不当景品類及び不当表示防止法(以下:景品表示法)は、商品及び役務の取引に関連する不当な景品類及び表示による顧客の誘引を防止するため、消費者による自主的・合理的な選択を阻害する恐れのある行為を制限・禁止することにより、消費者の利益を保護することを目的とする法律です(景品表示法1条)。
2023年5月に成立した改正景品表示法では、新たに「確約手続」が導入されました。「確約手続」は、優良誤認表示等の景品表示法に違反する行為があると疑うに足りる事実がある場合において、その疑いの理由となった行為(以下:違反被疑行為)をした事業者に対し、自主的な取り組みにより問題を迅速に解決させるよう促進するものです。
「確約手続」を導入した改正景品表示法は、2024年10月1日に施行される予定です(以下、改正後の条文番号を示す場合は「改正景品表示法」と記載し、改正前の条文番号を示す場合は「景品表示法」または「現行」と記載します)。
景品表示法では、優良誤認表示等の違反行為が認められた場合、違反行為をした事業者に対して、消費者庁から措置命令(景品表示法7条1項)や課徴金納付命令(同法8条1項)が下される場合があります。
今回導入される確約手続は、違反被疑行為をした事業者が、「是正措置計画」を作成してその認定を申請し、消費者庁から認定を受けたときは、当該違反被疑行為については措置命令及び課徴金納付命令の適用を受けないとすることで、事業者の自発的な問題解決の取り組みを促進する制度です。
事業者による自主的な取り組みと、違反被疑行為を是正するための強制力のある行政処分の適用から除外する仕組みを組み合わせる法制度は、従来の日本の法制度においてはあまりなじみがないかもしれませんが、独占禁止法においては、すでに同様の制度が導入されています。
2018年12月30日に発効した環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)では、締約国は、競争当局(独占禁止法関係の取り締まりを行う当局)に対し、違反の疑いのある事業者との合意に基づき自主的に解決する権限を与えると定められていました。そこで、同協定の発効に伴い、諸外国の制度を参考に、日本向けにアレンジした新たな制度として、独占禁止法に「確約手続」が導入されました。
その後、景品表示法について、効率的かつ重点的な法執行の実現のための方策が検討される中で、自主的な取り組みによる早期是正・再発防止措置の促進として、独占禁止法の制度を参考に、景品表示法にも「確約手続」が導入されました。
確約手続の流れを簡単に示すと、下図のようになります。
それでは、確約手続の各場面について、改正景品表示法2章6節の規定や確約手続府令、確約手続運用基準などを参照しながら、見ていきましょう。
(1)確約手続の対象
確約手続は、景品表示法4条の規定による制限・禁止(景品類の制限及び禁止)または同法5条の規定(不当な表示の禁止)に違反する行為があると疑うに足りる事実がある場合に、その疑いの理由となった行為(違反被疑行為)が対象となります(改正景品表示法26条柱書本文)。
なお、すでに違反被疑行為がなくなっている場合も、その違反被疑行為が同様の手続きの対象となる場合があります(改正景品表示法30条柱書本文)。以下では、継続中の違反被疑行為を対象とした手続きについて、適宜条文番号を示しつつ説明します。
(2)確約手続通知
確約手続は、違反被疑行為について消費者庁から当該行為者に通知を行うところから始まります。
消費者庁は違反被疑行為について、確約手続により問題を解決することが、消費者による自主的かつ合理的な商品及び役務の選択を確保する上で必要であると認めたときに、確約手続通知を行います(改正景品表示法26条柱書本文)。消費者庁が確約手続通知を行うか否かの判断については、以下のように基準などを示しています(確約手続運用基準の5の(1)~(3))。
① 判断基準
個別具体的な事案に応じ、次のような観点から判断します。
・違反被疑行為及びその影響(以下、「違反被疑行為等」といいます)を迅速に是正する必要性
・違反被疑行為者の提案に基づいた方がより実態に即した効果的な措置となる可能性
など
② 考慮要素
①の判断に当たっては、次のような事情その他の当該事案における一切の事情を考慮します。
・違反被疑行為がなされるに至った経緯(改正景品表示法 22 条(現行26条)1項に規定する義務(事業者が講ずべき景品類の提供及び表示の管理上の措置を講じる義務)の遵守の状況を含む)
・違反被疑行為の規模及び態様
・消費者に与える影響の程度
・是正措置計画において見込まれる内容
③ 確約手続の対象外となる場合
