今回の改正点は多岐にわたります。業界によって重要となる改正点は異なります。企業の法務担当者は、自社に影響がある改正点はどこなのかを確認するために、一通り改正点をチェックすることをお勧めします。
本記事では、業態や業種を問わず、多くのビジネスパーソンが知っておくべき重要な4つの改正点に絞って解説します。4つとは、「消滅時効の画一化」「法定利率の変動制導入」「保証に関する見直し」「約款に関する規定の新設」です。
これまで、支払請求や損害賠償請求といった債権の消滅時効の期間は、職業(料理店の飲食料に係る債権は1年、診療報酬に係る債権は3年など)や、商取引か否か(商取引が5年、それ以外が10年)などにより異なっていました。それが今回の改正により「権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき」、または、「権利を行使することができる時から10年間行使しないとき」と一律となりました。
これにより、飲食料、宿泊料、農協の売掛代金など従来、消滅時効が5年より短かった債権は回収可能な期間が延びることになります。これらを扱う業界に属する企業は、債権管理や支払催促に関する運用を改める必要があります。
ただし、消滅時効については例外もあるので注意しておきましょう。損害賠償請求で生命・身体によるものについては、不法行為も含め「権利を行使することができることを知った時から5年」、または、「権利を行使することができる時から20年」に画一化されます。
今回の民法改正では法定利率も変更されます。法定利率とは、契約時に当事者間で金利(約定利率)を定めなかったときに適用される金利のことです。金額と支払期限しか記載されていない簡易な受発注書のみで契約を行った場合に、売買代金が支払期限までに支払われず遅延損害金が発生したケースなどに適用される利率です。
これまで民事が年5%、商事が年6%でしたが、一律年3%に下げられることになりました。近年、市中金利の低水準が続いているため、実情に合わせた改正といえます。ただし、将来の金利上昇局面になることも考えられるので、市中金利の変動に合わせて、3年ごとに1%刻みで変動させる制度が導入されます。
変動利率制が採用されたことにより、金銭債務の不履行中に法定利率が変更されるケースが想定されます。そのため改正法では、債務不履行時の損害賠償額を算定するために、「債務者が遅滞の責任を負った最初の時点」における法定利率を用いることにしています。
契約書においては、法定利率と異なる約定利率や遅延損害金などが明記されていることもあると思います。ただ、実際にはそれらが明記されていない取引が少なくありません。法定利率が適用されることを念頭に、その変動に注意を払っておきましょう。
保証人に関する見直し
第三者が安易に保証人となったことから発生する保証に関するトラブルは絶えることがありません。今回の改正では保証人に関する見直しも行い、そうした状況の改善を図っています。
保証人を保護するという見地から、事業のために負担した貸金などの債務を主債務とする個人保証や、主たる債務の範囲に事業のために負担する貸金などの債務が含まれる個人の根保証(ねほしょう)は、経営者自身による保証を除き、保証契約締結前1カ月以内に作成された保証人の公正証書による債務を履行する意思の表示がなければ、保証の効力は生じないとしました。
例えば、事業への出資をするに当たり、主債務者である会社の社長が、親戚から印鑑付きの連帯保証契約書を取ることができたとしても、当該親戚の公正証書での意思表示がされていない場合は、保証人としての支払いを拒否されてしまうので、債権者は注意が必要です。
また、主債務者の事業に係る債務について個人に保証を委託する場合、保証人がリスクを十分に理解できるよう、主債務者から保証人になろうとする者に対する主債務者自身の財産や収支の状況などの情報提供が義務化されました。これがなされず、保証人が誤認して保証契約をしてしまった場合に、債権者が義務違反の事実について知っていたときや知り得たときは、保証人から保証契約を取り消されてしまう可能性があるので、債権者は主債務者が情報提供義務を果たしているかをしっかり確認しておきましょう。
加えて、主債務者が期限の利益を喪失した場合や、主債務に関する不履行の有無や残額などについて保証人から照会された場合における、債権者の保証人に対する情報の提供義務についても新設されました。
今後、請求する側である債権者としては、個人保証人となってもらう対象者を見直すとともに、それを踏まえた主債務者との契約額の妥当性を精査しましょう。また主債務者が保証人に対して適切にリスクを説明するといった義務を履行しているかもチェックする必要があります。
約款に関する規定の新設
携帯電話事業やネットショッピングといった多数の相手と行うことを前提としたビジネスにおける取引条件である約款(いわゆる利用規約も含む)に関して、民法で明確な規定がありませんでした。今回の改正では、「定型約款」という概念を設けて、取引形態に関するさまざまなことが明確化されます。
具体的には、取引に際して定型約款を契約の内容とする旨を合意した場合、または定型約款を契約の内容とする旨をあらかじめ相手方(顧客)に「表示」していた場合には、定型約款の個別条項の内容を相手方が認識していなくても合意したものと見なされることが明確化されました。
他方で、相手方の権利を制限し、または相手方の義務を加重する条項で、信義則(民法1条2項)に反して相手方の利益を一方的に害するものについては、顧客保護の見地から合意したとは見なされず、契約内容とならないとされました。定型約款を定めた企業に一方的に有利な契約条項や、相手方が合理的に予測できないような契約条項がこれに当たります。
契約条項の効力が正面から否定されるという意味で重要な規定ですが、これまでも消費者契約法や信義則で同様の帰結が導かれたことから、この規定の新設により実務の運用そのものが大きな影響を受けることはないかもしれません。
約款に関して最も注目すべきは、相手方の合意を要しない企業の独断での定型約款の変更が、一定の条件を満たせば可能なことが明確化された点です。一定の条件とは、変更が相手方の一般の利益に適合する場合、または、変更が契約の目的に反せず、かつ変更に係る事情に照らして合理的と認められた場合を指します(なお、手続き要件として、変更後の定款内容等の周知も必要となります)。
相手方の合意なく企業の独断で変更ができるという点では、企業に配慮した規定ですが、当該「合理性」の判断に当たっては、相手方に与える不利益が考慮されることから企業が望む変更が自由にできないことに注意が必要です。
現状の約款で、相手方に不利益を与える場合も含め、どんな内容でも一方的に変更ができる旨を条項に盛り込み、それを前提とした事業展開をしている企業は、約款の内容ひいては、当該約款に係る事業の見通しについて、これまで以上に慎重に考える必要があるでしょう。
以上の4点だけでも今後のビジネスに大きな影響があることは分かっていただけかと思います。多岐にわたる今回の民法改正のすべてを確認して自社への影響を考えるのは非常に大変です。民法改正の施行は2年後ですが、今のうちから顧問弁護士などに相談したり、業界としての対応に関して情報収集したりするなど対策を万全にしましょう。