「ゴルフではバランスが全てなのだ」……かつてタイガー・ウッズが好調だった時代に語った言葉です。米国サンディエゴ大学でスポーツ心理学博士号を取得、姿勢分析システムで多くのトップアスリートの姿勢を評価し、治療を施してきたシルバイン・ギモンド博士の下で、タイガー・ウッズは自らの姿勢分析を行いました。
その結果、「タイガーはこれまで姿勢測定をしてきた5万人の中で、最も理想に近い姿勢をしていた」とギモンド博士。その分析結果を聞いてウッズが述べた言葉が、先の言葉です。さらに博士は続けたそうです。「少しがっかりしたよ。なぜならタイガーは完璧で、彼にアドバイスできることは何もなかったから……」(2007年10月25日 モントリオール・ジャーナル スポーツより)
ひざの故障や腰痛といった体の不調のみならず、近年はショットや私生活でも不調にあえいでいたタイガー・ウッズですが、今シーズンPGAツアー最終戦「ツアー選手権」で5年ぶりの復活優勝を果たしました。ショット感覚やクラブ選択、勝負勘、生活習慣など全てにおいてバランスが取れた状態を獲得したことが好成績につながったのでしょう。以前の彼が語ったように、ゴルフではバランスが全てなのです。
今回から数回にわたり、ゴルフとバランスについてお伝えしたいと思います。ゴルフにおけるバランスには、「攻守のバランス」や「緊張とリラックスのバランス」など、さまざまなものが挙げられますが、今回は体のバランスにフォーカスしましょう。
ゴルフスイングに欠かせない体のバランス
タイガー・ウッズの父親、アール・ウッズ氏は米国陸軍特殊部隊グリーンベレーに所属していたことから、東洋の武術にも精通していたそうです。父の教えで、タイガーは2歳の頃から平衡感覚のエクササイズを行っていました。これは、体のバランスを鍛えることと同義です。体のバランスは「静的バランス」と「動的バランス」の2つに分けられます。静的バランスとは、体に外力が加わったときにグラつかず、安定が保たれている状態のこと。一方、動的バランスとは、運動中に外力が加わっても動的平衡が保たれている状態をいいます。
ゴルフスイングを例にとると、アドレス時、仮に体を後ろや前から押されてもグラつかず、ドッシリ安定していられる状態をもって静的バランスがよいと表現できるでしょう。スイング中にバタバタしたり、フィニッシュでグラついたりせず、安定感のあるスイングをしている状態が動的バランスを保てているといえます。つまり、アドレスからフィニッシュまで、静的バランスと動的バランスが安定していれば良いスイングになるといえるでしょう。
アドレス時にはドッシリ安定感のある構えをしていても、いざスイングするとバタバタしてしまう人を見かけます。ゴルフクラブは長くて先端が重たい道具です。それを振り回すので、体は遠心力や慣性力に引っ張られます。この引っ張られる力が外力です。動的バランスがいい人は体を動かしながらも、こうした外力にブレない姿勢を保つことができます。
風の強い日のラウンドでショットがブレやすい人は、風にあおられてスイングが崩れてしまうことが大きな原因です。そして、こうしたゴルファーは、そもそも動的バランスが不安定なケースが少なくありません。ゴルフでどんな状況でも安定したナイスショットを望むには、動的バランスを向上させることが大切であると心得てください。
動的バランスを良くするために「抗重力筋」を鍛えよう…
動的バランス能力は、運動時の姿勢を維持したり、調整したりする神経系の機能に左右されます。これらは次のように働きます。
ヒトの体は、視覚や聴覚などの五感に加え、関節や筋肉、腱(けん)、そして皮膚や耳などから痛覚や温度感覚、平衡感覚を発揮し、自分の体がどんな状況にあるのかという情報を脳に伝えます。次に脳は、送られてきた情報を基に、体のバランスを保つためにはどの筋肉をどのように働かすかを判断、それぞれの筋肉に指令を送ります。指令を受けた各筋肉はそれぞれの仕事をこなし、結果、体のバランスが保たれます。(脳の機能を含む)神経系と筋肉との素晴らしい連係プレーといえます。
