この冬、数回にわたって日本列島を広く覆った寒気も徐々に緩み、最近は少しずつ春らしさを感じるようになりました。雪山に行かないと決めている人にとっては、山の雪が解け、登山を本格的に再開させるのが待ち遠しい頃でしょう。
ところが、いよいよ春になって山に登ると体の重さにがくぜんとすることもしばしば。以前はスイスイと登れたはずなのに、どうしてこんなに息が上がるのだろう……。多くの人は、そのときになって初めて体力・筋力不足もしくはトレーニング不足を痛感します。そこで今回は、山でバテないためにすぐに始められるトレーニングについてお話しましょう。
登山「本番」で思い知る体力不足。思わぬトラブルにならないよう体を鍛えておきましょう
登山は負荷の高い運動だと自覚しよう
私たちが趣味として楽しんでいる山登りは、タイムや距離、ポイントを競うほかのスポーツとは異なります。きれいな景色を楽しんだり、自然の中で体を動かしてリフレッシュしたりなど、心身の充実を目的にしていますよね。一歩一歩足を運び、動きもとてもゆっくりです。そのため、つい忘れてしまいがちですが、登山は激しくかなり負荷の高い運動なのです。
ここで、登山をほかのスポーツと比較してみましょう。運動や生活動作の強さを示す単位としてメッツ(METs)というものがあります。横になって静かにテレビを見る、睡眠などの安静時を1メッツとして、普通の速さ(平地、67m/分)で歩くと3メッツ、ソフトボールや野球なら5メッツ、ジョギングやサッカーでは7メッツとカウントされます。では、登山は何メッツになると思いますか?
答えは、軽荷物(4.1kgまで)を持っての登山が6.5メッツ、4.5kg以上の装備での山登りが7.5メッツです。登山の運動生理学を専門に研究している鹿屋体育大学の山本正嘉教授は、無積雪期の一般的な登山の運動強度は7メッツ台だとおっしゃっているので、だいたい一致しています。表にしてみるとよく分かりますね。きっとみなさんの予想より多くて驚かれたでしょう。
サッカーやテニスは試合の間、ほとんど止まることなく動き続ける激しいスポーツです。本格的にプレーするには日ごろのトレーニングが欠かせません。一方の登山はどうでしょうか?日帰りでも4〜5時間、不整地を歩き続け、しかも荷物を背負うという負荷もあります。事前の調整もなくいきなり山へ出掛ければ、体が悲鳴を上げるのは当然のことなのです。
トレーニングは登山に近い運動を…
では、山でバテないためにはどのようなトレーニングをすればよいでしょうか?効果的なのは、低い山で構わないので、短い時間でもなるべく回数多く山へ行くことです。フィギュアスケートの選手がリンクに立たずに筋トレだけを行っていても滑りの調子が上がらないのと同じで、登山も実際の山でしか鍛えられないことがあります。
山は石がゴロゴロしているところを歩いたり、木の根や岩をつかんでよじ登ったり、段差の大きなところを下りたりと、日常生活にはない動きをします。さらに雨が降ったり、風に吹かれたりと気象の影響を受ける中で的確な判断をしていかなければなりません。これらは山へ数多く行くことでしか鍛えられない動きだったり、感覚だったりします。
ですので、年に数回、目標の山へ行くだけでなく、月に数回は低山に出掛けるぐらい、日ごろから山登りをすることが大切です。自宅から行きやすい山をトレーニングの山と決めて、定期的に行くようにするのがオススメです。
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疲れず歩く感覚を身に付けるには常に歩き慣れておくことが大切。例えば大小の岩がゴロゴロして足元が不安定な“ガレ場”にも慣れておくといい[/caption]
とはいえ、まだ今の時期は近所の山にも雪があったり予定があったりして、なかなか山へ行くのは難しいという人もいるでしょう。そのような場合は、なるべく登山に近い運動を取り入れて、筋トレや心肺機能をアップさせましょう。
日常で登山の動きに近いのは、階段の上り下りです。通勤時などに駅の階段を上るぐらいでは運動量として足りません(エスカレーターを使うよりはよいですが……)。できれば会社、自宅マンション、商業施設などの階段を複数回、上り下りしましょう。
最初は負荷ナシで、ゆっくりと15分程度から始めてください。慣れてきたら時間を延ばしたり、重りを入れたバックパックを背負ったりなどして、徐々に負荷をかけるとよいでしょう。このときに大事なのは下りも自分の足で歩くということです。以前に階段の昇降を勧めたら、上りはしたものの、下りはエレベーターを使った人がいましたが、これではトレーニング効果は半減してしまいます。登山で足がガクガクしたり、膝痛になったりするのは下りで使う筋力の不足が原因であることが多いので、下りのトレーニングこそが大切なのです。
ウオーキング、ジョギングは効果ある?
ウオーキングは筋トレとしても、心肺機能のアップとしても運動量が小さく、登山のためのトレーニングとしては効果が小さめです。ですが、どこでも誰でもできることから、今まで体を動かしてこなかった人がまず始める運動としては最適でしょう。できれば1時間程度は歩き、余裕ができたら早足にする、軽いジョギングを交ぜる、坂道を入れるなどの工夫をするとよいでしょう。
ジョギング、ランニングは心肺機能を高めるのにとてもよい運動です。ただし、同じように足を使う運動でありながら、ジョギング、ランニングは地面を蹴って前に進む運動、登山は重力に逆らって体を押し上げる(または下げる)運動が中心で、それぞれに使う筋肉が違うのが欠点。ランニングでは鍛えづらい大腿四頭筋(太ももの前側の筋肉)を鍛えるために、スクワットなどの筋トレを組み合わせるとより効果的です。
腹筋、背筋などの筋トレは、登山には直接関係ないように思われがちですが、大きな段差を越えたり、バランスを保ったりするときなど、山登りでも体幹を構成する筋肉の強さは大切です。特に女性は体幹の弱い人が多いので、その部分を鍛えると、より安定して歩けるようになるでしょう。当サイトのアンチエイジング記事第30回には、自宅で気軽にできる体幹トレーニングが紹介されています。寒くて外に出るのはちょっと……という向きにはちょうどいい運動になります。
十分な体力を付け、気持ちに余裕がある状態での山登りはものすごく楽しいですよね。体力や気持ちのどちらが欠けても、山登りの楽しさは半減してしまいます。さあ、今から体づくりを始めて、春の山を軽快に登れるようにしておきましょう。