2024年4月1日、改正障害者差別解消法が施行され、事業主の努力義務にすぎなかった障害のある人への「合理的配慮の提供」が義務化されました。今回は、障害者差別解消法について概説した上で、改正された障害のある人への「合理的配慮の提供」の義務化について解説します。
障害者差別解消法は、障害のある人の自立および社会参加の支援などのための施策を推進するという障害者基本法の理念にのっとり、障害を理由とする差別の解消を推進することを目的として2013年6月に制定されました。
この法律は、障害の「社会モデル」(障害のある人が日常生活などで受けるさまざまな「制限」は、社会の側にあるさまざまな障壁(バリアー)によって生じるものという考え方)を前提に、わが国おいて、障害のある人もない人も互いにその人らしさを認め合い、共に生きる社会(共生社会)の実現をめざしています。
本法の柱は2つです。行政機関や事業者に対して、①障害のある人への障害を理由とする「不当な差別的取扱い」を禁止する(7条1項、8条1項)と、②障害のある人から申し出(意思の表明)があった場合に、負担が重すぎない範囲で障害のある人の求めに応じて必要かつ合理的な配慮をしなければならない(「合理的配慮の提供」、7条2項、8条2項)、とするものです。
①の「不当な差別的取扱い」の禁止とは、障害を理由として、財・サービス、各種機会の提供を拒否したり、それらを提供するに当たって場所・時間帯を制限したりするなど、正当な理由なく障害のない人と異なる取扱いをして障害のある人を不利に扱うことを禁止するものです。
その際、車いす、補助犬その他の支援機器などの利用や介助者の付き添いといった社会的障壁を解消するための手段の利用を理由として行われる不当な差別的取扱いも、障害を理由とする不当な差別的取扱いに該当しますので注意が必要です。
②の「合理的配慮の提供」は、改正前は行政機関のみ義務として課されており、事業者は、“~配慮をするように努めなければならない”と努力義務とされていました。しかし、共生社会の実現に向けた改正により、2024年4月1日からは、事業者も障害のある人への「合理的配慮の提供」が義務となりました。簡単にまとめると下表のようになります。
本法は、教育、医療、福祉、公共交通など、日常生活および社会生活に係る分野が広く対象となります。ただし雇用分野については、障害者の雇用の促進などに関する法律の定めるところによるので、本法の対象外です。
また、本法の「障害者」とは、身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)その他の心身の機能の障害がある者であり、障害および社会的障壁により継続的に日常生活または社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいい(2条1号)、障害者手帳を持っている人に限られません。
上記のとおり2024年4月1日から、事業者も障害のある人への「合理的配慮の提供」が義務となりました(8条2項)。義務化により、事業主の障害のある人への「合理的配慮の提供」が社会的な規範として確立され、合理的配慮の必要性が社会全体で強く認識されると予測されます。違反した場合の損害賠償責任など、この規定のみで民事上の効果が直ちに発生することはないと解されますが、個別の裁判においては、民事上「違法」と評価される範囲が拡大する可能性があります。
改正の趣旨により、事業者は障害のある人から意思表明があった場合に、過重な負担のない範囲でどのような対応ができるかについて、真摯な検討を求められます。一方で、合理的配慮の内容はこれまでよりも引き上げられるものではありません。合理的配慮とは、必要とされる範囲で本来の業務に付随する、事業主にとって過剰な負担にならないものです。
事業者は改正により、「障害のある人が事業者の行う財・サービスや各種機会の提供を受けるために、どのようにしたら障害となっている社会的障壁を除去できるか」について、個別の事案ごとに必要な対応を真摯に検討するよう求められるようになったといえます。
関連して事業主は、合理的配慮を提供するに当たり障害のある人と「建設的対話」を通じて相互理解を深め、共に対応策を検討しなくてはなりません。事業主が建設的対話を一方的に拒むと、合理的配慮の提供義務違反となる可能性があるため注意が必要です。以上を踏まえ、内閣府作成のリーフレットや“障害者の差別解消に向けた理解促進ポータルサイト”掲載の資料を参考に、合理的配慮、建設的対話に関する具体例を見ていきます。
