2021年3月11日、神奈川県にある茅ヶ崎ゴルフ倶楽部にて、隣接する浜須賀小学校の卒業生を対象に、「卒業記念イベント」が開催されました。このイベントは、卒業する児童へ思い出に残るイベントをプレゼントしたいという思いから、クラブを運営するゴルフダイジェスト・オンライン(GDO)が企画したものです。6年生最大の楽しみである修学旅行が新型コロナウイルス感染症拡大の影響で中止になり、またその代替行事もことごとく中止になってしまったことから、この企画を発案されたといいます。これを聞いた私は非常に興味深く、かつ共感を覚え、早速、その取材に出掛けました。
取材を通じて、イベントを企画した茅ヶ崎ゴルフ倶楽部(以下略/茅ヶ崎GC)、この話を受け入れた小学校の先生方、そして児童のみなさんのそれぞれから、ビジネスの成功にもつながるいくつかのヒントが得られました。今回は、いつもとは趣向を変え、この卒業記念イベントで得られた学びをお伝えしたいと思います。
ゴルフ場はほとんどの児童にとって未踏の地。多くの大人がボールを打って遊んでいる謎の場所でした。この日は、そんな場所に足を踏み入れ、子どもたちが思う存分に遊べたのです。エンディングには広い芝生の上から環境に配慮した紙製の「エコ風船飛ばし」をするなど、遊びのメニューは盛りだくさんの内容でした。
イベントを見ていて最も印象に残ったのは、子どもたちのあふれんばかりの笑顔です。みんな、ゴルフ場に足を踏み入れた瞬間、広大な芝生のコースに感動した様子で「わぁ~広ーい!」と歓声を上げていました。また、数々の遊びに触れるたび、あちこちで歓声が上がります。ボールに当たらなくても笑顔、当たれば大歓声!友達のナイスショットを喜び、うまくいかない人を励まし応援する……誰に言われるまでもなく、それぞれの楽しみ方を見いだしている子どもたちの姿がそこにありました。
「楽しむ」ことはゴルフの本質です。ミスショットをするたびに、腹を立てたり落ち込んだりしている大人は、子どもの純粋に楽しむ姿を見習わなければなりません。なぜなら、「楽しむ」ことこそが、ゴルフに限らず物事の質を高め、成功を得るための最大の秘訣だからです。どんなに困難な仕事であっても、その仕事を楽しめれば、必ずや成功に近づくでしょう。嫌々やっていたら、成功するはずのものも成功できないでしょう。
哲学者の中村天風さん(1876-1968)の言葉を引用すると「どんな名医や名薬といえども、たのしい、おもしろい、嬉しい、というものにまさる効果は絶対にない」ということです(『君に成功を贈る』日本経営合理化協会刊行/2001)。そのことを、今回は改めて子どもたちの笑顔に教えられた気がしました。
イベント終了後、校長先生にこの卒業記念イベントにおける「教育性」についてお尋ねしました。
今回のイベントはそもそも、修学旅行に行けなかった卒業生のために企画されたことです。「思い出づくり」という本旨とは別に、集団生活を通じて協調性を学んだり、旅行先の文化や歴史を学んだりといった教育性も忘れてはならない目的の1つでは……と。
校長先生からは「このイベントを通じて得られたことは、まずは普段見ることができない子どもたちの素晴らしい笑顔が見られたこと。そして、グループ行動で友達との関係性や絆を築くことができました。これは大きな教育的成果です」と返答いただきました。
ここで、イベントのメニューを紹介しましょう。
グループで競い合うパターゲームは1番ホール、サッカーボールを蹴ってホールに入れるフットゴルフは2~3番ホール、ドライバーショットやアプローチに挑戦するゴルフ体験は5番ホールと、それぞれホールごとに遊び場所が割り振られ、クラス別にタイムスケジュールにのっとってホールを移動します。ゲーム中はグループで規律正しく行動しながら、子どもたちが思い思いに楽しめるよう工夫されていたようです。傾斜地で足を滑らせて転んでしまう児童がいましたが、周りの友達が「だっせぇ~」と笑いながら助け起こすシーンも見られました。
