少し前に視覚障がい者のKさんといっしょに山登りを楽しんできました。いろいろな山に、いろいろな人たちと登っている私にとっても新鮮なものでした。今回はそのときの体験をお話します。
Kさんと山へ行くきっかけをつくってくれたのは、私の山友だちです。「視覚障がいの知人が山に登ってみたいと言っているので、一緒に行きませんか?」と誘ってくれたのです。誘いを受ける前から、視覚障がい者が介助者と共に山登りを楽しんでいるという話を聞いたことがあり、すぐさま興味を抱きました。きっかけがあれば、私の登山スキルを少しでも生かしたいと思っていたので喜んで参加しました。メンバーはKさんとその奥さん、私の山友だち、それに私と夫の5人です。
山登りは今までまったく経験がないというKさんとの登山を計画するに当たって、まずは友人と一緒に慎重に山選びをしました。大切にしたポイントは、行程が2~3時間で、日帰りでも十分に時間の余裕が取れる山であること。この時期でも雪がないこと、岩場や崖などの危険箇所がないこと、それでいて多少の登り応えがあり、登山の楽しみを感じられる山であることです。
私たちは静岡県にある達磨山(だるまやま)を選びました。伊豆という、みんなが集まりやすい温暖な場所にあり、標高は1000m近いので高原の雰囲気が楽しめるからです。多少のアップダウン、急な階段があるものの、コースの大半はなだらかな笹原で比較的歩きやすく、山頂まではコースタイムで2時間ほどと距離も手ごろ。登山道の近くを西伊豆スカイラインが通っているので、アクシデントがあったときはすぐに車道へエスケープできるというのも利点でした。私も視覚障がい者を案内するのは初めてだったので、緊張しながらも新しい経験ができることにワクワクしながらその日を待ちました。
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登山道を歩き、奥に見えている達磨山をめざす[/caption]
登山当日、私たちは伊豆市と沼津市の境にある戸田峠から歩き始めました。出だしからいきなり急な階段なのですが、Kさんは白杖を持ち、介助者である奥さんの肩に手を添えて、しっかりとした足取りでちゅうちょなく足を運んでいきます。そのあまりのスムーズさ、足の正確さとスピードに思わず「どうして段差や階段の間隔が分かるんですか?」と聞くと、介助者の肩の動きから階段の傾斜を感じ取れることを教えてくれました。
しばらく進んでなだらかな芝の道に入ると、霜が降りていました。芝の上がうっすらと白くなり、滑りやすい状態になっていました。そのことを伝えるとKさんは立ち止まって、その場で足を動かし、どの程度滑りやすいのかを慎重に確認しました。聞けば、Kさんはバランスを崩して転んでしまうことに強い恐怖を感じるそうです。一度転んで倒れてしまうと、不整地では再び立ち上がることが困難だといいます。そのため、Kさんはいかに転ばすに歩くかが大切なのだと話してくれました。歩幅を小さくすること、足の指先に力を入れて地面をつかむようにすると滑りづらいことを伝えて、ゆっくりと通過しました。
30分ほど歩くと笹原の尾根に出ました。右側にはキラキラと海面を輝かせる駿河湾が広がり、振り返ると雪をかぶった富士山が青空に映えています。その美しい景色をKさんに伝えようと思いましたが、いざ言葉にしようと思うと、どう伝えたらいいのか分からず、困ってしまいました。というのも私は「右側に海が広がっていてきれいですよ」という説明しかできなかったからです。
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Kさんの奥さんが景色をリアルに伝える様子[/caption]
するとKさんの奥さんが助け船を出してくれました。彼女はKさんの手を取って、その手を海岸の形をなぞるように動かし、「駿河湾がこんな感じで広がっていて、戸田の町がこのへん。富士山はこっち。それで海のずっと奥に御前崎の岬も見えているよ」と彼の手を御前崎の方に向かって伸ばしました。Kさんは周りの様子が分かったようで、海の方に顔を向け、楽しそうにうなずいていました。なるほど……。言葉だけでなく、手を地形に合わせて動かすことによって、空間の位置関係を正確に伝えることができるんですね。
その後、急で歩幅の異なる木段が続く坂を越えるのですが、Kさんは息を弾ませつつも、私たちと変わらぬ速さで登っていきます。日ごろから筋トレなどの運動をしているので、体力には自信があるとおっしゃっていました。ただし、登山道のような凸凹の多い所を歩くのは生まれて初めてなので、もう少し練習すれば、いろいろな山に登れるかもしれないと話していました。
介助者になってみる
途中で少しだけ、Kさんの奥さんに代わって介助者の体験をさせていただきました。私が気を付けたのは、歩くペースをKさんの足運びに合わせること。介助者は被介助者の動きを妨げないようにしなければなりません。足運びの呼吸が合わないと、Kさんを引っぱってしまったり、お互いの足がぶつかったりします。傾斜では、Kさんがそれを感じやすいよう、私自身の体がなるべくブレないように歩きます。また、一緒に歩くうちに「右に石」「左に溝」「頭上に枝」と必要な情報をなるべく端的な言葉にすることが有効だと学習しました。
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足下だけでなく、頭上にも注意しながら進みます[/caption]
そのうち、みんなでより歩きやすいように、サポートしやすいようにアイデアを出し合いました。白杖を登山用のストックに変えてみたり、肩に手を置くのではなく、バックパックのストラップに手をかけたらどうかなど、そんな前向きな会話が楽しかったです。
山頂に着くと、ちょうどお昼時。たくさんの人がのどかな時間を過ごしていました。山仲間だと思われる年配のグループ、女子だけのグループ、子ども連れの家族、大学生と思われる大きな荷物を背負ったパーティー、そして私たち。いろいろな人がいろいろな場所からこの山に集まって来たのでしょう。特に言葉を交わすわけでもないですが、山を楽しみに来ている人同士の心のつながりをこの日は特に感じました。そして、今までの登山では味わったことのない充実感が私の心を満たしていました。
Kさんは登山後、「今日は僕にとって大冒険でした」と初めて経験したドキドキ感を表情に乗せて話してくれました。「いつか富士山に登れたらいいですね。妻も富士山に登ってみたいと言っていますし。今日をきっかけに、新しい世界が広がりそうな予感がします」とも言ってくれました。Kさんはその後、兵庫の六甲山に登り、現在は東京の高尾山への登山を計画中とのこと。いつか夢をかなえられるよう、これからも応援していきたいと思っています。
※掲載している情報は、記事執筆時点(2017年2月28日)のものです。
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