でしょうか?
2017年の創業100周年を機に、私共の理念を見直し、「TSUBAKI SPIRIT」としてまとめました。その中に「リスクを恐れず一歩踏み出し、変革とチャレンジを。」という言葉があります。これこそが、創業から今に至るまで受け継がれてきた弊社のDNAです。
弊社の歴史は1917年、創業者の椿本説三が自転車用チェーンの製造を手掛けたことに始まります。当時は、日本で自転車が急速に普及し始めた時代。創業当初は競合も少なかったのですが、しばらくすると雨後のたけのこのようにチェーンメーカーができてきました。供給過剰になって価格は暴落しました。
そこで創業者が注目したのが紡績機械でした。紡績機械には自転車より大きなチェーンが使われていたことを思い出したのです。日本の産業が発展し、機械化が進むと見た創業者は、自転車チェーンの製造から機械用チェーンの製造に事業を転換します。1928年のことです。競争が厳しくなっていたとはいえ、自転車用チェーンの製造から手を引き、それまで手掛けたことのない機械用チェーンに特化するのは大きな決断だったと思います。しかし、この挑戦が躍進につながりました。
――紡績業は日本の近代化をけん引し続け、1930年代には綿織物の輸出量が世界一になりますから、椿本説三氏の先を見通す力が光ります。
先見の明だけでなく、決断する力があったことも素晴らしいと思いますね。戦後、自動車エンジン用チェーンの製造を開始したことも会社にとって大きなターニングポイントでした。自動車のエンジンで使われるタイミングチェーンは、それまで輸入に頼っていました。しかし、輸入すると当然コストがかさみます。そこで1954年に大手自動車メーカー2社から相次いで「国産化できないか」との打診があったのです。
自動車メーカーからサンプルとしてもらったチェーンは、ピッチ(チェーンのピンとピンとの間の長さ)が短く、弊社ではそれまで手掛けたことがない種類のものでした。しかし、これから日本にもモータリゼーションの波が来ると見て、挑戦を決断します。
――1960年代以降のモータリゼーションの進展を知っている今から見ると当然のことのように思ってしまいますが、当時は簡単な決断ではなかったでしょうね。
そう思います。開発には時間がかかりますし、設備投資も必要です。もちろん人的リソースも割かなければなりません。いろいろな面で負担がかかります。しかし、ここをチャンスと見て挑戦することにしたのです。
量産化を含めた技術的課題をクリアし、3年後の1957年に自動車エンジン用のタイミングチェーンを初めて納入。翌1958年から量産体制に入りました。その後の進展は、みなさんもご存じの通りです。日本にもモータリゼーションの波が訪れ、自動車の生産台数は飛躍的に伸びていきました。それに伴いエンジン用タイミングチェーンの需要も増え、1980年には月産100万本を記録するまでになりました。
――御社の変革・チャレンジの歴史について伺ってきましたが、最近の変革やチャレンジにはどのようなものがありますか?…
自動車の世界は今、エンジンを動力源とする時代からモーターを動力源とするEV(電気自動車)の時代へと変わる、“100年に1度の大変革期”と言われています。しばらくはエンジンとモーターを併用するプラグインハイブリッド車の時代が続くかもしれませんが、これからEVの比率が高まっていくのは間違いないでしょう。
弊社はエンジンで使うチェーンを60年にわたって作ってきましたが、将来はエンジンのチェーンがなくなることを想定しています。そこで新たな時代に備え、EV用のチェーン「エネドライブチェーン 」を開発しました。現在、EVではギヤにより動力を伝える方式が主流ですが、ギヤよりも軽く低騒音で、動力の伝達効率にも優れたものです。
また、弊社ではEVは人の移動手段としてだけではなく、一種の移動発電所として機能すると考えています。その考えを実現するのが「つばきeLINK」です。従来のEV用急速充電器は、電力網からEVに電気を送ることしかできませんでした。しかし、このeLINKはEVにためた電気を施設やビルに送ることができます。例えば災害時、電気を必要とする病院や介護施設などにEVの電気を送ることができるのです。eLINKは2013年に発売を開始したのですが、弊社の従来の事業領域になかった新たな分野への挑戦になっています。
――変革やチャレンジをテーマにしている企業は少なくありません。見方を変えれば、この2つが簡単ではないということでもあります。変革やチャレンジを続けてこられた御社から見て、この2つを実践するには何が大切だと思われますか?