次の場合には違反被疑行為等の迅速な是正を期待できず、違反行為を認定して措置命令または課徴金納付命令により厳正に対処する必要があるため、確約手続の対象とはなりません。
・事業者が過去10年以内に、措置命令または課徴金納付命令を受けたことがある場合(措置命令または課徴金納付命令が確定している場合に限る)
・事業者が、違反被疑行為とされた表示について根拠がないことを当初から認識しているにもかかわらず、あえて当該表示を行っているなど、悪質かつ重大な違反被疑行為と考えられる場合
(3)確約認定申請
確約手続通知の被通知事業者は、確約認定申請をするか否かを自主的に判断します。被通知事業者が確約認定申請をする場合、確約手続通知を受けた日から 60 日以内に確約認定申請をする必要があります(改正景品表示法27条1項)。
被通知事業者が確約認定申請をしない場合は、確約手続通知前の調査が再開されますが、被通知事業者が同申請をしなかったという理由で、不利益に取り扱われることはありません(確約手続運用基準の6の(1))。
確約認定申請は、所定の様式の申請書によります(確約手続府令4条1項)。確約認定申請書には、違反被疑行為等を是正するために実施しようとする是正措置の内容と実施期限を記載し(改正景品表示法27条2項)、所定の資料を添付します(確約手続府令4条2項)。
是正措置として、次のようなものが考えられます(確約手続運用基準6の(3)のイ)。
・違反被疑行為を取りやめる。
・違反被疑行為の内容について消費者へ周知徹底する。
・違反被疑行為及び同種の行為が再び行われることを防止するための措置を行う。
・是正措置の履行状況を消費者庁に報告する。
・違反被疑行為に係る商品または役務を購入した消費者に対し返金等の被害回復をする。
・違反被疑行為がなされるに至った要因が被通知事業者の取引先にも存する場合、当該取引先との契約を見直す。
・違反被疑行為が景品表示法5条2号(価格等の取引条件を著しく有利にみせかけ表示)に違反する疑いのある場合などには、表示内容に合わせて取引条件を変更する。
被通知事業者は、事案によって単独または複数の措置を組み合わせ、認定要件(下記(4)参照)に適合するよう是正措置計画を作成します。
(4)認定・公表
被通知事業者が確約認定申請をした場合において、消費者庁は、当該申請の是正措置計画が認定要件に適合すると認めるときには、当該計画の認定をします。この認定には、当該計画について、①措置内容の十分性(違反被疑行為等を是正するために十分なものであること)及び②措置実施の確実性(是正措置が確実に実施されると見込まれるものであること)の両方の要件が満たされる必要があります(改正景品表示法27条3項、確約手続運用基準6の(3)のア)。
是正措置計画の認定をした場合、消費者庁は、認定した計画の概要、当該認定に係る違反被疑行為の概要、認定を受けた事業者名その他必要な事項を、「景品表示法の規定に違反することを認定したものではない」ことを付記し、公表します(確約手続運用基準の9)。
認定の効果と消費者庁への相談
すでに説明した通り、消費者庁が措置計画の認定をした場合、違反被疑事件については、措置命令及び課徴金納付命令に係る規定を適用しません(改正景品表示法28条本文)。
しかし、認定を受けた是正措置計画に従って是正措置が実施されていないと認められたときや、是正措置計画の認定を受けた者が虚偽または不正の事実に基づいて当該認定を受けたと判明したときには、認定が取り消され(改正景品表示法29条1項)、再び措置命令及び課徴金納付命令の適用対象になりますので(改正景品表示法28条ただし書)、注意が必要です。
このように、確約手続は景品表示法違反の被疑行為について、消費者庁と事業者が協調的に問題解決を行うもので、消費者庁と事業者の意思疎通は、確約手続による迅速な問題解決にとって非常に有益です。
そこで、違反被疑行為に関して調査を受けている事業者は消費者庁に対し、同行為が確約手続の対象となるかどうかを確認したり、確約手続に付すことを希望する旨を申し出たりするなど相談ができます(確約手続運用基準の3)。確約手続通知が行われた後でも、被通知事業者は消費者庁に対し、認定における論点などについて説明を求めることができます(確約手続運用基準の7の(1))。
確約手続の導入により、事業者が景品表示法違反の疑いで消費者庁などから調査を受けた場合に採りうる手段が増えました。事業者として、確約手続を選択するべきとの判断に至った場合には、消費者庁の調査が行われている段階で積極的に消費者庁に働きかけて、確約手続により問題解決に取り組むための事前相談を行うべきでしょう。