企業は、一定の目的を達成するための組織です。組織として活動するためには、統制・企業秩序が保たれていることが必要です。社員がこの企業秩序に違反することがないように、あらかじめ懲戒処分という保険をかけておき、実際に違反した社員がいた場合、それに基づいて制裁を行うことになります。
懲戒処分は制裁ですから、社員がそれに違反しないよう注意して行動できるように事前に知らされていることが必要です。つまり、就業規則において、懲戒処分の種類や懲戒事由が定められ、かつそのことが周知されていることが必要です。
できる、と思う方もいるかもしれませんが、実はできません。能力不足の社員に対しては、まずは教育・研修をすることが必要です。その研修を拒否するなど是正のための態度が認められず、企業秩序を乱すという場合に初めて懲戒処分の対象となります。
他の社員との協調性に問題があるような社員の場合にも、まずは指導などを行うことが必要です。いきなり懲戒処分はできません。問題社員が他の社員の士気にも影響し、企業秩序を乱す事態となって初めて、懲戒処分の対象となります。
飲酒運転のような私生活上の問題があった場合も、企業の社会的信用を損なう、つまり企業秩序を乱したかどうかの観点から判断することになります。
遅刻・早退・欠勤などはどうでしょうか。このような場合でも、ただちに懲戒処分はできません。遅刻などをした場合、労働力が提供されていない時間があるため、その部分に応じた給料を支払わないことはできます。しかし、懲戒処分の対象とするためには、これもまた、その勤務態度などから企業秩序への悪影響が必要とされます。
それでは、業務命令に違反したような場合はどうでしょうか。この場合は、通常、組織としての活動に支障が出ることから、「企業秩序を乱す」ものとして、懲戒処分の対象になります。
このように、懲戒処分は、問題社員に対して、いつでもできるものではありません。その性質上「企業秩序を乱した」ことが求められます。本当にイザという時だけ使える「伝家の宝刀」なのです。
もっとも、問題社員に対する懲戒処分以外の対応策としては、業務監督者が仕事に対する指導・監督等を行ったり、人事考課や配置転換などを利用して、社員の気持ちや人間関係をコントロールすることも考えられます。懲戒処分は制裁であるため、まずはこのような懲戒処分以外の方法で問題を改善できないかと考えることが、紛争を避ける観点からは重要となります。
最も厳しい処分、懲戒解雇とは
以上のような基準で下される懲戒処分ですが、その中で最も厳しいものが懲戒解雇です。懲戒解雇となると、退職金の金額に影響(就業規則等による規定が必要)することが多く、また、再就職する際に問題となることからも、高い確率で紛争となります。
それでは、どのような場合に懲戒解雇ができるのでしょうか。
懲戒解雇は「懲戒」であることから、就業規則で懲戒解雇の種別・事由が定められ、周知されていることが必要です。また、前述のように懲戒解雇をしなければいけないほどに企業秩序が乱されていることも必要となります(労働契約法15条参照)。
なおほかの解雇の方法として「普通解雇」というものもあります。普通解雇は、やむを得ない理由で労働契約が継続できない場合、“懲戒処分を伴わずに”従業員を解雇するものです。主に仕事を続けていくうえで能力に問題があることや、病気や事故などで職場復帰が見込めない場合に使われます。
もし、懲戒解雇をせざるをえない時になった場合は、どのような流れで懲戒解雇を行うべきでしょうか。
まずは、懲戒事由に該当するかどうかの検討が必要です。たとえばパワハラなど、懲戒事由によっては、当事者からの事情聴取など事実調査が必要となることがあります。この際、出勤簿、診断書など客観的な情報や、パワハラ目撃者など利害関係のない情報を調べることにより、当事者の矛盾する供述などを見分け、信用性を判断しやすくなります。
現在の判例では、原則として、後日になってから懲戒事由を追加することはできません。そのため、いかなる事由に基づき懲戒解雇とするかについては、慎重に検討する必要があります。
次に、懲戒事由が懲戒解雇をしなければならないほど違法性が高いものかということを検討します。たとえば遅刻を繰り返し行ったとしても、譴責処分や減給処分等の懲戒処分を行えば十分であり、懲戒解雇の不利益(退職金の不支給等)を踏まえると重過ぎると考えられます。この場合、社員として改善見込みがない場合には、懲戒解雇ではなく普通解雇という選択肢もあります。
業務命令違反の場合も、業務命令の内容に応じて考えることになります。たとえば配置転換命令に違反した場合にも軽微な懲戒処分しか行わないということになると、社員は自由に配置転換命令を拒否するようになってしまい、企業秩序に大きな影響を与えることが考えられます。そのため、このような場合には懲戒解雇が相当だと考えられています。
しかし、多数の従業員がいる企業において、休日出勤命令に1回違反しただけのような場合には、それだけで企業秩序に与える影響は少ないと思われますので、ただちに懲戒解雇はできないでしょう。
また、過去の同種違反の事例と比較し、公平性の点から問題がないことを確認することも必要です。
なお、判断を悩むようなものであれば、まずは一段階軽めの懲戒処分を行い、社員に対し改善の機会を与え、後日同種の違反があった場合に懲戒解雇を行うほうがよいでしょう。
できれば避けたい懲戒解雇。それでも必要な時は……
懲戒解雇は、紛争に発展する可能性が非常に高いため、可能であれば避けたい処分です。そのため、まずは社員に対し、事前に退職を勧め、自主退職を促すべきです。この際、退職を強要されたと言われないように、面談の時間は1時間程度、回数も2、3回にし、面談内容も録音等により記録しておくと紛争予防に役立ちます。
また、社員が自主退職をしない場合でも、懲戒解雇の理由を説明し、社員の疑問・不満をできる限り解消しておくことは、事実関係が明らかになり、無用の紛争を避けられることからも重要です。
そして、どうしても懲戒解雇しか方法がないということであれば、内容証明郵便等により最終通告を行ったうえで懲戒解雇をするということになります。
手続き面においては、労働協約や就業規則により、懲戒解雇に先立ち、賞罰委員会等への付議が求められているような場合、これらの手続きを無視すると懲戒処分が無効となります。そのため、これらの定めに従って手続きをすすめることになります。また、懲戒解雇の場合であっても、解雇予告手当の支払いが不要となるためには行政官庁の解雇予告除外認定を受ける必要があることには注意が必要です。
なお、懲戒解雇が後日無効と判断された場合、普通解雇としても解雇をしておかないと、仮に普通解雇事由があったとしても懲戒解雇時点で解雇をしたことにはなりません。その結果、普通解雇をするまでの間の賃金を支払うことになってしまいます。そのため、懲戒事由によっては予備的に普通解雇も行うべきでしょう。
このように懲戒解雇を行う場面では、さまざまなリスクがあります。できれば使わないままにしておき、ここぞという時の切り札として用いる「伝家の宝刀」のようなものです。このような制裁を発動しなくても企業が組織として円滑に活動できるように、日頃から教育・研修を充実させ、それぞれの社員が目的意識を共有することにより企業秩序が保たれるような環境を整えることこそが紛争予防の観点から重要です。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2014年10月8日)のものです。