中小企業のオーナー経営者の相続対策とは、単なる財産の承継にとどまらず、必ず事業承継の問題を含みます。次世代への円滑な事業承継は、従業員の雇用継続などにも大きく影響します。
オーナー経営者とって、オーナー相続対策=事業承継対策は、最後の社会貢献といえます。昨年、相続法が大幅に改正され、今年から段階的に施行されていきます。事業承継対策は、今後、相続法改正を踏まえたものでなければなりません。今回は、相続法改正を踏まえた事業承継対策について解説します。
そこで、今回の改正で、作成が一番面倒である「財産目録」(遺言書の別紙)についてのみですが、ワープロ・パソコンを利用してもよいものとなりました。財産目録は、相続の対象となる財産をすべて列挙する必要があり、それなりに不動産などを所有している場合、かなりの手間になっていたのです。これについては、すでに2019年の1月13日から施行されています。
自筆証書遺言に関しては、遺言書を法務局で保管するという制度も設けられ、2020年7月10日から利用することが可能になります。これまで、自筆証書遺言に係る遺言書は、自宅で保管するケースが多く、紛失や、相続人による廃棄、隠匿、改ざんの恐れがありました。この制度を利用すれば遺言の有無につき検索することができるので、せっかくの遺言が紛失する危険や、廃棄や隠匿の心配もなくなります。
また、従来は遺言(公正証書遺言を除く)の保管者や、それを発見した相続人は、遺言者の死亡を知った後には、遅滞なく遺言書を家庭裁判所に提出して、その「検認」を請求しなければなりませんでした。検認とは、相続人に遺言の存在と内容を知らせて、内容を明確にして偽造・変造を防止するための手続きのことです。今後は、保管制度を利用すれば家庭裁判所での検認の手続きは不要になります。
このように使いやすくなった自筆証書遺言ですが、注意も必要です。まず、当然のことですが、遺言書の本文自体は、依然として「自筆」でなければならないことを忘れてはいけません。
「自筆」とは、文字通り、手書きのことです。日本では、遺言を用意するのは、健康に問題が生じた後のことが少なくないのが現実です。その場合、手が震えて「介添え」してもらったりすると、筆跡が変わったことなどにより、後に「自筆」でないとして、遺言無効の訴えで争われる可能性があります。
また、遺言保管制度は、あくまでも「保管」するだけで、利用時の「認知の正常さ」を保障するものではありません。遺言無効の訴えにおいて、遺言時に認知症の傾向があったといった主張がなされ、遺言無効の訴えがなされる可能性はなくなりません。家庭裁判所でなされる遺産分割の訴えが「非訟」といって、あまり厳格な手続きでないのと異なり、遺言無効の訴えは、地方裁判所を管轄とする「訴訟」であり、証拠に照らして事実を認定する本格的な裁判手続きです。もし巻き込まれてしまえば、かなりの負担になります。
遺言作成の負担を軽くするために、安易に自筆証書遺言+保管制度を利用して、遺言無効の訴えがなされてしまえば、せっかくの遺言による事業承継対策も台無しです。自身が高齢であり、相続人同士の関係が円滑でないなどといったリスクを認識した場合、遺言作成の段階で慎重を期しましょう。遺言作成のため弁護士を依頼してあらかじめ遺言執行者(遺言を執行する権限を持つ人)に指定しておく、公正証書遺言を利用するといった選択がベターだと思われます。
遺留分が行使され、事業承継に悪影響を与える可能性も
事業承継を念頭に置いて遺言の内容を考える際、忘れてならないのは、遺留分への配慮です。相続において、法定相続人が法定相続分で遺産を受け継ぐのが基本です。ただ、遺贈や生前贈与などによって、法定相続人であっても十分な遺産を受け取れなくなることがあります。こうした場合に、一部の法定相続人が主張できるのが遺留分です。そして、遺留分を請求することを「遺留分減殺請求」と呼びます。
相続人から遺言無効の主張がなされないとしても、遺留分の減殺の主張をしてくるケースも考えられます。遺留分の減殺は、遺言の一部無効といってもよいものです。今回相続に関して、遺留分についても事業承継を念頭に置いた改正が行われました。
これまでは、遺言に対し、相続人が遺留分減殺請求権を行使した場合、効果が物権的に生じると解されてきました。例えば、被相続人(亡くなった方)が、全財産甲を相続人Aに相続させることを遺言した場合、別の相続人Bが遺留分減殺請求権を行使すると、財産甲は、相続人AとBの共有物となります。共有関係を解消する場合には、話し合いで済まなければ、家庭裁判所ではなく、地方裁判所に共有物分割の訴えを申し立てなければなりません。
遺留分の話し合いは難航を極めることが珍しくありません。例えば、財産甲が、被相続人がオーナー経営者であるア社の株式である場合、共有者AとBは、被相続人の保有する株式の権利行使者を1名、選んで、ア社に通知しなければなりません。遺留分減殺請求の訴えが起きるほどの関係であるAとBが、互いに納得できる権利行使者を選定することは当然、非常に難しいでしょう。これによりア社の経営に関する意思決定には問題が生じ、事業承継にも暗雲が垂れ込めることとなります。
こうした問題が起こるのを減らす狙いもあり、今回の相続法改正では、遺留分「侵害」請求権と名を改め、その効果を債権的なものにとどまるものとしました。前の例でいいますと、遺言通り、財産甲は相続人Aの単独所有物となり、相続人Bは、Aに対し侵害された遺留分に応じた金銭債権を有することになったのです。そして、金額が多額の場合、Aは、支払いを一定期間猶予してもらうよう、裁判所に請求できます。これにより、ア社の事業承継はスムーズに行われることになります。
ただ、Aは猶予期間に、何とかして資金繰りをつける必要があります。資金繰りがつかず、ア社株式を売却することになれば、せっかくの事業承継が台無しになりかねません。Aに事業を承継させたい場合には、遺留分侵害請求の可能性も考慮して、Aの資金繰りについて考えておく必要があるでしょう。
以上の通り、遺言による事業承継対策は、入り口である遺言作成段階で、どれだけ将来のリスクを予想し、対策するかということに尽きます。具体的には、将来、遺言執行者となる弁護士とよく相談しておくこと、事業を受け継ぐ者(前の例でいうA)と資金繰りについてよく協議しておくことをお勧めします。
また、人間は感情の生き物ですので、事業から外される相続人(前の例でいうB)への一定の配慮も必要です。遺言書には「付言事項」といって、遺言の効力に関係ない項目を設けることができます。この部分で、Bに対するフォローをしておく必要があるでしょう。