社会は常に変化しています。ですから、企業も変わっていかなければなりません。この認識は必要です。しかし、何もかも変えればいいわけではありません。変わらなければいけない部分と、絶対変えてはいけない部分があります。その見極めが大切だと思います。
ただ、この見極めは簡単ではありません。会社の伝統や文化でも、DNAとして継承すべきものと変えるべきものがあります。事業でも、新たに挑戦すべきもの、残して育てるべきものがある一方、勇気をもって切るべきものがあります。これをどう見分けるか。非常に難しい経営のポイントですね。
――椿本チエインには見極める基準のようなものはあるのですか。
弊社では2017年度にスタートした「中期経営計画2020」で「グローバルトップ」「ニッチトップ」という目標を掲げており、これが事業を見極める1つの基準になっています。まず、産業用スチールチェーン、自動車エンジンのタイミングチェーンでは、すでに世界でナンバーワンのシェアを持っています。こうした事業はもちろん大切に続けます。それ以外に、今は世界で一番でなくても将来世界一のシェアをめざせると考えている分野にも力を入れます。
「ニッチトップ」という意味では、一方向にだけかみ合って回り、片方には空転するカムクラッチや新聞巻取紙給紙システムなどの商品があります。両方とも当社が国内で圧倒的なシェアを持っています。このように、ニッチな領域であってもトップをめざせるかどうかは、大事にしている判断基準です。 「グローバルトップ」か「ニッチトップ」をめざせない商品は、勇気をもってやめていく方針です。
弊社が、近年開発した製品に「ジップチェーン」があります。2本のチェーンをジッパーのようにかみ合わせると強固な柱状になるもので、チェーンの考え方を根本的に変える画期的な製品と自負しています。
高速で押す動きと引く動きができるので、自動車組立工場の他、舞台のせり上がりや地下鉄の止水扉の開閉といった、これまでチェーンを使うことなどなかった分野に使われています。まだまださまざまな用途に使える可能性を秘めています。こうした製品は、グローバルでもニッチでもトップになるよう育てていきたいですね。
――最後に、モノづくりを行っている企業にメッセージをいただけますか?
日本全国に良い製品を持っておられる会社、いい技術を持っておられる会社はたくさんあると思います。しかし、良いものを持っていても、そのままにしていたらさび付いてしまいます。常に磨き続けて、もう1つ上のレベルに持っていく努力を忘れないようにしていただきたいですね。
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今後の飛躍を期待する「ジップチェーン」(右手)と、これまで磨き上げてきた「ローラチェーン」を手にする大原社長[/caption]
弊社には、動力伝達用のローラチェーンという製品があり、世界中の工場などで使われています。創業時から欧米に追い着け追い越せと商品改良を続け、1976年に世界トップ品質に到達。その後、10年ごとにブラッシュアップしたバージョンを発表し、今はG8、第8世代まで来ました。
それだけ改良を重ねてきたら、もうどこも改良する所はないと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。さらに精度を高めたり、さらに寿命を延ばしたり、さらに軽量化したり、改善の余地は必ずどこかにあります。その積み重ねが強い製品を作ります。
世界でチェーンメーカーは多く、その中には当社のチェーンよりも廉価なものがたくさんあります。それでも、多くのお客さまに当社の製品を選んでいただいている。それは、当社がお客さまのことを考えて磨き続け、他社の追随を許さない品質レベルになっているからだと思います。お客さまのことを考えずに独りよがりになっては困りますが、モノづくりは止まることなく磨き続けることが大切だと思います。