ベンチャーブームが続いている。「早朝イベントでベンチャーと大企業をつなぐ」の連載では、毎週木曜日の早朝に開催されるベンチャーのプレゼンの場「Morning Pitch(モーニングピッチ)」がどのように生まれてきたかを聞いた。今回は、同イベントの仕掛け人であるトーマツベンチャーサポート事業統括本部長の斎藤祐馬氏に、地方ベンチャーに注目する理由を話してもらった。
―― このところは地方のベンチャー支援にも力を入れていらっしゃいます。なぜ今、地方なのでしょうか。
斎藤:ずっとベンチャーを支援してきて感じているのが、ベンチャーは力はあるのに、世の中での認知は低くてなかなかマスになりづらいところがあります。例えば最新のテクノロジーであるがゆえに、一部の人だけが関わっていることが多い。
ただひと口にベンチャーと言っても、中身は様変わりしてきています。1990年代後半から2000年代前半にかけてITが世に出てきて、ITベンチャーというだけで投資が受けられるような時代もありました。その一方で未成熟であるがゆえにさまざまな失敗も見られました。特にライブドアショック後に金銭的なインセンティブがあまり見込めない状況で、わざわざ起業した人たちがここにきて数多く活躍しているのです。
そこでは2010年代型と呼べるような、社会課題を解決しようというベンチャー企業が増えてきています。
―― なるほど、確かにそうかもしれない。
斎藤:社会課題への取り組みって、何か強い意志がないと続きません。お金も全然集まらず、マスにもなりづらい。今の日本の大きな課題の1つは少子高齢化だといわれています。いろいろな本によるとそもそも地方と都会では出生率が全然違うので、東京に人が集まれば集まるほど日本全体の人口が減少して地方も過疎化していくという。
なぜ地方の若い人は東京に来るのかというと、地方に仕事がないわけではなく、面白い仕事がないからだと思うのです。もし地方に面白い仕事をどんどん生みだすことができれば、大枠で見ればそういう少子高齢化といったことにも対峙できるし、ベンチャーがもっと注目されると思うんです。
そうした中で地方のベンチャーをきちんと支援していくことが、日本全体にとってもいいことだと思います。また、ベンチャーというものをもっと世の中に根付かせていきたいという僕自身の意志とも合致している。だから今、地方に目を向け始めたのです。
―― 地方で多いのは、新規事業の起業というよりは、独立開業というイメージがあります。チェーン店で働いていた経験を生かして、のれん分けのような形で飲食店を始めるといったケースはあると思います。しかし、社会的課題に向けて起業するような人は、まだ少ないという気もします。その辺りはどうなんでしょうか。
斎藤:起業環境といいますか、起業しやすい条件というものがあると思います。まずコミュニティーがあって実際に起業している人たちと身近に会えて、こういう生き方があるということを知らないと始められない。そこに触れて、そういう生き方に共感して、始めようとしたときに資金を供給してくれる、支援してくれる人がいる。そういう環境が必要なわけですよね。それが最も整っているのが東京なわけです。
地方には大きく2つの課題があります。1つは目線の問題。東京では一般的に売り上げ10億円のカベというものがあって、そこでよく企業の成長が止まるといわれています。ところが、例えば京都だと3億円とか、さらに地方だと1億円といわれている。これはまさに見ているマーケットの違いです。全国なのか、その地方なのか、その県だけなのか。
この目線をどう引き上げていくのか。そのために我々は47都道府県で「ベンチャーサミット」を実施しています。農業やものづくり、フードなど産業テーマ別に開催して、少しでも起業家や、そういう生き方に触れてもらえる機会を増やそうという思いです。
2つ目が、やはり支援者です。起業を経験した人や、優秀なプロフェッショナルは東京に一極集中しています。どうやって地方で支援者を生むか。いまトーマツベンチャーサポートは各地に23の活動拠点あり、そこのメンバーを育てるためのプログラムがあります。
ベンチャーをどう支援していくのかについてのノウハウをパッケージ化して、それでメンバー全体のスキルアップを図っています。それをこれから公開して、全国の支援者のレベルを上げようという取り組みをやっていこうとしている最中です。
地方でも面白い仕事には人材が集まる…
―― では、御社のメンバーではなくてもそのプログラムが使えるようになる?
