中小企業経営者の高齢化が問題になっています。その対策として事業承継の円滑化を図ることなどを目的として、いわゆる経営承継円滑化法(正式名称:「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」)が用意されています。今回、その一部が改正され、2021年8月2日より施行されました。
中小企業が株式会社の形態で経営されている場合、所在が分からなくなった株主が存在することによって、円滑な事業承継が妨げられるケースが生じることがあります。所在不明株主に関しては、会社法が規定を置いており、5年以上音信不通の株主の株式については、会社が買い取ることなどができるとされています。しかし、「5年」という期間の長さが、事業承継の際に、この手続きを利用する上でのハードルになっているとの指摘もありました。
そこで、今回施行された改正法は、こうした所在不明株主に関する会社法の規定に特例を設けて、事業承継のニーズの高い株式会社に限って、上記「5年」を「1年」に短縮しようというものです。
本稿では、この経営承継円滑化法の改正について、概要を解説します。
経営承継円滑化法の概要
まずは、経営承継円滑化法の概要について見てみましょう。改正前の経営承継円滑化法は、事業承継に伴って生じることのある下記3つの問題に対応するために、それぞれ支援措置を設けていました。
所在不明株主に関する会社法の規定
特例が設けられることとなった会社法の制度、すなわち「所在不明株主の保有する株式の競売・売却に関する制度」とは、次のようなものです。
株式会社は、【1】株主名簿上の株主に対する通知・催告が5年以上継続して到達せず、かつ、【2】その株主が継続して5年以上剰余金の配当を受領しない場合に、その所在不明株主が保有する株式の競売または売却が可能になるという制度です。株式を売却する場合、その株式の全部または一部を自社で買い取ることも可能です。この買い取りは、取締役会設置会社では取締役会の決議によって決定します。
競売代金または売却代金は、受け取るべき株主が所在不明であることから、法務局に供託されることになります。
これは、所在不明株主が増えると、株主総会決議の成立に支障を来し、会社の運営が困難になる場合も生じ得ることなどから設けられた制度です。
改正経営承継円滑化法による会社法の特例…
所在不明株主の存在は、円滑な事業承継の妨げとなることもあります。例えば、株主総会の承認を得てM&A(※)によって事業承継を行おうとする場合、所在不明の株主が多数いると、株主総会による承認決議ができなくなることもあり、そうなると会社は、当該事業承継を断念するか、M&Aスキームの見直しを迫られることとなってしまいます。
※事業承継で用いられることの多いM&Aとしては、事業譲渡、会社分割、株式譲渡などが挙げられます
そこで、改正経営承継円滑化法は、事業承継のニーズの高い株式会社において、所在不明株主が保有する株式を当該会社が買い取ることを容易にし、円滑な事業承継を実現するために会社法の特例を設けることとしたのです。すなわち、会社法では、会社が所在不明株主の株式を買い取るために当該株主に対する通知などの不到達・剰余金配当の不受理が「5年」継続することを要していたルールを、改正経営承継円滑化法ではこれを「1年」に短縮したのです。なお、同改正法では、会社法にはない手続きも一部追加されていますので、以下でより細かく説明します。
(1)要件
利用できる会社は、非上場の中小企業者で、株式会社に限られます。また、次の2つの要件を満たす必要があります。
A)経営困難要件
この要件は、当該会社の代表者が年齢、健康状態その他の事情により、継続的かつ安定的に経営を行うことが困難であるため、会社の事業活動の継続に支障が生じていることを求めるものです。例えば、代表者の年齢が満60歳を超えている場合は、この要件を満たし得るとされています。
B)円滑承継困難要件
この要件は、一部の株主の所在が不明であることにより、その経営を当該代表者以外の者に円滑に承継させることが困難であると認められることを求めるものです。例えば、株式譲渡による事業承継が合意されているケースなら、所在不明株主の議決権割合が10分の1を超えていて、このため株式譲受人=後継者が求めている議決権数の確保(株式の集約)ができないようなときは、この要件を満たし得るとされています。
なお、上記ABの要件は、中小企業庁『中小企業経営承継円滑化法申請マニュアル「会社法特例」』が詳細に解説しています。
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu/kaisha-hou_manual.pdf
(2)手続き
上記(1)の要件を満たす会社は、都道府県知事に対して申請を行い、会社法の特例による買い取りをするための「認定」を受ける必要があります。この認定の有効期限は、原則として2年とされています。せっかく認定されても、特例の適用のための手続きを行わず放置するなどしていると、認定が取り消されてしまうことがあります。
会社法においては、所在不明株主の株式を売却して会社が買い取る場合、会社は、当該所在不明株主や利害関係人が買い取りに対して異議を述べる機会を与えることが求められます。そのために、最低3カ月の期間を置いて、売却に関係する一定の情報を官報に公告し、各所在不明株主などに異議があるなら申し出るように個別の催告を行う必要があります(所在不明であるため、催告の通知は届かないことがほとんどでしょうが)。
改正承継円滑化法によって会社法の特例を利用する場合は、これに先立って、やはり一定事項について公告・催告をすることが必要です。
また、「5年ルール」の会社法においては、所在不明株主の株式に市場価格がない場合(非上場会社の株式の場合)、これを売却して会社が買い取るには裁判所の許可を得ることが必要です。「1年ルール」の本特例により同株式を買い取る場合も、同様に裁判所の許可が必要となります。
会社法と特例の違い
経営承継円滑化法の支援措置は、時に要件が厳格で使い勝手が悪いとの指摘を受けることがあります。会社法の特例を定める本改正法による措置がどれだけ利用されることとなるか、まずは見守ってみたいと思います。