2017年夏、私は南アルプスの主要な峰をたどる大縦走に挑みました。信仰の山・甲斐駒ヶ岳から仙丈ヶ岳に登り、仙塩尾根を歩いて国内第三位、二位の間ノ岳と北岳へ。そして、後半、間ノ岳から南へ、さらに南アルプスの深いエリアに入っていきました。後編では南アルプスを歩いて感じたことを中心につづってみたいと思います。(前編はこちら)
悪沢岳を含む荒川三山や赤石岳(右奥)など、雄々しい南アルプス南部の山々
山梨・静岡・長野の県境にある三峰岳(みぶたけ/2999m)は、富士川・天竜川・大井川という3つの水系の分水界(異なる水系の境界線を意味する地理用語)に当たります。この先は南アルプスの中でも奥まった所にあり、訪れる人の少ない山域です。ここからどんな世界が広がっているのだろうと、私たちはワクワク感いっぱいで足を踏み入れました。
最も感動したのは、熊ノ平先にある安倍荒倉岳(2693m)でした。なぜなら、周辺の樹林がとてもキレイだったからです。針葉樹林の美しい北八ヶ岳にも勝るのではないかというほどの美林が迎えてくれました。太さのそろった立派なツガやシラビソが茂り、林床はコケのじゅうたんに覆われています。木々の間を抜けた日差しがスポットライトのようになって、コケとその上に芽生えた小さな植物たちを照らしていました。山々の壮大な景色もよいですが、このようなマクロ視点の美しい世界も心を打ちます。
さらに進んで北荒川岳(2698m)では、まるで手入れの行き届いた庭園のようにダケカンバが群生する草原に出ました。急な斜面には群落をつくるタカネナデシコを発見しました。自然がつくり出す美しい風景が次々に目を楽しませてくれます。すれ違う登山者も少数で、まさに原始の自然に触れることができました。このような光景は、人が容易に近づけないほど、南アルプスの中央部があまりにも山深いからかもしれません。
ダケカンバが群生する草原。思わず歩くことを放り出して、お昼寝したくなりました
砂れきや岩場を行く登山者を、タカネナデシコの群落が励ましてくれます
山の上で地球の動きを感じる…
さて、縦走路を進み、塩見岳を越えて、悪沢岳(荒川東岳・3141m)へ。この辺りまで来ると今までの穏やかな山容が見られなくなります。西側に数百メートルも落ち込んだ、大きな崩落地が何カ所も現れるからです。足元から土砂が崩れ落ちる崖の上を歩くときはゾッとしました。
この一帯は、雨や風など気象の影響を受けて山肌が崩落しているだけでなく、根本の原因は山の隆起によるものだと同伴者が説明してくれました。いわく、南アルプスは現在も年間4mmというスピードで隆起し続けているそうです。私たちにとって年間4mmはわずかな変化に感じられますが、これほどの勢いで隆起している場所は世界でも珍しい現象で、山が耐えられないほどのエネルギーで隆起をしているから、もろい地質層(堆積岩)が崩れてしまうといいます。地球の営みや生命、そんな壮大な動きが体感できる場所なのです。
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地球の活動が実感できる悪沢岳の崩落地。足場に注意しながら進みます[/caption]
さらに悪沢岳では、不思議な赤い岩が見られる場所があります。この岩は大昔、はるか太平洋の深い海の底にあったものが、地殻変動で押し上げられてきました。海中にすむプランクトンの死骸が堆積し、長い年月をかけてこの赤い岩になったそうです。
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かつての海の痕跡が残るチャート(堆積岩の一種)。赤石山脈に多く分布しています[/caption]
今、標高3000mの稜線(りょうせん)にある石が、深い海の底から押し上げられてきたことを想像すると、気の遠くなるほど長い年月の流れを感じます。特に“不動”のイメージがある山なので、壮大な地球のドラマを目の当たりにできたことに感動しました。ちなみに南アルプスの正式名称は赤石山脈ですが、この赤い岩(赤色チャート)が見られることから名付けられたそうです。
その後、赤石岳を越えて最終目的地の聖岳に着いたときには、こんなに長く山にいられたことの喜びと、毎日いろいろな発見をしながら楽しく歩けたことへの感謝が大きくこみ上げてきました。今回の縦走で強く感じたこと、それは、南アルプスがただ大きな山脈ではないということです。山の1つひとつに個性があり、地球の歴史を感じられるほどの自然がそのまま残っている貴重さに胸を打たれました。
大縦走で歩いた山のうち、私の自宅からは甲斐駒ヶ岳、北岳、間ノ岳、そして荒川岳がよく見えます。その山々をつなぐ稜線には、自分の足で歩いた一歩、一歩が刻まれています。縦走からもう少しで2カ月がたちますが、今でも南アルプスを眺めると、山と私の心がつながっているような感覚になります。そのような思いが持てるのは12日間という長い間、山を歩き通したからこそなのでしょう。この大縦走は私の中で忘れられない経験になりました。
【リンク】
南アルプス大縦走(前編)
https://www.bizclip.ntt-west.co.jp/articles/bcl00020-027.html
赤色チャート
http://www.city.shizuoka.jp/000_002791.html