[caption id="attachment_39890" align="aligncenter" width="400"] はためくフラッグを目印にボールを寄せるパターゲーム[/caption]
[caption id="attachment_39891" align="aligncenter" width="400"] なかなかさまになっているドライバーショット[/caption]
校長先生がゴルフをされるのかを聞きそびれましたが、個人競技であるゴルフを通じて、集団行動における協調性や友達との絆が得られたことを評価されているのはとても興味深いと感じました。これまでの記事でも繰り返し触れていますが、ゴルフはそれぞれの同伴プレーヤーが協調し合ってプレーを進めていくことから、気持ちよくゴルフを楽しむには他人を気遣う「気配りの心」が求められます。ゴルフは個人競技でありながら、「協調性」と「気配り」を養うことができるスポーツなのです。そのことを、校長先生に肌で感じていただいたのはゴルフ関係者としてうれしい限りです。
数字では計れないバランスシート
茅ヶ崎GCでは今回のイベントに限ったことではなく、普段からヨガ教室やドッグランを開催するなどゴルフをしない層でも気軽に足を運んでもらえるよう、地域に門戸を開いた取り組みをされています。キャディマスター室の前にキッチンカーが置かれているのも、そうした取り組みの一環だといいます。キャディマスター室とは、スタート時間などプレーの進行を管理する、飛行場でいえば管制塔のような所です。その目の前に、ゴルフと関係なく、一般の人でもランチを買うために利用できる場所があるというのは、日本のゴルフ場ではこれまで考えられないことでした。
ゴルフに興味や縁がない人にとって、ゴルフ場は敷居の高い場所でしょう。小学校の児童でなくても、同じように感じられるのではないでしょうか。茅ヶ崎GCのように地域一般が訪れる機会を増やす取り組みは素晴らしいと思いますし、より多くのゴルフ場に取り組んでいただきたいと思う反面、気になるのがその収益性です。どんなに社会貢献度の高い取り組みでも、収益性が低ければ、世に浸透するのは難しいと考えるからです。
そこで、茅ヶ崎GCの責任者の方に、思いきって今回の収益性を尋ねてみました。すると、驚くことにこんな答えが返ってきました。「(学校から)参加費の類いは一切いただいていません。すべて持ち出しです」と。この日はゴルフプレーの通常営業を午前中で終了し、午後からイベントのために完全貸し切りとしていました。それだけでも収益をロスしているはずです。そればかりか、参加児童の全員にスイング練習用のタオルを無償で提供、その経費は同社の持ち出しだそうです。
[caption id="attachment_39892" align="aligncenter" width="400"] スイングは練習用のタオルで素振り[/caption]
責任者の方は、続けて「収益を度外視してでもやる意味がある」と言います。ここに、収益よりも「地域に愛されるゴルフ場をめざしたい」という同社の心意気をヒシヒシと感じました。つまり“損して得取れ”の精神です。地元のゴルファーでは有名な話ですが、同ゴルフ場は、過去に閉鎖の危機に見舞われたり、運営会社が幾度か変わったりと、曲折を経てきました。しかし、この精神で、今や地域になくてはならない施設へと成長されたのではないかと思います。
茅ヶ崎GCには、これからも地域に愛されるゴルフ場であってほしいと思いますし、私自身、同じ県内で活動するゴルフ関係者として茅ヶ崎GCを応援していきたいと思っています。この卒業記念イベントは、私にとって多くの気付きや学びを得た充実の1日になりました。子どもたちも、ゴルフ場での1日が強烈に記憶に刻まれたのではないでしょうか。読者の皆さまの事業運営でも参考にしていただければ幸いですし、茅ヶ崎GCのようなゴルフ場があることを覚えておいていただけるとうれしく思います。