創業した経営者は、日々、会社経営にまい進し、法務のことを気にする余裕などないかもしれません。それどころか忙しさを言い訳に、法務や法律問題を敬遠している経営者もいるかもしれません。とはいえ、創業から間がなくても、法務や法律問題を考えずに会社経営をすると、思わぬ法的リスクを負いかねません。また、事業を発展させていくためには、法務や法律問題は避けて通れません。
そこで今回は、創業した経営者が、創業後3年目程度の少し落ち着いてきた頃に必ずチェックしておきたい法務や法律問題のポイントについて、解説します。
制定、改正され続ける各種法令への対応
社会が高度化・複雑化した現在においては、日々新たな法令が制定され、また、既存の法令の改正が行われています。これらについて企業も無関係ではいられません。対応必須の法律をいくつか挙げておきましょう。
まず、2020年4月に改正民法(債権法)が施行されました。保証に関する規定が改正され、契約の約款に関する規定が新設されるなど企業にとって対応が必要な内容が含まれています。
次に、2018年6月に成立し、2019年4月から順次施行されている働き方改革関連法案では、同一労働同一賃金の実施、時間外労働時間の上限規制、年5日以上の年次有給休暇取得の義務化などが含まれています。
さらに、パワハラ防止法、セクハラ防止法、公益通報者保護法などへの対応(方針の明確化とその周知・徹底、相談窓口の設置、相談者に対する不利益取り扱いの禁止など)も、新たに必要となっていますので注意が必要です。
その他にも、個人情報保護法は、施行後3年ごとに見直すと決められており、直近では2022年4月から改正法が施行され、個人情報の取り扱いに関する事業者の責務などについて新たな規制が設けられました。
こうした日々制定・改正される法令について、本来、創業からの期間にかかわらず、企業としての対応が求められます。創業直後はなかなか手が回らないのが実情だと思いますが、少なくとも、事業が安定してくる創業3年目程度の時期には少し立ち止まって総点検するとよいでしょう。
各企業に生じる固有の法律問題への対応…
上記のような各種法令への対応は、すべての企業に必要となります。これに対し、業種や職種、さらには当該企業の事情により、各企業に生じる固有の法律問題があります。こうした問題は創業からしばらくは、その都度、対応・解決していくことになると思います。しかし、それでも繰り返し生じる問題や、解決しないままになっている問題については、根本的な見直しや対応が必要です。
1.その典型例としては、労働時間が長くなる業種や職種における未払い残業代の問題が挙げられます。
民法改正に伴い労働基準法が改正され、賃金請求権の消滅時効期間について、従前、権利行使が可能な時から2年とされていたものが、当分の間3年となりました(労働基準法第143条3項。将来的には5年)。
これにより企業の未払い残業代が増大する可能性が高まるため、未払い分の一斉支払いや、労働時間の管理を改めるなどの対応が求められます。
2.また、IT系、建築系など、一つのプロジェクトや現場に複数の企業の技術者や職人(以下、従業員といいます)が関わることが多い事業の場合(元請け、下請け、孫請けなど複数の請負契約が存在する場合が典型)、従業員の引き抜きがよく見られます。
労働者の転職は、職業選択の自由(憲法第22条1項)に関わるので、引き抜きは一概に否定すべきものではありませんが、それが横行すると、当該業種や企業のビジネスが成り立たなくなる場合があります。そのため、実務上、期間、地域、業種などを限定して一定の合理的範囲内において競業避止義務を課すことが認められています。
創業してようやく事業が安定し始めたところで、育ってきた従業員を引き抜かれては大変です。そこで企業の対応としては、就業規則や入社時の労働条件通知書に、従業員に対して一定の合理的範囲内における競業避止義務を課す規定を設けておくなど、あらかじめ無用なトラブルを起こさないようにする対処をしておくようお勧めします。
上記1や2のように、事業が安定してくる創業3年程度の時期は、業種や職種、当該企業の事情に基づき、各企業に生じる固有の法律問題が明らかになってくる時期でもあります。そこで、これら“守り”の側面について弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談して抜本的な見直しや対応をするとよいでしょう。
企業の発展の際に検討すべき法律問題への対応
他方、創業して3年程度の時期は、さらに事業の拡大をめざす飛躍のタイミングでもあります。ですから“攻め”の側面で検討すべき法務や法律問題もあります。自社の事業拡大や集中、M&A(企業・事業の買収や売却)に関するものなどです。
事業環境の変化が激しい今日では、創業3年目の時期は、新たな事業の拡大や既存事業の見直しは、大きな経営課題になっているでしょう。それに伴う契約関連(業務に関する取引だけでなく、オフィスの移転、什器(じゅうき)備品の契約など)、増資や借り入れなどの資金関連、役員構成の変更・新規従業員の雇用などの人材関連、知的財産の管理、許認可の取得などに、常時対応しなくてはなりません。
昨今では、中小企業においても会社や事業を発展させるための手段としてM&Aが積極的に活用されています(いわゆるスモールM&A、中小M&A)。これは短期間に事業を拡大する有力な手段ですが、成功のためには、専門家に法律的なアドバイスを受けるのが必須といえるでしょう。
このように、創業から3年程度でチェックすべき法律面の課題は多岐にわたります。創業時にこうした法律面をすべて整えておくのは非常に難しいでしょう。ただ、少なくとも経営が多少安定したタイミングで、課題をチェックして適切に対応しておくことが大切です。