はじめまして。本間由也(ほんまゆうや)と申します。現在、こだまや法律事務所の代表弁護士として、会社や家庭におけるさまざまな法律問題に、分野を限定することなく取り組んでおります。
私は、東京といわゆる司法過疎地(島根県隠岐郡)での執務経験から、紛争予防や紛争解決のためには、法的知識以上に、「法的な考え方」が重要であると実感しています。そこで、この連載では、気が付けば「法的な考え方」ができるようになることを目標として、情報を提供させていただきたいと思います。
さて、最近何かと話題になっているのが「クレーマー」です。しかし、一言にクレーマーと言っても、企業側に落ち度があり、その落ち度を正そうとする正当なクレーマーと、些細なことに言いがかりをつけて不当に金銭や謝罪などを要求してくる悪質なクレーマーがいます。
前者の場合は企業がより成長していくためのきっかけを与えてくれる大事なお客さまであると言えますが、みなさんはこの「お客さま」と「悪質なクレーマー」との区別ができますか?悪質なクレーマーは、正当なクレーマーと区別し、法的観点による毅然とした対応が必要です。それでは、悪質なクレーマーの区別と、その対策を考えてみましょう。
商品やサービスをしっかりと提供していても、クレームは発生します。こんな場合、悪質なクレームとそれ以外をわけるためには、クレームの内容と手段に着目することが有用です。まずクレームの内容に関しては、以下の2つに分けることができます。
お客さまに何らかの損害が生じたというクレームの場合、企業側に法的責任が発生することがあります。企業側に法的責任が生じていれば、それは正当なクレームと言えますが、そうでない場合は悪質なクレームとなる可能性があります。
それ以外のクレームは、原則として企業側の法的責任には直結しません。そのため、企業倫理を別にして法的観念から考えれば、企業が何等かの対応をする必要はありません。この場合、クレームに対して企業が一定の結論を出したにもかかわらず、その後もクレーマーからの要求が継続しているかどうかが、悪質なクレームと判断する上で重要になります。
「法的根拠がないにもかかわらず、不合理な金銭の支払いや謝罪等の要求を継続すること」、「迷惑行為、犯罪行為など違法な手段によるクレーム」のことです。
それでは、具体的な設例をもとに悪質なクレーマーの対策を考えてみましょう。
結婚指輪のせいで婚約解消!?企業の責任は?
B男さんは、A子さんと結婚するにあたり、A子さんが憧れていた某有名ブランドジュエリーの結婚指輪の購入を検討していた。すると同ブランドの店員より、「この結婚指輪は某有名デザイナーによる限定モデルの指輪(プラチナ製)で、どんな人にも似合うお買い得商品です。絶対に後悔はしないと思うので、いかがですか?」と購入を勧められた。そのため、B男はその指輪を購入し、A子にその指輪のことを伝えた。
しかし、実はA子にはプラチナに対する金属アレルギーがあった。そのため、A子は、B男に対し、金属アレルギーがあるので別の指輪がほしいと伝えたところ、そのことがきっかけで喧嘩となった。そして、その喧嘩の結果、A子とB男の婚約は解消された。
B男は、店員が金属アレルギーについて説明をせずに、「どんな人にも似合う」などと言ったため、プラチナの結婚指輪を購入してしまい、その結果A子との婚約を解消することになってしまったと考え、店員に対し責任を追及するつもりで前記ブランドの店舗を訪れた。
B男「なぜ事前に金属アレルギーの説明をしてくれなかったんだ?あなたがどんな人にも似合うと勧めたからこの指輪を買ったのに、この指輪を買ったせいで結婚できなくなったじゃないか。どうしてくれるんだ。結婚できなかったことについて、責任を取ってくれ。あなたが責任をとれないというのであれば、あなたは土下座をすれば許してやる。その代わり社長を出せ。社長に直接話しをしてやる。3日だけ待ってやるから、その間に回答を用意しろ。用意できない場合には、おれのブログに今回の出来事を全部書いてやる!」
こんなことを言われた場合、企業はどう対応をするべきでしょうか。
まず、「事実」の確認を!