地球上では主に重力に対してバランスを保とうとしますので、どんな状況でも、重力にあらがう筋肉「抗重力筋」を働かせます。抗重力筋の代表格は、太ももの「大腿四頭筋」、「腹筋群」や「腸腰筋」といったコアマッスル、お尻の筋肉「大殿筋」、ふくらはぎの筋肉「下腿三頭筋」などです。ゴルフに限らず、あらゆるスポーツのパフォーマンスを高めるには、これらの筋肉をしっかり鍛える必要があります。
ゴルフに関しては、私が連載で述べてきた「ゴルフスイング4つの要点」のうちの2つ、「スタビリティ(安定性)」と「モビリティ(可動性)」を思い出してください。バランス能力を働かせるには、スタビリティ(安定性)が求められる部位となる「体幹部」と「大腿部(太もも)」の筋肉がしっかり機能すること、そしてモビリティ(可動性)が求められる部位として「肩関節」「股関節」「足関節(足首)」が柔軟であることがとても重要です。これらに関係する筋肉は、前述の抗重力筋とイコールです。スタビティとモビリティの鍛え方に関しては、本連載の第32回と33回で詳しく解説しています。
意外に知られていない足関節の重要性
ゴルフスイングを語る上でとても重要であるにもかかわらず、あまり語られていないのが「足関節」、いわゆる足首の柔軟性です。ちまたにあふれる多くのレッスン書には、肩を回せとか腰を回せなどと書かれていますが、足関節の注意点に関してはあまり書かれていません。が、動的バランスの良いスイングをするには、この足関節のモビリティ(可動性)はとても重要なのです。アドレスに入っているとき、いうまでもなく両足は地面との接点です。そこから、動的バランスを保つためスイングにおける時間の経過とともに、右と左の足裏で体重を支える接点を変化させなければなりません。そのためには柔軟な足関節が必要なのです。
右打ちの場合で説明しますが、まずバックスイングでは右のかかとで体重を支えます。次にダウンスイングでほんの一瞬、右の土踏まずか母指球(親指の付け根)に移った後、インパクトではかかと体重になり、フィニッシュでは左足のかかとでほとんどの体重を支えます。
インパクトでかかと体重になるのは、クラブヘッドの遠心力で前方に引っ張られるからです。綱引きで前に引っ張られたら、後ろに体重をかけて踏ん張ろうとするのと同じです。遠心力に対してバランスを取るには、このように遠心力を“感じる”ことが大切です(詳しくは本連載の第38回)。
タイガー・ウッズの父、アール・ウッズ氏の紹介で東洋武術に少し触れましたが、二刀流の達人、宮本武蔵は刀を使うとき、かかとで立っていたそうです。かかと重心だとバランスが良くなり、体勢を乱すことなく、重い刀を自在に振るうことができたのでしょう。もしもタイガーが武士の時代に生きていたら、恐らく刀の達人としても名を遺したのではないでしょうか。
それはさておき、体の軸と重心を安定させつつ、スイング中の足裏の体重移動をスムーズに行い、スイングバランスを保つために足関節は柔軟でなければなりません。プロゴルファーや上級者のフィニッシュを見ると、右打ちの場合その多くが、左の足首は外側のくるぶしが地面に近づき、右の足首は甲が伸びてつま先立ちのようになりつつ、内側のくるぶしが地面に近づく方向に折れる動きをします。試合会場もしくはTV観戦であっても、足元にも注目してみてください。上級ゴルファーの足関節が予想以上に柔軟だと気付くことができると思います。
ビジネスでも求められるバランス能力
ビジネスにおいてもバランス能力は大切です。特に管理職や部門長などのリーダーには必要不可欠な能力です。例えば、利害調整能力は、ビジネスに不可欠なバランス能力の1つです。価格を下げたいために原価を抑えることを要求する営業部門に対し、製造部門が「こんな原価ではできない」と反発することもあるでしょう。このように、会社組織には、対立しかねない部門があります。設計部門と製造部門もそうですし、お客さまとじかに接する店舗と管理部門も、対立することがあります。こうした対立をうまく調整する能力がバランス能力です。
スタビティとモビリティといった、相反する状態をうまく共存させるゴルフスイングと似ているかも知れません。ゴルフでもビジネスでも求められるバランス能力。次回は別の切り口で解説しましょう。