仕事において最高のパフォーマンスをするには、心身ともに健康であることが欠かせません。みなさんの周りには最近様子がおかしいな、と思うような人はいないでしょうか。
最近は精神障害(うつ病、 適応障害、 パニック障害、統合失調症など)を理由とする労災請求が増加傾向にあります。最近の法律相談においても、メンタルヘルスが問題となることが多くなっているように思います。メンタルヘルスと聞いて、社員個人の問題であり、企業としては関わりようがない、関わる必要はないと考えているかもしれませんが、それは大きな間違いです。
今回は、従業員のメンタルヘルスを企業としてどう扱うべきか、メンタルヘルスに不調が生じた場合にどう対応しなければいけないかということを考えてみましょう。
企業と社員のメンタルヘルスとの関係
まずは、企業が社員のメンタルヘルスにどの程度関心を持つべきかについて、考えてみましょう。
メンタルヘルスとは、体ではなく、心の健康のことです。メンタルヘルスの情報は、通常むやみに他人に知られたくないものですから、プライバシーとして保護されています。そのため、たとえ社員であったとしても、仕事をするうえで直接関係がないメンタルヘルスの情報は、企業が従業員の許可なく、自由に取得してよいということにはなりません。しかし、心身共に健康であることは効率的な業務という観点から非常に重要です。
では、企業はどのように従業員のメンタルヘルスに関与すべきでしょうか。
労働安全衛生法では、企業は労働者の快適な職場環境を作るための努力をしなければいけないと定めています。 労働契約法においても、企業は労働者の安全に配慮すべき旨が定められています。
つまり企業は、職場環境を整備し、従業員のメンタルヘルスに関与することが法律によって義務化されていると言えます。
快適な職場環境を作る
それでは、企業はどのような職場環境を作ればよいのでしょうか。まずは、職場環境においてメンタルヘルスを悪化させるような原因を減らすことが最も重要でしょう。
メンタルヘルス不調の原因としては、長時間労働、仕事内容の大きな変化や重責、対人トラブル、パワハラ・セクハラなどによるストレスなどがありますが、まずは長時間労働とならないような環境・社風を作ることが先決です。過去に取り上げた「ブラック企業」の記事でも述べましたが、常に労働時間を意識し、業務内容や配置転換、有給休暇の計画取得等により、恒常的な負担とならないようにしましょう。
配置転換などを行う場合は、異動の必要性や異動による負担の考慮、本人に事前の説明をし、準備期間を与えるようにしましょう。これにより、精神的な負担を軽減することができます。
対人トラブルについては、専門の相談窓口を設ける、迅速に事実調査、事案に応じた対応(注意・異動・懲戒処分など)ができる体制を整えることが重要です。特にパワハラについては、…
無意識でなされることも多いため、研修を実施したり、叱責の仕方や指示の出し方などの情報共有をしたりすることなどにより、円滑なコミュニケ-ションがとれるように気を付けてみましょうです。また、仕事の評価方法を客観化することによっても、主観による叱責を防ぐことができ、有益です。
また、空気の管理(適切な換気量、受動喫煙の防止など)、騒音の管理といった、物理的な職場環境も重要です。たとえば業務で汗をかくことが多い職場にはシャワー室を設置したり、夜間の業務がある場合には仮眠室を設ける、といった環境整備も精神的な負担の軽減となります。もちろん費用的な制約もありますので、従業員との意見交換などにより、効率的な対策をすることが重要でしょう。
このような対策をすることにより、精神的な負担が少なくなれば、メンタルヘルスの面で従業員が悩むこともなくなり、結果的に業務効率も上がるのではないでしょうか。
なお、職場環境を整備するにあたり一定の参考になるものとして、厚生労働省作成の「労働者の心の健康の保持増進のための指針(PDF)」があります。すべてを実現することは困難かもしれませんが、従業員の要望があるところ、できるところから着手することが重要です。
メンタルヘルス不調者への対応
では実際に業務によるメンタルヘルスの不調を訴える者がいた場合、企業はどのような対応をすべきでしょうか。企業には前述のとおり、快適な職場環境を作り、従業員の安全や健康に配慮すべき義務があります。しかし、その具体的な内容は法律には定められていません。そのため、事案ごとの個別対応が求められます。
ここで重要なことは、まずは実態調査を行い、現在の業務に対する社員の認識を調査し、不調をきたしたと思われる原因を取り除くことを検討することでしょう。
具体的には、前述のような労働時間の短縮、就業場所、作業内容の変更や休業、ハラスメントをしている社員への処分などが考えられます。また、具体的な対応を検討するにあたり、医師への受診を命じることも考えられます。診断書の提出を求める根拠などについては、プライバシーとの関係から、就業規則等で整備をしておくことが必要でしょう。
さらに、労働者の主治医の意見を聞くだけでなく、業務内容を把握している産業医等と相談をした上で、対応を検討することが好ましいと思われます。
メンタルヘルスの不調と企業の責任
上述のような対策をとった職場環境であっても、残念ながらメンタルヘルスに不調をきたす従業員が出てくる可能性はあります。この場合、企業はどのような責任を負うのでしょうか。
当たり前ですが、その原因が完全に私生活上のものであれば、企業に何ら責任はありません。しかし、メンタルヘルス不調の原因が業務にあれば、企業は最低でも 労働基準法第8章で定める責任を負います。もっともこの場合、労働者災害補償保険法(いわゆる労災)により保険金が支給されることになり、企業はその限りで支払いの責任を免れます(細かい話ですが、あくまでも“支払い”の責任がなくなるだけで、全責任が免除されるわけではありません)。
注意しなければならないのは、メンタルヘルスの不調について、企業が故意、過失やそれと同視すべき事由があるような場合(たとえば、このまま業務を続ければうつ病になることが予測できたにもかかわらず、放置をしたなど)には、企業は、労災で補償されない労働者の損害について損害賠償責任を負うということです。
そのため、メンタルヘルス不調の原因が私生活上のものであるか否か、企業に過失等があったかについて、多くのケースで問題となります。
ここで非常に参考になるものが、前述の本連載(第3回)でも紹介をした厚生労働省作成の「心理的負荷による精神障害の認定基準(PDF)」です。企業は、この基準をふまえることによって、自社の職場環境によりメンタルヘルスに不調をきたした場合、その労働者の不調の原因が職場環境にあるかどうかをある程度予測することができます。
この基準に該当しないような職場環境を整備し、この基準をふまえて実態調査・配慮をすることにより、メンタルヘルス不調による損害賠責任のリスクを相当程度軽減させることができます。
メンタルヘルスの管理については、こうすればよいという明確な答えはありません。だからこそ、企業は、従業員の目線で職場環境を整え、仕事の「質」の向上を目指すことが、他の企業との本当の差別化につながるのではないでしょうか。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2014年9月25日)のものです。