斎藤:それを今、ある自治体とも議論しています。例えば自治体が選定したベンチャー支援家に、僕らはOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)でベンチャー支援を伝授していくようなプログラムができないかとか、を考えています。それからやはりビジネスモデルのブラッシュアップも狙いの1つとしてはあります。
地方の中小企業に対する支援と、成長課程にあるベンチャーへの支援はやはり異なります。お金の集め方も、時間軸も違う。それはまだ東京にしかないノウハウですから、地方に伝えていくことをやりたい。これができれば、きっと支援者のレベルを上げていけると思うんです。
それには大きく分けてスキルとネットワークの2つの側面があります。どのようにビジネスをブラッシュアップしていくのかというスキルの部分と、一方でその戦略を実行するために大企業と連携するとか、メディアやベンチャーキャピタルにアプローチする、といったネットワークの部分がある。
「モーニングピッチ」もプラットフォームとしてそういう役割を担っているわけです。そうした地方の支援者たちが支援する会社も、あそこに載せることによって新しいネットワークが生まれる。ナレッジとプラットフォームとの両軸で全国展開していきたいという思いはありますね。
―― 安倍政権では戦略特区構想で新潟や福岡など地方の起業支援や雇用の創出などを打ち出したりしていますが。
斎藤:考えているところは遠くないと思うんです。例えば特区に指定されている兵庫県は湾岸エリアに医療の集積地ができていて、医療に強い。ただ普通に自治体がやろうとするとそこにITベンチャーを生みたいと考える。今、我々が神戸市とやろうとしているのは、全国からITベンチャーを集めてきて、神戸が強いファッションと医療の分野を掛け合わせてみようと。すごく斬新な、「全国のITベンチャー×神戸の強いもの」というやり方なんです。
さまざま社会問題がどんどん大きくなってきている中で、縦割り行政が通用しなくなっている。自治体も大企業やベンチャーと横で連携することが大事です。1つの社会課題をベースにチームを組成して、1つのコンソーシアムみたいなものをつくっていく。そうして社会問題に対峙して解決していく。それは1つのゴールですよね。
―― 一方、採用に関してですが、そもそもベンチャーは東京ですら難しいといわれる中で、地方のベンチャーがうまく人を採用できるのでしょうか。
斎藤:人の採用のしやすさという点ではむしろ逆です。例えば福岡では地元の大学を卒業して福岡にずっと住みたい人が6割、7割もいるそうです。一方で実際には仕事を求めて東京や関西などに仕事を求めて出ていく人が6割、7割もいる。それはその地域に住みたいけど、いい仕事がないからです。ということは、地方に面白い仕事が生まれれば、その会社に入りたい人はたくさんいる。
これはエンジニアの採用などでもよくいわれる話で、この前、北海道に行ったときも採用は本当にこっちのほうがしやすいという話を聞きました。面白い仕事ができるのであればやっぱり地元に住みたい人が結構いるわけです。
―― なるほど。ただ、やはり経営幹部となると難しいのでは。
斎藤:それはあるでしょう。やはり人材のレベルみたいな話でいうと、優秀な人が相対的に東京のほうが多いというのは、確かにそうだと思います。
―― 東京にいることで得ることができた経験値はやはり高いですよね。人材育成でも、経営面でも。
斎藤:ただ、東京で採って経験を積んだ人材を地元に帰していくという流れはあると思います。例えば東京で働いている北海道出身者の中には、地元に戻って働きたい人が結構いるわけです。そこを北海道でベンチャーを始めた人とうまくつなぐ支援ができればいい。
―― マネジメントの面では何か課題はありますか。
斎藤:弊社のマネジメントは、ベンチャーに近いと思いますが、ライフワークをすごく重視しているんです。なりたいものや、やりたいことが明確にある人を採ります。我々がベンチャーサポートとしてやりたい軸とスタッフ自身のやりたい軸があって、そこでお互いがウィン・ウィンになる点をどう探るかというのが一番重要なマネジメントです。それがあると人はすごく頑張れるんです。
きっと今の大企業では、こうして軸を重ねあわせることが難しくなっている。逆にベンチャーの面白いところはきっとそこですよね。なので、マネジメントの仕方についてもこの会社から何か新しいものを生み出していきたいのです。
―― 確かに、そこの妥協点というか、共通点がないとベンチャーって単なるブラック企業になっちゃいますね(笑)。みんなが普通に5時で帰ってしまったらなかなか成立しない。
斎藤:そうですね。例えば、残業代関係の法制度についても、ベンチャーなどの現実を見ると厳しい課題ですね。先ほどの周囲を巻き込む力みたいな話でいえば、それがいいとか悪いではなくて、極端な話、給料どうこうではなく遅くまで働いてくれる人がどれぐらいいるかというのが、たぶん本質的な巻き込み力の指標なんですよね。
―― そうですね。
斎藤:ただベンチャーだけではなくて、大企業で何かを始めるときもきっと巻き込み力はすごく大事なんです。たくさんの人がいる中で、社内政治というものの本質は、インセンティブの調整だと思うんです。もちろんそれが一筋縄ではいかないわけです。
大企業のイノベーターのような役割の人たちと話をすると、こういうことやりたいよねと、本質はみな同じことを言うんです。さまざまな人のロジックがあるなかで、目線をどう合わせるか。結果として全員が同じ方向を向くように変えていくことに関しては、ベンチャーに学ぶところがたくさんある。だから自治体の方でも大企業の方でも、ベンチャーの人と触れているとすごく変わっていくんですよ。そういう化学反応をもっと幅広く世の中に根付かせたいというのが、やっぱり一番の目標ですね。
日経トップリーダー 構成/藤野太一