鳥取県西部にそびえる名峰・大山(だいせん)。そこにクライマー憧れの絶壁があることをご存じでしょうか?登攀(とうはん)が許されるのは冬季のみ、しかも冬の晴天率が極めて低いこの山では、登れるチャンスはごくわずかです。2018年2月27日に、地元のクライマーもシーズン中に数回しか登れないというこの雪の壁、大山北壁(きたかべ)を登ってきました。
ハードな山登りには違いないが、機会があればこの景色を見てほしい
標高からは想像できない雪の世界
大山(伯耆大山)は中国地方を代表する山で、最高峰の剣ヶ峰(1729m)をはじめ、事実上の山頂である弥山(1709m)や三鈷峰(1516m)などのピークの総称です。ブナの若葉が萌える春、イブキトラノオやシモツケソウなどが一面に咲く夏、カエデやナナカマドが色づく秋と、シーズンを通じて多くの登山者を引き付けます。冬も天候に恵まれれば、夏山登山道が雪山初心者向けのよいルートとなります。
そんな大山の魅力は、見る方向によって大きく山の形を変えることでしょう。西側からは「伯耆富士」の名の通り、整った裾野の三角形ですが、南側、北側は激しい崩壊壁となっています。特に北側はまるで屏風のように立ちはだかっており、落石も多く、とても人が近づける場所ではありません。
しかし、この北壁は、不安定な岩が凍り付く冬にのみ登ることができ、アルパインクライマー憧れの地となるのです。2月末、私はその雪壁を登ってきました。そこは、標高わずか1700mの山とは思えない、大迫力の雪山の世界でした。
弥山から見る主稜線(りょうせん)。左は三角点ピークで、右奥は剣ヶ峰
登れる期間はわずか20日前後
大山北壁が快適に登れるのは2月中旬から3月上旬の約20日間に限られます。というのも、大山は海に近い独立峰で、日本海側気候の影響を直接受けるため、多くの雪が積もるからです。2月中旬までは雪が深過ぎて、進むのがすさまじく困難です。3月上旬を過ぎると気温が上がり、岩も雪も緩みますので危険度が増します。運よく登る機会に恵まれた2月27日、私は大山に詳しい山の先輩と北壁に向かいました。
夜明け前に麓(ふもと)の大山寺を出発。ヘッドランプの明かりを頼りに、雪の登山道を1時間半ほどたどって、起点となる元谷(もとだに)に到着しました。ちょうど山の向こうが明るくなり、青みを増す空に、真っ白な北壁が浮かび上がってきます。目の前に現れた北壁は想像以上の迫力で、多量の雪に覆われてもなお、その険しさを隠さずにそびえていました。あまりに堂々とした姿に、こちらの気持ちも高まります。
起点の元谷から見る、夜明けの北壁
大充実の雪壁登攀…
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1日目のルート、弥山西稜の雪壁を登る[/caption]
7時ごろ、元谷から雪面を登り、北壁の直下まで来ました。私たちがめざすのは弥山西稜といって、山頂に直接突き上げる、急な尾根のルートです。メンバーとロープで結び合い登り始めると、太ももまで埋まる深雪に苦しめられました。雪の中をもがくようにして尾根に上がれば、今度は強い傾斜の雪面(雪壁)が待っています。斜面の途中で振り返ると元谷がはるか下に見え、すさまじい高度感です。思わず、「ここでもし落ちたら……」と身がすくみます。
でも、この日のために、八ヶ岳の雪壁や岩場で急斜面を登る練習をしてきました。その基本を思い出し、アックス(雪山や氷瀑を登るときに手に持って使う道具)とアイゼン(靴底に装着する鉄爪の付いた滑り止め)を深く雪に食い込ませて、慎重に登っていきました。横には、先ほどまで見上げていた別山の岩壁が迫り、後ろには穏やかな弓ヶ浜と米子市街、そして島根半島が見えます。
スリルを味わいつつも、ダイナミックな雪壁登攀を4時間ほど楽しんで、弥山の山頂に登り着きました。山頂からは剣ヶ峰へ続く雪の主稜線が美しく延びています。まるで北アルプスにいるような景色に見とれながら、無事に登攀を終えた充実感に浸りました。
まだ日があるうちに下山し、翌日28日も、八合尾根といわれる別のルートで大山を登りました。こちらは、前日の弥山西稜より少し難しいルートです。雪壁に加え、ナイフエッジ(両側がスッパリと切れ落ち、わずかに足が置けるぐらいの幅しかない雪の稜線)や、雪に覆われた岩場の登攀もあります。この日も、絶好の条件のもと、雪山を楽しみました。
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2日目のルート、八合尾根のナイフエッジを越える[/caption]
大山北壁は貴重な場所
南北アルプスや八ヶ岳など、中部山岳のような高い山がなく、しかも雪の量も少ない西日本で、これだけの雪山登攀ができる大山北壁は、貴重な存在です。そのため、中国地方はもとより、四国、九州、近畿地方からも、この雪壁を求めてクライマーがやってきます。
1900年代半ばの登攀時代には、西日本のクライマーはここで技術を磨き、一部はヒマラヤ、ヨーロッパアルプスなどの高峰を志しました。今もなお、大きな山へ向かう前のトレーニングの場ともなっています。
私は2日間、それぞれ日帰りで2つのルートを登るという、充実の山行をしたわけですが、この規模の雪稜歩きや雪壁の登攀をしようと思ったら、中央山岳であれば、2泊、または3泊の日程が必要となります。それが、大山では日帰りで楽しめるというのが驚きでした。市街地に近く、短い日程で本格的な雪山登攀ができるのも大山北壁の大きな魅力です。
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弥山西稜上部から弓ヶ浜と米子市街を望む[/caption]
さて、大山は今年、開山1300年の節目の年を迎えています。「大山開山1300年祭」と称して、伝統行事の特別開催やハイキングなど、さまざまなイベントが企画され、盛り上がりを見せています。また、8月10~11日には「山の日記念全国大会in鳥取」が、大山を会場に開催されます。注目される今年こそ、大山へ出掛けてみてはいかがでしょうか?そして、そのときにはぜひ、迫力ある北壁も眺めてみてくださいね。