救助にあたる長野県警山岳救助隊
2018年6月下旬、警察庁から「平成29年における山岳遭難の概況」が発表されました。それによると2017年の山岳遭難発生件数は2583件あり、死者を含む遭難者数は3111人となっています。2016年に比べると遭難件数は88件、遭難者数は182人も増えました。これは、残念ながら1961(昭和36)年に統計を取り始めてから過去最悪の事態です。何をどうしたら山での遭難は防げるのでしょうか。今年、本格的な夏山登山をスタートする前に、山岳遭難データを振り返り、安全登山の主なポイントを一緒に考えてみましょう。
遭難件数が増え続けるのはなぜ?
2017年の遭難者数が過去最高となってしまったのはショッキングなニュースです(グラフ1)。毎年遭難が増える傾向にあるのは、無理な計画、不注意、判断ミスといった登山者の力不足などが理由に挙げられています。加えて、日本アルプスや八ヶ岳などの大きな山の人気が高まり、そもそも登山人口が増えていることも大きく関係しています。
(グラフ1)増加する「発生件数」と「遭難者数」の推移
1976(昭和51)年以降「遭難者数」には無事救出者が含まれている
出典:「平成29年における山岳遭難の概況」(警察庁生活安全局地域課)
遭難とケータイやスマホの関係
次は、通信手段の状況について見てみましょう。(グラフ2)は救助を求める際の通信手段の推移をまとめたもの。2008(平成20)年は44.9%と、半分に満たなかったのが、2017年は77.1%まで伸び、救助要請の多くが携帯電話によって行われていることが分かります。
近年、通信会社の努力により、山道用のアンテナを建てることで電波状況が拡大したり、山小屋などでスポット的に電波の通じるエリアが造られたりと、山中での通話エリアが飛躍的に改善しています。以前は通話できる場所が限られていたので、通じる場所まで伝令を出したり、自分で移動したりするしか手段がありませんでした。今では広くエリアカバーされているおかげで救助要請がしやすくなりました。それによって数字の上では遭難件数が増えている、ということも考えられそうです。
(グラフ2)もはや必需品といえる「携帯電話」による救助要請
「使用なし」に含まれるのは「通話エリア圏外」「バッテリー切れ」など。「携帯電話・無線機併用」は「無線」に含まれている 出典:「平成29年における山岳遭難の概況」(警察庁生活安全局地域課)
(グラフ1)に戻って見てみると、遭難者や負傷者の数は増えているものの、その数の拡大に比べて、死者・行方不明者は横ばいに近い推移です。このことから、携帯電話による連絡が遭難時の早期対応につながり、重傷化を防ぐことに役立っているといえるでしょう。しかし一方で、安易に救助要請をしてしまう人が増えていることが新たな問題となっています。
遭難原因の第1位「道迷い」しないために…
さて、遭難理由の第1位として挙げられるのが道迷いです(グラフ3)。これは毎年変わらず、遭難原因の約4割を占めます。なぜ道迷いをするかというと、現在地確認の怠りや、この道が正しいという思い込みによるものです。
道迷いを防ぐには、地図とコンパスによる現在地確認が基本。しかし、地図読みは地形や気象条件によっては、熟達者でも難しいことがあり、さらには間違ったことに気付いても、何とかなるという甘い判断で、引き返さずに歩きやすい方向へ進んでしまうというミスを犯しがちです。地図読みの技術が未熟な初心者はもちろんですが、まずは、誰でも迷う可能性があると心得て準備をしっかり行うべきです。
(グラフ3)「道迷い」が遭難理由の約4割を占める
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出典:「平成29年における山岳遭難の概況」(警察庁生活安全局地域課)[/caption]
現在地に関する客観的情報を得るために、私は地形図での地図読みに加えて、スマートフォンのGPS(全地球測位システム)アプリを併用しています。「ジオグラフィカ」や「FieldAccess2」に代表されるようなGPSアプリを併用すると、山中でも自分のいる位置がピンポイントで分かり、現在地確認の大きなサポートになります。
GPSアプリの多くは、空が開けている場所であれば通話圏外であっても位置情報が表示されますし、バッテリー消費を抑えるために機内モードにしていても作動するので、大変便利です。
ただし、アプリを山で使いこなすためには、日ごろから使い慣れておくことが重要。緊急時に限らず、普段の登山時でも活用して、使い方をよく知っておく必要があります。また、GPSアプリを使っていても基本的な地図読みの技術は必要です。登山ガイドなどが主催する地図読み講習会に参加して、地形図の見方を習っておきましょう。
道迷いは小まめに現在地確認をすることで確実に防げます。地図読みを覚えたらGPS機器をサポート的に使って、事故防止に役立てましょう。
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「FieldAccess2」によるGPSのログ。深い谷筋以外は精度が高く、有効だ[/caption]
気象遭難は減っている
(グラフ3)の「その他」の欄の内訳(表4)に注目すると、「悪天候」による遭難が減っていることが分かります。2013(平成25)年は64件あったものが、2016(平成28)年および2017(平成29)年は共に18件と激減しています。
(表4)山岳遭難者の詳細から「その他-悪天候」に
(グラフ3)の「その他」の欄の内訳(表4)に注目すると、「悪天候」による遭難が減っている注目
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引用:「平成29年における山岳遭難の概況」(警察庁生活安全局地域課)[/caption]
これは天候の変化に対する登山者の意識が高まったこと、天気予報の精度が上がったことに加え、通話エリアの拡大により、山中でも最新の気象情報が得られるようになったことがやはり大きいように思います。
山小屋はもちろん、行動中にも自分のスマートフォンによって、位置情報とともに気象情報を小まめにチェックする登山者が増えています。山では「危険な時に、危険な場所にいないこと」が特に重要ですから、これは大変よい傾向です。
このように、遭難は1人ひとりの心がけによって防げるもの。この夏は少しでも事故が減ることに期待したいと思います。今回発表されたのは2017年の統計ですが、警察庁ホームページでは春の連休や夏期の山岳遭難をまとめたデータのほか、「雪山情報」といった季節ごとの情報も発表されています。併せて見ることで、自分の安全対策を見直してみてください。