合理的配慮、建設的対話に関する具体例
合理的配慮の具体例として、次のようなものがあります。
ⅰ)物理的環境への配慮(肢体不自由)
飲食店で障害のある人から「車いすのまま着席したい」との申し出があり、従業員がテーブルに備え付けの椅子を片付けて、車いすのまま着席できるスペースを確保した。
ⅱ)意思疎通への配慮(弱視難聴)
障害のある人が難聴のため筆談によるコミュニケーションを希望した。弱視でもあり細いペンや小さな文字では読みづらいため、従業員が太いペンで大きな文字を書いて筆談を行った。
ⅲ)ルール・慣行の柔軟な変更(学習障害)
セミナーに参加中の障害のある人から、文字や読み書きに時間がかかるため、ホワイトボードを最後まで書き写せないと申し出があった。主催者が書き写す代わりに、デジタルカメラ、スマートフォン、タブレット型端末などでホワイトボードの撮影を許可した。
以上は合理的配慮を行った例ですが、以下のような場合、事業主は合理的配慮の提供義務違反に該当します。
ⅰ)試験実施の際、障害のある人から筆記が困難なためデジタル機器の使用を求める申し出があった場合に、主催者が、前例がないことを理由に必要な調整をせずに、一律に対応を断ること。
ⅱ)イベント会場内の移動に際して、障害のある人から支援を求める申し出があった場合に、「何かあったら困る」という抽象的な理由で具体的な支援の可能性を検討せずに、支援を断ること。
ⅲ)電話利用が困難な障害のある人から、電話以外の手段で各種手続きを行えるよう対応を求められた場合に、対応したオペレーターが、自社マニュアル上、当該手続きは利用者本人による電話のみ手続き可能とされていることを理由として、メールや電話リレーサービスを介した電話など、代替措置を検討せずに対応を断ること。
ⅳ)自由席での開催を予定しているセミナーにおいて、弱視の障害のある人からスクリーンや板書などがよく見える席での受講を希望する申し出があった場合に、事前に座席確保などの対応を検討せずに「特別扱いはできない」という理由で対応を断ること。
上記のような合理的配慮の提供義務違反に該当しないよう、合理的配慮の提供に当たっては、必要な対応について障害のある人と事業主が対話を重ねて共に解決策を検討していくこと(建設的対話)が大切です。
以下は、建設的対話の例です。
ⅰ)飛行機の音など特定の聴覚過敏のある子が習い事に通うに際して、保護者から教室の窓を防音窓にできないかと要望があった。しかし、防音窓の設置は工事が必要となり、すぐには対応できない。そのため事業者が、「防音窓をすぐに設置することは難しいので、お子さんが習い事に集中できるよう他の方法を一緒に考えましょう。お子さんは普段、飛行機の音が聞こえないよう、どのように対応しているのですか?」と聞いたところ、保護者から「家ではイヤーマフ(耳全体を覆うタイプの防音具)を着用するときがあるのですが、着用の際に声掛けや手伝いが必要なので、先生にご迷惑ではないですか」との回答があった。それを受け、事業者が「飛行機が通過する時間帯は大体決まっているので、その際には教室の先生がイヤーマフ着用の声掛けやお手伝いをします」と提案したところ、保護者の了承を得た。
ⅱ)車いすを利用する障害のある人が、ライブハウスで開催されるコンサートで、立ち見となる通常席のチケットを購入しようとした。その際、主催者に車いすで参加する予定であると伝えた。このライブハウスでは、通常席で車いすを利用していた客と他の客がぶつかり、双方がけがをした例があった。そのため主催者は車いすの利用者に特別席のチケット購入を勧めた。しかし車いすの利用者は通常席を希望した。それを受け主催者は、何か工夫できないかと思案し、「それでは、通常席のエリアを一部区切って車いす用のスペースを設けるのはいかがでしょうか。通常席エリア内での移動は難しくなりますが、他のお客さんとぶつかる可能性が低くなり、安全性を確保した上で、コンサートを楽しめます」と提案したところ、車いすの利用者はこれを了承した。
以上のように、事業主に合理的配慮の提供を義務付け、建設的対話により解決策を考えていくという今回の法改正は、障害のある人もない人も互いにその人らしさを認め合い、共に生きる共生社会の実現に資するものであり、これからの社会のあり方に大きく関わります。
これは企業経営に新たな視点を提供するものであり、企業の生産性向上に資する可能性を秘めていると考えられます。これまで顧客としていなかった障害のある人にも対応できれば、新たな顧客を増やせるかもしれません。中小企業経営者は今回の法改正を前向きに捉えれば、自社の生産性向上も期待できます。