中小企業経営者の高齢化に伴い、事業承継対策に国が力を入れています。このままでは日本経済を支えてきた中小企業が激減してしまう可能性があるためです。具体的な政策として、例えば2018年4月1日から、中小企業の株式の贈与税・相続税を実質ゼロにする新しい事業承継税制(2018年度税制改正)が始まりました。これに引き続いて、事業承継関連では「遺留分減殺請求制度の改正」が検討されています。
遺留分減殺請求制度の改正は、2018年3月13日に国会提出され、現在審議中の「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律案」に含まれています。その内容は、事業承継を検討している中小企業の経営者にとって重要な生前贈与にも影響があります。本記事では、遺留分減殺請求制度の改正内容について紹介します。
遺留分は両親や祖父母といった直系尊属のみが相続人の場合は、被相続人の財産の3分の1、それ以外の場合は被相続人の財産の2分の1と決して小さくない範囲で認められています。ですから相続に当たって事業承継も同時に発生するケースでは、遺留分減殺請求により、事業承継のほうが困難となるケースが問題視されているのです。
例えば、先代経営者には相続人として子どもが1人いるものの、能力不足やその他の事情から事業を継がせることはできない。そこで相続人ではない第三者(親戚筋や取締役など)を後継者と定め、唯一の財産である自社株100%(ここでは仮に100株とします)を贈与・遺贈したとします。しかし、この子どもが遺留分減殺請求を行うと、後継者と子どもそれぞれが2分の1ずつ共有することになります。50株ずつ分割所有することになるのではなく、100株全体について2分の1ずつの持分割合で共有することになるのです。この場合には後継者単独では会社経営ができなくなります。
実際には、ここまで極端な事例は少なく、相続人の1人を後継者と定めて、贈与・遺贈する事例が多いでしょう。このような場合には、他の相続人が遺留分減殺請求を行った結果、自社株が2人の相続人の間で共有される(50%ずつ分割するのではなく、2人の共有物となる)ことになったとしても、必ず贈与・遺贈を受けた後継者の持分割合が半数を超えることから、会社法106条に基づき株式の権利行使者を指定することで、議決権行使ができなくなるという事態は避けられます。しかし、いつまでも共有状態のままというわけにはいきませんから、別途、共有から分割への手続きを取らなければなりません。
分割の結果、後継者の持株比率が3分の2を割り込み特別決議を通すことができなくなる場合はもちろん、3分の2以上を確保できる場合でも、後継指名されなかった相続人が少数株主権を濫用するリスクを想定せざるを得ないなど、株式が分散保有されると、後継者が円滑に事業を継続していくことが困難となるリスクがあります。
これらに対する現行法下における最も有効な対応策は、現物返還に代えて価額賠償する(民法1041条)、つまり株式を現金で買い取ることです。しかし、原則として一括支払いのため、そのハードルは決して低くありません。分割支払いを相手に承諾してもらうためには、優秀な弁護士を通じて和解を勝ち取るしかない、というのが現状です。
改正されると、共有ではなく「金銭を支払う」に
現在審議中の改正法律案1046条1項では、「遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(略)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。」とされています。つまり遺留分権利者は株式の共有ではなく、金銭で請求するという内容です。現行法下における株式の共有によって、会社経営に混乱が生じていることへの配慮と考えられます。
また、同1047条5項では、「裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、第一項の規定により負担する債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる。」(注:1047条1項は、遺留分減殺請求がされた場合に受遺者又は受贈者が遺留分権者に対して遺留分侵害額相当額の債務を負担する旨の規定です)とされています。つまり、これまで分割支払いは相手との交渉次第でしたが、法改正後はこれに法的な保障が与えられることになります。
もちろん、法改正後において裁判所の運用・裁量の余地は残りますが、中小企業の株式自体に財産的価値があるわけではなく、将来円滑に事業を継続することで収益を上げ配当として還元して、初めて株主が返済能力を獲得する関係にあることに、相手の理解を得ることができれば、事業継続の妨げとならない範囲での長期分割支払いの道も開けてくるのではないか、と期待しています。
遺留分の対象とされる生前贈与に期間制限を設ける
今回の改正で注目すべきポイントとしてもう1つ、遺留分の対象とされる贈与に期間制限が設けられた点が挙げられます。現行法下では、相続人に対する贈与は無制限に遺留分を算定するための財産とされてきました。つまり、相続時の財産に、過去に相続人へ贈与された財産全てを加えた金額に基づいて遺留分を算定することされています。しかし改正後は、原則として10年以内になされた贈与に限られることとなります。
これまで中小企業経営者としては、生前贈与などにより早期事業承継を図ったとしても、遺留分減殺請求により自らの死後に親族間で紛争になってしまうのではないか、という懸念から早期の事業承継対策に乗り出せない、という例も少なくなかったと思われます。今回の民法改正(相続関係)により、遺留分減殺請求権の存在は、そこまで決定的なリスクではなくなり、また期間制限も設けられるため、早期決断が将来の安定化につながることになります。
4月1日から新たに始まった新事業承継税制(2018年度税制改正)では、中小企業の株式の贈与税が実質ゼロになるとされていますが、10年間の時限措置であり計画提出は5年以内に行う必要があります。今回紹介した民法改正(相続関係)が成立・施行される時期に留意しつつ、後継者に対する生前贈与を早期に開始することによる事業承継の円滑化を検討していくことをお勧めします。