災害時には平時と違う次元のトラブルが起きる。通信の領域でもそれは同じだ。いつもは当たり前のように使える固定電話や携帯電話がつながらない。通信インフラへの被害や通話の集中によって通信網の処理限度を超えるからだ。情報を収集し、伝達できなければ、救援活動もままならない。だからこそ、万が一に備えてできる限り多くの通信手段を用意しておくことが求められる。
観光向けのWi-Fiが防災にも役立つ
しかし、災害発生時に備える費用には限りがある。できるだけ費用対効果を考えてバランスの良い防災体制を整えなければならない。そこで注目されているのが、Wi-Fiによる防災対策「防災Wi-Fi」である。東日本大震災では、従来の通信手段が使えない中、SNSによる情報収集・発信が大きな役割を果たした。こうした通信を支える基盤として期待されているのがWi-Fi環境の整備である。
そのために国も地方自治体向けに補助金制度を用意して、その普及の後押しをしている。例えば、総務省は平成28年度当初予算として、「観光・防災Wi-Fiステーション整備事業」と「公衆無線LAN環境整備支援事業」(総務省ホームページ)を実施した。事業名が示すように「防災」以外に「観光」もWi-Fi整備のキーワードになっている。観光地にWi-Fiがあれば、平常時には観光客向けのサービスの向上につながり、災害発生時には防災面でも活用できるからだ。
先日発生した熊本地震では、各通信事業者がWi-Fiのアクセスポイントを無料開放。Wi-Fi環境が情報収集・発信に寄与した。NTT西日本のグループ会社であるエヌ・ティ・ティ・メディアサプライ株式会社(以下、NTTメディアス)が提供しているWi-Fiサービス「DoSPOT」では、最初4月15日に熊本県内で無料開放が実施され、大分県を中心に九州地方で広範に地震が発生したことを受け、4月16日には九州全域に対象が拡大された。DoSPOTだけで、約9000カ所のアクセスポイントを無料開放。全体の利用率は約160%(平常時比)まで上がった。その結果、SNSを通した情報発信と拡散によって、各地の詳細な情報がSNS上に公開され、現状把握に大きく貢献した。
この時に無料開放されたアクセスポイントは、必ずしも防災用に準備されていたものだけではない。由布院などでは観光用に用意されていたものが無料開放されている。観光客向けのアクセスポイントが防災用に転用されたのである。
このように観光面と防災面の両面で活用できるのが、Wi-Fi整備の大きなメリットだ。地域の住民にとっては、観光ビジネスの基盤となるとともに、災害発生時にも頼りになる存在となる。ログイン時のメニュー画面などを活用することで、通常は観光事業者の広告を入れて運用コストの一部に充て、災害発生時には、情報伝達の窓口にすることもできる。
防災Wi-Fiに必要な3つの構成要素…
注目されるWi-Fi環境だが、具体的にどんなソリューションを選べばよいのだろうか。Wi-Fiソリューションは主に次の3つの要素から構成されることを理解しておきたい。(1)電力を供給するソーラーパネル(2)外部電源が途切れても通信機能を継続させる無停電電源装置(UPS)(3)Wi-Fiアクセスポイント本体である。これらの3つの要素がワンパッケージとして提供されることで、災害発生時にもWi-Fiを使い続けることができる。
現在、いくつもの事業者からこうしたWi-Fiソリューションが提供されている。NTT西日本やNTT東日本のような通信事業者、京セラコミュニケーションシステムや理経、日本電業工作といったシステムインテグレータなどが、それぞれの強みを生かしたソリューションを提供している。
例えばNTT西日本のWi-Fiソリューションは、NTTグループとしてワンストップでサービスを提供できるのが大きな特長。アクセスポイント回りのネットワークを整備するNTT西日本、Wi-FiサービスDoSPOTを提供するNTTメディアス、UPSを提供するNTTファシリティーズといった各社が連携してソリューションを提供している。しかも、主要都市だけでなく地方においても地域密着型の構築・保守といったきめの細かいサービスを提供することができる点は、防災という観点からは重要なポイントになる。
DoSPOTは、NTTメディアスが提供する店舗等事業者向けの公衆無線LANアクセスサービスであり、災害が発生した際に無料開放に切り替えるなど、柔軟な運用も可能である。
兵庫県宝塚市では、国の補助金を活用して、防災拠点である末広中央公園にWi-Fiステーションを整備した。ここではNTTメディアスのDoSPOTが導入され、平常時でも災害時でも、同公園内でWi-Fiが利用できる。
高機能自動販売機で駐車場を防災拠点に
Wi-Fi環境を整備するに当たっては、どこにアクセスポイントを置くのかも重要なポイントになる。前述した宝塚市の場合には、末広中央公園に設置した。そこが市の防災拠点だったからだ。普段から人の集う場所であり、災害発生時だけでなくWi-Fiが使えることのメリットもある。
防災Wi-Fiの設置場所として、注目を浴び始めているのが駐車場だ。それも駐車場内に設置されている自動販売機にWi-Fiのアクセスポイントを持たせるという発想だ。その先行事例が、神戸市にある「三井のリパーク」栄町通第二駐車場である。2016年5月、ICTサービスを備えた「高機能自動販売機」が導入された。この自動販売機で無料のWi-Fiサービスが提供されている。
狙いはレンタカーを利用する訪日外国人など近年増加する観光需要に即した機能の提供と、災害時における避難スポットとしての機能の提供だ。NTTグループのテルウェル東日本が開発した高機能自動販売機には、観光向け・防災向けの多数の機能が装備されている。
一定時間無料でWi-Fi環境が利用でき、災害時には時間制限なく利用できる「無料Wi-Fi」、利用者のスマートフォンの言語設定に合わせて、駐車場の利用方法を翻訳して表示する「多言語翻訳」、ニュースや近隣の情報、災害時の情報をディスプレーで表示する「サイネージ」、災害時に自販機内の飲み物を無償で提供する「災害支援自動販売機」、ダストボックス内に乾パンや簡易トイレ、レスキューシートなどを備蓄する「災害対策用備蓄品」である。
熊本地震の際、「車中泊」を選択する被災者は少なくなかった。もし駐車場に高機能自動販売機が設置されていたら、緊急の避難場所としてより被災者支援に役立ったはずだ。食料や飲料の備蓄があり、デジタルサイネージから情報が得られ、Wi-Fiを使ってSNSも活用できれば、被災生活の手助けとなっただろう。
今回、神戸市に設置された高機能自動販売機の運営費は、自動販売機としての飲料の販売収入で賄うという形になっている。つまり、自治体にとっては運営費の必要なく、地域の防災性をアップすることができるのである。公共の駐車場を持つ地方自治体にとって、検討に値する仕組みといえるだろう。
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