日常から山の大自然へ誘ってくれる本を紹介の後編です。「山の文学」に触れて、登りたくなったらうれしいなと思って選びました。数ある山の本の中から、旅をする気分になれる本をテーマに選んで紹介してきました。しかし、1つのテーマで選んでも、さまざまなジャンルの本があることが分かると思います。それだけ山の魅力は多岐にわたるのです。これらの本を手にとって、山の楽しみを広げていってください。
「槍・穂高」名峰誕生のミステリー
『「槍・穂高」名峰誕生のミステリー』(原山 智・山本 明 著、ヤマケイ文庫・山と溪谷社)
難しく、堅い話になりがちな山の成り立ちや地質を、分かりやすく解説した本です。例えば、地質学者の原山智氏が「地質探偵」となり、ワトソン役のライター・山本明氏とともに北アルプスの山を歩きながら、どのようにして槍や穂高の名峰ができたかの謎解きをしていきます。山を登りつつ、すぐ隣で専門家に解説してもらっているような面白さで、ドンドン引き込まれます。話は槍・穂高にとどまらず、笠ヶ岳、朝日岳、白馬三山、水晶岳など北アルプスの名峰にも触れられており、この巨大山脈も成り立ちは一様ではないことが興味深いです。
空へ 悪夢のエヴェレスト1996年5月10日
『空へ 悪夢のエヴェレスト1996年5月10日』(ジョン・クラカワー 著、海津正彦 訳、ヤマケイ文庫・山と溪谷社)
●電子書籍版あり
公募登山隊(商業登山隊)の参加者6名がエヴェレストで亡くなるという、1996年に実際に起こった遭難事故のノンフィクション作品です。著者のジョン・クラカワー氏は、当時行われ始めた公募登山をレポートするために、記者としてたまたま隊に加わっていたのですが、当事者として事故に巻き込まれてしまいます。自身の体験に、生存者などの証言を加えて、事故が起こるまでの詳細が語られています。本書の魅力は、私たちが簡単には行くことのできないエヴェレスト登山を疑似体験できることにあります。その上で、この遭難がいくつもの要因が重なって起こっていることが分かり、深く考えさせられるでしょう。
山女日記…
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『山女日記』(湊 かなえ 著、幻冬舎)[/caption]
女優の工藤夕貴が主演したTVドラマでも話題となった小説です。日常に悩む女性たちが、山での経験によって日々の生活に希望を見いだしていく姿を描く連作短編集となっています。働き盛りの女性の姿が等身大で描かれていて、山へ向かう女性たちの心理がリアルに伝わってきます。短編それぞれに登場する人物も、舞台となる山も異なるのですが、それらが話の中で少しずつリンクしていくところが読後感をまろやかにしてくれます。オジサマ世代にも手にしていただきたい本です。(NHKオンデマンドでドラマ版を見ることもできます)
奥秩父 山、谷、峠そして人
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『奥秩父 山、谷、峠そして人』(山田哲哉 著、東京新聞)
●電子書籍版あり[/caption]
奥秩父の山を愛し、この山域をホームグラウンドとして活躍する山岳ガイドの山田哲哉氏がつづったエッセーです。奥秩父は、日本アルプスの山々に比べると少々地味なイメージを持たれているかもしれません。でも、そこには深い森に覆われていて手つかずの樹林や美しい渓谷があり、里人が炭焼きや養蚕をして暮らしてきた日本らしい文化があります。さらに、峠道として旅人が行き交った歴史も残っています。そんな奥秩父の魅力が、さまざまなエピソードとともにつづられています。この道の向こうはどうなっているんだろう、あの山の向こうにはどんな景色が待っているのだろうと、ドンドン山の奥深くへ進んでいくように――、名文がページの先へ先へと読者を誘います。山の魅力は山頂だけにあるのではないということを教えてくれる一冊です。
雪山放浪記
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『雪山放浪記』(星野秀樹 著、山と溪谷社)
●電子書籍版あり[/caption]
山岳雑誌などで活躍する写真家、星野秀樹氏が積雪期シーズンの北アルプス、南アルプス、八ヶ岳など、34もの山々を紹介します。雪に閉ざされ、一般には知られざる厳冬期から残雪期の山の表情を見ることができる貴重な一冊です。コースガイドとして実際の山行にも活用できますが、普通のガイドブックより写真が大きく、雪山の魅力を視覚的に味わう楽しみを合わせ持つ本です。随所に織り込まれているエッセーは読み応えがあり、また「放浪の技術と道具」と題したコラムページでは、著者がどのように雪山と向き合っているか知ることができ、大変興味深く、読み物としてもオススメです。長年、山を見続けているベテランの視点が詰まった本書は、山の参考書としても役立つでしょう。
※「●電子書籍版あり」としているものはKindle版/Rakuten kobo版などを含みます