大手自動車メーカーの著名経営者が東京地検特捜部に逮捕され、起訴されました。その報道が連日のようにマスコミをにぎわせています。報道によると、自動車メーカー側が日本版司法取引(法律上は、協議・合意と呼びます)を行ったことから逮捕につながったとのことです。
経営している会社が、そのトップを逮捕させるように仕向けたというのですから、会社経営者の皆さんは「どうなっているんだ?」と疑問を感じたのではないでしょうか。
広範囲の経済犯罪が司法取引の対象に
「本当のことを話して捜査に協力すれば、罪を軽くしてやれるんだが……」
犯罪者に対する刑事や判事のこんなセリフを小説などで見たことがありませんか。このように捜査に協力した見返りに罪を軽くすることを「司法取引」と呼びます。
欧米では以前から導入され、他人の犯罪だけでなく、自分の犯罪に関しても自ら認めて捜査に協力する司法取引も行われていました。そして、2018年6月、日本でも司法取引制度が導入されました。
日本版司法取引は、経済犯罪や薬物犯罪など、特定の犯罪について認められた制度です。従って、窃盗や痴漢などの犯罪について、日本版司法取引制度が用いられることはありません。
ここでいう経済犯罪は、贈収賄、詐欺、脱税や、談合などの独占禁止法違反、インサイダー取引などの金融商品取引法違反、特許権侵害などの特許法違反といった幅広い分野が含まれます。ビジネスパーソンも人ごとと思ってはいられないことが分かっていただけるでしょう。
日本版司法取引制度が導入された理由とは?…
なぜ、我が国に司法取引制度が導入されたのでしょうか?
想像してみてください――会社の経営者が部下であるあなたに対して、税金を安く支払うために、架空の経費を計上するように指示をしてきました。あなたは、会社をクビになったり、給与を下げられたりしないためにやむを得ず、それに従ってしまった。
この場合、脱税という犯罪は、どのように発覚するでしょうか?――あなたは、経営者のいうことを聞かないと会社内の地位が危ういので協力はしたが、犯罪者になったことを後悔しているという状況に置かれると思います。
このような場合、経営者の指示があったことを話せば、刑事責任が軽くなるという制度があれば、あなたにとって、経営者の指示があったことを話す動機の1つになります。反対に、このような定めがない場合、経営者の指示があったことを話すような動機はなかなか出てきません。
日本版司法取引制度は、他人(この場合は経営者)の犯罪の捜査に協力することによって、自己(あなた)の刑事責任を軽くするという制度をつくり、(経営者の)巨悪を発覚させるという目的のために導入されました。
もっとも日本版司法取引制度は、欧米の司法取引制度とは違って、自分の責任を軽減するために用いることを認めていません。ですから、先の事例では経営者自身が、自分の脱税について司法取引制度を用いることはできません。
巻き込まれないためのポイント
日本版司法取引制度が導入されたことによって、自己の刑事責任を軽くするために、他人を(言葉は悪いですが)巻き込む行為が出てくる可能性があることを否定することはできません。では、どのようにして自己を守っていくべきなのでしょうか。
まず、一番大切なことは、当たり前のことですが、犯罪行為に及ばないことです。また、犯罪行為に及んだと誤解されるような言動を一切取らないことも重要です。例えば、EメールやSNSなどで、誤解を生むような表現を用いることも慎むべきです。仮に、あなたが何の犯罪行為に及んでいないとしても、捜査機関から捜査をされるということ自体が、想定もできないほどの大変な負担になります。
また、自分自身は犯罪行為をしていなくても、誰かの犯罪行為を見つけてしまった場合、それを隠匿してしまうと、隠匿をしたという事実自体で責任を追及される可能性もあります。これは企業という組織では非常に起こりがちな問題です。このような場合に適切な行動を取らなかったとしたら、あなたが取締役であった場合には、監視監督義務違反、取締役でない場合でも、懲戒処分の対象になる可能性があります。従って、不幸にもそのような局面に直面してしまった場合には、とにかく早期に正しい対応をしなければ大変なことになるということは忘れないようにしてください。
日本版司法取引制度は、弁護士の関与がなくては成立しないことになっていますし、弁護士には顧客の秘密を守る義務(守秘義務)がありますので、自分の関連度合いはともかく、できるだけ早めに弁護士に相談したほうがよいでしょう。
現在、多くの企業がグローバルな活動をしています。仮に、海外に関連会社がある場合などは、日本版司法取引制度だけではなく、海外の司法取引制度が適用されることも考えなくてはなりません。自分の罪を軽くすることができる海外の司法取引は、さらに利用のハードルが下がります。日本版司法取引制度のスタートを期に、より注意を払ってください。
日本版司法取引制度はスタートしたばかりなので、今後どのように活用されていくかは不透明です。ただ、冒頭に述べたように有名企業が使ったことで、多くのビジネスパーソンが制度の存在を意識したことは間違いありません。よりコンプライアンスを重視して業務に当たりましょう。