長時間労働による過労死(自殺を含む)が後を絶たず、また健康被害の発生も数多く報告されています。
そんな中、日本政府は2016年9月2日、長時間労働の見直しや同一労働同一賃金の是正に向けて、内閣官房に「働き方改革実現推進室」を設置しました。長時間労働対策の目玉は、事実上無制限の残業を可能にしてきた「36(さぶろく)協定」の見直しにあります。
今回は、36協定の見直しは本当に実現するのか、見直しのキーポイントはどこにあるのかについて解説します。
労使双方の「36協定」に対する思惑
36協定とは、労働基準法36条に基づいて、労働組合などと使用者側が書面で協定を結んで労働基準監督署に届け出ることにより、使用者側が労働者に法定労働時間を超過した時間外労働を命じることができるというものです。
この法律によれば、使用者側は事実上無制限の時間外労働を労働者に命じることができることになります。
長時間労働が是正されない背景には、企業の人員削減により、残った労働者の仕事量を増やさざるを得ないという企業側の事情があります。また、広告や新聞業界をはじめとした一部の業界では、そもそも長時間労働が常態化していることもあるでしょう。
一方で労働者側も、残業代を当てにした生活設計を立てていることが少なくありません。36協定は、健康被害や過労死を招く危険がある一方で、このように労使双方の思惑に応える「ありがたい」側面もあるのが実態です。
見直しのキーポイント1:上限規制…
しかし、長時間労働には冒頭にも述べた過労死や健康被害のリスクがあるほか、少子化を深刻化させる、女性の活躍を損なうといった幅広い問題が指摘されているため、歯止めをかけなければなりません。
36協定見直しのポイントの1つに、「労使協定によって定められる時間外労働に上限を設けよう」という点があります。もちろん従来の36協定でも、法定労働時間を超えて労働させられる時間には上限が設けられていました。一般的には1カ月間で45時間、1年間で360時間となっています。
しかし、この上限規制には強制力がありません。さらに、協定に「特別条項」を設けておくことによって、一定の場合には、36協定で定めた限度以上の超過勤務をさせることが可能になるため、「事実上無制限」の残業が可能となっていました。
長時間労働対策を実効性があるものにするためには、上限規制違反にペナルティーを設けるか、抜け道となっているこの特別条項を厳格にするなど、時間外労働の上限規制が形骸化しないような法規制を行うことが必要です。
見直しのキーポイント2:適用除外
さらにもう1つポイントとなるのが、労働時間規制を受けない「適用除外」をどのように定めるかという点です。現在の労働基準法では、林業や水産業の従事者、管理監督者、機密取扱者などは、労働時間規制の対象外とされています。例えば、林業や水産業などの自然相手の業種をはじめとして、労働時間規制になじまない業種が一定数あるからです。
現在の適用除外対象の中で、最も問題になったのは「管理監督者」です。管理監督者とは、法律上「事業の種類にかかわらず監督又は管理の地位にある者」を指しますが、実際には、法律上の管理監督者に該当しません。それにもかかわらず、会社内で管理職にあるという理由のみで、労働時間規制の対象外として取り扱われる事例が多発しました。これがいわゆる「名ばかり管理職」の問題です。
判例では、会社内で管理職とされていても、法律上の管理監督者に該当するためには、(1)重要な職務と権限の付与(2)労働時間等の枠を超えて事業活動することがやむを得ないことという基準を設けており、限られたケースでしか管理監督者であることを認めていません。
長時間労働の見直しに当たっては、この管理監督者に該当する要件を判例にならって法律上に明記するなど、企業側が都合よく解釈できる余地をなくすことが必要でしょう。
今後も、働き方改革実現推進室においては、長時間労働の見直しについて議論が続きます。先に見た上限規制や適用除外の問題については、企業側から反対の声が上がることも予想されます。
しかし長時間労働により過労死などが発生すれば、企業イメージを損ない、業績にも深刻な影響が生じます。36協定の見直しによる長時間労働の抜本的改善は、企業の存続・発展のためにも欠かせないものといえるでしょう。