仕事中や家でゆっくり過ごしているときに、ふと、これまでになかった新しいアイデアが浮かんでくる……。そんな経験をしたことがある人もいるかもしれません。しかし、その後特に何もせず放っておいて、しばらくするうちに忘れてしまう人がほとんどでしょう。
もしそのアイデアが、他人が簡単にひらめかないようなものであり、しかも、まだ世の中に知られていないような内容であれば、それはとてももったいないことです。このときのアイデアを「知的財産権」という“形”にすると、ほかの人がまねをできなくなり、独り占めできます。つまり、誰にもまねされることなく、自分だけで独占してビジネスに役立てられるのです。
知的財産権とは、技術やアイデア、ノウハウや情報などを保護するための権利のことです。「知的財産基本法」という法律にて保障されています。知的財産権を得られれば、他者がそのアイデアを使うことはできません。
もし他人が勝手に同じアイデアを利用しようとした場合、その行為の差し止めを請求できます。また、アイデアを無断で利用された場合には、損害賠償請求もできるようになります。アイデアを知的財産権として保護すると、アイデアは単なるひらめきではなく、営業戦略における武器にもなり得るのです。
(1)の「特許」とは、物や方法、物を生産する方法についての「発明」、すなわち従来なかった新しいものを作り出すことをいいます。特許と聞くと、もしかすると自分には無関係で、一部の天才発明家がするものだと考える人も多いかもしれません。しかし、実際にはそうとは言い切れません。
実例を見てみましょう。「乳児用ベッド」に関する特許があります。乳児の背中の丸みを保ち、かつ持ち運びが容易なベッドについての特許です(特許第5733824号)。つまり、乳児が寝やすい形となるように工夫されたクッションのことです。さらに調べてみると、乳児用ベッドをモーターで上下動させるという特許もありました(特許第5054288号)。要は乳児ベッドを自動でゆらゆら揺らすというものです。
これらの特許は、子育ての経験がある方なら、思いついても良さそうなものです。特許とは、世界を揺るがすような大発明だけに与えられるものではなく、「こんなことができたらいいな」を形にしたものでも取得できる可能性があります。例えば、既存のビジネスをインターネットで行う際、「こうしたら便利だろうな」というビジネスモデルを思いついた場合でも、特許が取得できるかもしれません。
特許の出願は個人でも可能です。個人出願に関するガイド本も多数、発行されています。もちろん、特許に詳しい法律事務所などに力を借りて出願する方法もあります。
既存の製品やサービスが知的財産権になる「実用新案」
特許権と似たようなものとして、(2)の「実用新案」というものがあります。実用新案は、物の形状・構造に関する「考案」、すなわち工夫です。意味が伝わりづらいかもしれないので、先ほどのベビーベッドの例で説明してみます。
ベビーベッドの実用新案を調べると、「本体を傾斜することにより乳児の頭部を上方にしておくためのベッドの支え方に改良を加え、より安定するようにした」という理由で、実用新案を取得しているものがあります(実公平6-14632)。つまり、改良をしたことが権利として認められているのです。特許のようにゼロから開発しなくても、既存の製品やサービスに対してこうすればもっと良くなるとアイデアを出せば、そのアイデアが知的財産権として認められる可能性があります。
このように考えると、実用新案は特許よりもより身近なものであると分かってもらえると思います。そのため、物の形状・構造に関する改良をひらめいたときには、特許と同様に実用新案として権利化することを意識してみましょう。
もっとも現在の実用新案は、特許権と比べ保護の程度は低く、さらに下手をすれば逆に損害賠償責任を負いかねない権利であることも認識しておく必要があります。例えば、権利を侵害されたと思われる場面で自らの権利主張をするためには、実用新案技術評価書というものを特許庁から取得しなければなりません。
また、権利侵害をした者に対し損害賠償請求をする場合、相手方の故意・過失を立証しなければなりません(特許では不要)。さらにこうした権利主張をした後に実用新案が無効であると確定した場合には、損害賠償責任を負いかねない仕組みです。このようなリスクがあるので実用新案権を行使する際には必ず専門家とともに行いましょう。
ブランドを維持するために欠かせない「商標」
最後に取り上げるのが(3)の「商標」です。商標とは、事業者が自己(自社)の取り扱う商品・サービスを、他人(他社)のものと区別するために使用するマーク(識別標識)のことです。
商標は、その商標を使用する商品やサービスを指定し、登録します。商標登録がなされると、登録された商品やサービスについて、登録商標を独占的に利用できるようになり、また、第三者が類似の商標を使用することも排除できるようになります。
私たちが商品を購入したり、サービスを受けたりする場合、企業のロゴマークやサービスの名前だけを確認し、その品質や信頼性を判断していることが多いです。例えば、牛肉の高級ブランドとして知られる「松阪牛」(商標登録第5022671号)も商標として登録されています(権利者は松阪肉事業協同組合など)。そのため、松阪牛にまったく関係のない事業者が「松坂牛」と名の付く販売をした場合、類似商標として排除される可能性が高いでしょう。
しかし、もし「松阪牛」を商標として登録していなければどうでしょうか。もしかしたら、誤認される可能性が高い「松“坂”牛」という商品を排除できないかもしれません。また、もしまったく関係のない業者が突然「松阪牛」と商標登録をした上で生産販売をした場合、その名前の使用をやめさせることができず、もともと「松阪牛」を名乗っていた業者の商品名の変更を余儀なくされる可能性すらあるのです。
この例は、実際に中国で起きた事件を元にしています。2008年、松阪牛の生産農家で構成される松阪牛協議会が、中国で「松阪牛」を商標登録しようとしたところ、すでに「松坂牛」という商標が申請されていたため、日本側の申請が却下されたというニュースが過去にありました。商標権の獲得は、自社のブランドをつくるという意味だけでなく、つくり上げたブランドを守り続けるという意味においても必須です。
知的財産権は安定したビジネスに不可欠
安定したビジネスを行うためには、今後のビジネスに必要となる物や技術などについて、どのような知的財産権が存在しているのか、他社はどのようなことを研究しているのかを常に意識する必要があります。そうしなければ、新製品を発売した直後に販売中止を余儀なくされたり、研究費が無駄になるということになりかねません。
なお知的財産権については、過去に掲載した記事でも軽く触れています。こちらも併せて目を通していただき、知的財産権をうまく使ったビジネスを考えてみてください。