日本アルプスなどの大きな山系へ行く際に登山者にとって欠かせない施設が山小屋。今年もいよいよ夏の登山シーズンを迎え、山小屋利用での山行(サンコウ)を計画している人も多いことでしょう。今回は、最近の山小屋事情をお伝えするとともに、これからの山小屋の利用法について考えてみましょう。
サービスの充実が進む山小屋
標高3000mに近い場所に建つ穂高岳山荘
近年の登山ブームで若い世代の利用者が増えたこともあり、今、山小屋は設備・サービスの充実が進んでいます。
例えば、北アルプスの穂高岳山荘は、標高3000mに近い稜線(りょうせん)にある厳しい立地条件ながら、数年前から他の山小屋に先駆けて、無料で使えるWi-Fiを導入したり、宿泊費をクレジットカードで支払えるサービスを取り入れました。今や、山の中でもスマホを使い、気象情報をチェックすることは欠かせません。
そんな中、電波のつながりづらい山小屋でWi-Fiが使え、家で待つ家族や友人に気軽に連絡できることにありがたさを感じる人は少なくないでしょう。無線基地局が広がった結果、Wi-Fiのアクセスポイントになる山小屋も年々増えているといいます。
また、「下界」では当たり前のクレジットカードによる支払いですが、カードが使える山小屋は、まだごく少数です。例えば、家族で山小屋に2泊するとしたら、かなりの金額を持ち歩かなければなりません。さらに、天候の悪化によって、予定より宿泊日数が増えることもよくあること。そんなとき、クレジットカードで支払いができると、助かる人も多いでしょう。
山小屋とは思えないほど快適な赤岳鉱泉のベッド室
山小屋のメーンスペースである寝室も変わりつつあります。以前は上下2段に分かれた部屋に雑魚寝というのが当たり前のスタイルでしたが、北アルプス唐松岳頂上山荘のように、家族や仲間で使える個室を増やしたり、さらには八ヶ岳の赤岳鉱泉のように、ゆったりと睡眠が取れるようベッド室を備えたりした山小屋も見られるようになりました。
別の山小屋ですが、混んでいないにもかかわらず、男女関係なく、せんべい布団の敷かれた部屋に詰め込まれた経験を何度もしている私にとっては、個室やベッドで悠々と休めることは、まさに夢のよう。寝室の変化は、料金がかかってもプライベートを保てる部屋でゆっくり休みたいという人が増えていることの表れだと思います。
山小屋は限られた土地に建てられ、国立・国定公園内で、制約を受けて改築が思うようにできないところも多いのですが、登山者のニーズに合わせ、こうした設備を整えるところが増えてきたことは喜ばしい限りです。
登山者を元気づける山小屋の食事…
山小屋の食事といえば夕食はカレーライス、朝食はつくだ煮や漬物などの簡単なおかずが定番でしたが、それはもう数十年前の話。ヘリコプターで新鮮な野菜や冷凍食品が運べるようになったことで、食事のメニューは大きく改善されています。さらに近年は、より質の高い食事を出すところが増えています。
北アルプス北部の剱澤小屋は熱々のおかずを出してくれることで知られています。私が泊まったときも、席に着いてから揚げたてのトンカツを1人ずつに運んでくれました。
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ある日の剱澤小屋の夕食は熱々のトンカツ[/caption]
北穂高小屋の夕食の定番は豚肉の生姜焼き。飲み水の確保も困難な山の上にありますが、山小屋のロゴが入ったオリジナル陶器のお皿で出されます。これは数十年変わらないスタイルで、今やオリジナリティーあるメニューとして登山者にも定着しています。
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オリジナル食器に盛られる北穂高小屋の生姜焼き[/caption]
また、黒部の祖母谷温泉小屋ではぜんまいの煮物、カジキの昆布締めなどの手作り料理でもてなしてくれました。これらの山小屋の食事は、我が家の夕食より断然、豪華です。山に来ているのですから、決してぜいたくは望みません。けれども、おいしい食事は確実に翌日の活力となりますし、何より、限られた食材、限られた設備でも最善を尽くそうとする山小屋の努力に頭が下がります。
山小屋でくつろげるよう、カフェを併設する山小屋もあります。燕岳山頂近くの燕山荘ではケーキが、槍ヶ岳直下の槍ヶ岳山荘では焼きたてパンが知られています。
最近の私の注目は、御嶽山の五の池小屋にできた「ぱんだ屋」という雲上のカフェです。薪ストーブのオーブンで焼いたピザやケーキを、山の眺めがいいテラスでいただくことができます。
これからの山小屋は「山時間」を楽しむ場所
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五の池小屋のぱんだ屋。暖かい薪ストーブを囲んで登山者がくつろぐ[/caption]
ぱんだ屋をつくった五の池小屋のオーナー、市川典司さんに伺ったところ、「山小屋を、登山者が山での時間(山時間)を楽しむ場所にしたい」とおっしゃっていました。御嶽山は今、火山規制で山頂部に立ち入ることができません。それでも来てくれた登山者に山で過ごす時間を楽しんでもらいたいという思いでカフェをつくったそうです。
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ぱんだ屋では、熱々のピザのほか、シフォンケーキ、アマゴの薫製などを自家製で提供[/caption]
市川さんの言葉に代表されるように、今、山小屋はより快適になり、登山のための宿泊施設というだけでなく、山での時間をより思い出深いものにする場所の1つになりつつあります。かつては山頂へ立つための足がかりという位置付けだった山小屋が、そこに泊まること、過ごすことも目的の1つとなっているのです。ロケーションも居心地もよい山小屋に連泊して、周囲の自然、眺めをゆったり楽しむ滞在型の登山も、これから大きな選択肢の1つになるでしょう。
私たち現役世代は、夏や秋の限られた連休に普段は行けない大きな山へ登ろうと、日程ギリギリのプランを立てがちです。同じ山小屋に連泊するほどの日程を確保することは難しいかもしれませんが、数時間早く到着して、カフェでくつろぐ、山小屋の周囲を散策するぐらいの余裕は持てるかもしれませんね。
時間や心に余裕を持つことが、山での遭難防止にもつながると思います。山小屋でゆったり過ごす山登り、夏から秋の計画の参考にしてください。
【リンク先】
穂高岳山荘
http://www.hotakadakesanso.com
赤岳鉱泉
http://userweb.alles.or.jp/akadake/
剱澤小屋
http://home.384.jp/tsuruqi1/
北穂高小屋
http://www.kitaho.co.jp
五の池小屋
http://gonoike.jp
ぱんだ屋
http://ontakepanda.com