今回の設例では、B男は、結婚できなかったことの精神的苦痛を損害として主張していると考えることができます。このように「損害」を主張している場合、企業が消費者に対し責任を負う根拠となる法律は、民法であったり、製造物責任法であったりしますが、いずれにしても原則として、以下の3つの要素が揃っている必要があります。それは「企業の落ち度(欠陥も含む)」「損害」「企業の落ち度と損害との因果関係」で、この3つの要素が1つでも欠ければ、企業に責任は発生しません。
この要素の有無を確認するためには、クレームに至った事実を確認する必要があります。
いつ、どこで、誰が、どのように、何をしたら、どんな損害が生じたのかを確認することが大切です。確認をする際には、その裏付けとなる資料(商品、請求書、診断書など)も必ず取得しましょう。また、相手方の氏名、住所、連絡先も確認しましょう。
虚偽の出来事を理由とするクレーマーなどは、上記のようなことを問われると詳細には回答できなかったり、矛盾してしまったりします。罪悪感からか、名前や住所も言いたがりません。そのため、事実や名前などをしっかりと確認するだけでもクレーマー対策になるのです。
今回の設例は、店員が「どんな人にも似合う」と言ったこと、金属アレルギーの説明をしなかったということが企業側の落ち度になりそうです。しかし、常識的に考えて、このようなセールストーク中の「どんな人にも似合う」との意味は、デザインのことであると思われ、金属アレルギーとならないことを保証しているものではないと考えられます。また、店員にお客の金属アレルギーの有無まで確認すべき義務もないと考えられます。そのため、この設例で起きた出来事には、企業側の落ち度は認められないでしょう。
また、常識的に考え、購入した結婚指輪が金属アレルギーのため着用できなかったとしても、それがそのまま婚約解消になるとは言えないでしょう。そのため、因果関係も認められません。
したがって、本設例では、B男のクレームに法的根拠はありません。
次に「要望」の確認を!
今回の設例で、B男は、責任を取ってくれと言っていますが、要望の具体的な内容は明らかではありません。このような場合には、賠償を要求する趣旨かどうかを確認すべきでしょう。「そんなことはそっちで考えろ」などと言い、請求を明らかにしないようであれば、「要望が不明では対応しかねます」と回答すべきです。このように対応しても、社会的に非難されることはないと思います。
B男が金銭的な請求をした場合、本件では前述のように法的責任は生じないため、金銭的な要求には応じるべきではありません。B男に対しては、クレームの根拠がないことを丁寧に説明したほうがよいと思いますが、それにもかかわらず要求が継続するようであれば、悪質なクレーマーとして対応すべきです。
B男の手段も検討してみましょう。B男は、土下座をしろと要求をしています。しかし、そもそも土下座という行為を行う義務はありません。このような義務のないことを求めることは、場合によっては強要罪(刑法223条)となります。そのため、土下座を断ったにもかかわらず、なおも求められるときには、悪質なクレームと判断して早期に警察や弁護士に相談すべきです。
B男は、社長を出せとも言っています。しかし、誰が交渉するかは、企業内部における権限分配の問題です。苦情処理担当者がいれば、社長が出ていく必要はありません。そのため、苦情処理担当者に権限があることを説明しても、このような主張を繰り返すのであれば、やはり悪質クレーマーとして対応すべきです。
「ブログに書くぞ!」にどう対処する?
B男は、ブログに出来事をすべて書き込むとも言っています。しかし実は、B男がブログを書くことは基本的に自由です。そのため、この事実だけではB男を悪質クレーマーとはいえません。
もっとも、ブログに虚偽の具体的事実が記載され、名誉や信用が害されうるような場合には、名誉棄損罪(刑法230条)や業務妨害罪(刑法233条)に該当する可能性があるため、このような掲載がなされた場合は、直ちに悪質クレーマーとして対応し、仮処分による削除、刑事告訴等を検討すべきです。
毅然とした態度で企業の最終意見を通知しよう
悪質クレーマーは、通常、企業からお客さまとして対応されることを利用して自己の要求を実現しようとします。そのような悪質クレーマーとお客さまを区別するため、まずは詳細な事実確認をしましょう。そして要求されていることが何なのかを明確にし、その要求に応えるべきか判断しましょう。
主張が正当でなく、悪質クレーマー(の可能性が高い)と判断できる場合には、企業としての最終意見を相手方に通知し、毅然とした態度で臨みましょう。それでも要求が続くようであれば、その場合はすみやかに交渉窓口を弁護士に移すことが得策でしょう。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2014年7月7日)のものです。