2021年4月11日の日曜日、日本のゴルフ界にとって歴史的な出来事が起こりました。そうです、松山英樹選手のマスターズ優勝です。これは日本人初、いや、アジア人初の快挙であり、ゴルフ関係者は大いに沸き立ちました。各メディアもこぞって報じていたので、興奮を覚えて月曜日は仕事にならなかった人も多かったのではないでしょうか。
松山選手の優勝の要因は、欧米人にも引けを取らないフィジカルの強さ、飛距離、メンタル力の向上、そして結束力の強いチーム力……など、さまざまなメディアで報じられました。これらはすべて的を射ていますし、私もその通りだと思います。そこで、松山選手のマスターズ優勝を振り返りながら、アマチュアゴルファーが上達のヒントにできるポイントかみ砕いてお伝えしたいと思います。
笑う門には福きたる
私がこの大会で松山選手のプレーを見ていて最初に感じたことは、表情が以前と比べて明るくなったなということです。今までの印象では、喜びの感情を表に出さない一方で、ミスしたときのイライラや怒りの表情は露骨に表すのが松山選手でした。しかし今回は真逆で、ミスをしてもイラついたり周りに当たったりせず、プレー中は随所で笑顔が見られました。このことを、松山選手本人は帰国会見で次のように述べています。
「前の週のバレロ・テキサス・オープンで初日は良かったのに、その後の3日間良くなかった。そのときに、何でこんなに怒っているんだろうと自分にあきれたところがありました。マスターズの週は日に日にスイングも良くなっていましたし、フィーリングが良くなったので、今週は怒らず、やってきたことを信じてプレーしようと思いました。(途中略)他の人に当たってしまったり、チームのみんなに迷惑をかけて、そのときに“何をやっているんだろう”とハッと気付いた。マスターズの前に気付けたのはよかったです」
また、「表情のやわらかさは意識したのですか?」という記者の質問に対して、「心掛けてやっていたというのもありますし、状態が上がってきてミスを許せるという気持ちになったんじゃないかなと思います」と答えています。
感情のままに怒っても何もよいことはないと気付き、「ミスを許せる気持ちになった」という心境は、彼の人間的成長を表しています。「ゴルフは人間力が試されるスポーツ」といわれますが、まさにその通り。今回の成果は、参加選手の中で誰よりもタフな気持ちで松山選手がプレーできたと言ってもいいかもしれません。そのモチベーションに大きく貢献したのが「笑顔でいたこと」ではないでしょうか。
笑顔は、人のパフォーマンスを向上させます。表情筋を動かすことで脳が刺激を受けるとポジティブな感情が生まれ、前向きな気持ちをつくりやすくなるからです。何をやってもうまくいかないという経験は誰もが持っていると思いますが、そうしたときほど焦りや不安といった感情が表情や態度に出ているはず。うまくいくから笑顔になるのではなく、笑顔で取り組むから物事はうまくいくのです。これはビジネスもゴルフも、マスターズも社内コンペもまったく同じです。皆さんもぜひ、「笑顔のプレー」「ミスしても笑顔」を心掛け、自らのパフォーマンスを向上させましょう。
「感謝」を表すことが物事を成功に導く…
松山選手の優勝を支えたキャディーの行動も話題になりました。松山選手がウイニングパットを沈めた後、キャディーの早藤将太氏がピンをカップに戻すときにコースに一礼した、あの行動です。早藤氏は、四国高知の明徳義塾高校ゴルフ部出身で松山選手の2年後輩です。ピンを戻すときの一礼は同ゴルフ部の高橋監督の教えだといいますから、「感謝」や「礼儀」を重んじる指導がよく行き届いているなと想像しました。この「感謝」も、笑顔と同じく人のパフォーマンスを向上させる行いの1つです。
あの一礼が世界で称賛されたのには、穏やかな気持ちではいられない今の世相が反映しているようにも思います。気持ちに「不平」や「不満」がたまると、つい愚痴や文句が多くなります。近年ではSNSがそれに拍車をかけるようになりました。だからこそ、あの一礼に価値を感じる人が多かったのではないでしょうか。
ある人が感謝を表せば、それを受ける人も穏やかな気持ちになれるでしょう。感謝をしてイライラしたり、不安になったりする人はいません。ですから、あらゆる物事に感謝の気持ちを持てば、ずっと穏やかな気持ちでいられるようになります。逆に、愚痴や文句が多くなると、間違いなくパフォーマンスは下がります。ゴルフではミスショットを連発するようになり、ビジネスではイージーミスが多くなり、よいことは1つもありません。
感謝の気持ちを言葉にすると「ありがとう」です。キャディーの早藤氏は、のちに当時の心境についてこう語っています。「特別な感情はありません。“ありがとうございました”ただそれだけでした」と。「ありがとう」は漢字に書くと「有り難う」です。これは、「有るのが難しいこと」、つまり「特別なこと」です。ゴルフが楽しめるのは「当たり前」ではなく特別なこと、感謝するに値する素晴らしいことだと気付けば、愚痴や文句は出なくなります。
こう考えると、早藤氏がコースに一礼した気持ちが理解できるでしょう。松山選手も優勝スピーチで「Thank you!」の後に、「オーガスタ・ナショナルのメンバーの皆さん、ありがとうございました」と続けました。感謝すること、そしてそれを表現すること、これが大切です。笑顔とともに「ありがとう」を発するクセをつけましょう。そうすれば、ゴルフでもビジネスでも、成功の確率は格段に向上します。ぜひ、実践なさってください。
自分のことだけでなく、全体最適を考える
最後に松山選手の優勝の要因に挙げたい点をもう1つ。帰国会見における次の言葉です。
「これまでメジャーで勝てなかった僕が勝ったことで、これから先、日本人が変わっていくんじゃないかと……(途中略)……日本人でもグリーンジャケットを着られるんだと証明できたと思う。子どもたちが僕みたいになりたいと思ってくれたらうれしいなと思っています」
この言葉から、松山選手は自分が勝てたことで完結しているのではなく、先々の日本のゴルフ界全体を考えていることがうかがえました。
ゴルフは個人競技ですが、自分のプレーに徹しながらも、同伴プレーヤーや後続組のこと、そしてコース全体の環境保護にまで配慮するという側面があります。同伴プレーヤーのボールを探し、良いプレーには「ナイスショット」とたたえ、後続組のプレーに配慮してバンカーをならしたり、ターフを戻したり、目土をしたりと他者への配慮を心掛けます。
このような他者や周囲を気遣うマインドは、自身の心をフロー化し、パフォーマンスを高める結果につながります。バンカーをならしたり、ディボットに目土したりする行為も、自分より先に回っているプレーヤーがそれを行ってくれているからこそ、自分も良いコンディションでプレーできているわけです。つまり、自分のことだけを考えた行為だけでなく、全体のことを考えた行動は、巡り巡って自分のためになるのです。詳しくは連載第19回でも触れていますが、まさに、「情けは人のためならず。巡り巡って己のため」だと思います。
松山選手の言動から、彼は日本のゴルフ界全体のことを考えることで己を鼓舞し、最高のパフォーマンスを発揮することで最大の結果を手繰り寄せたのではないかと私は見ています。コロナ禍において、私たちは「当たり前の日常」は当たり前などではなく、人々の努力によるかけがえのないものだと学んでいるはず。松山選手にならって「他者への気遣い」を忘れず「笑顔」と「感謝」を表すことで、世間を覆っている閉塞感も晴れていくに違いありません。世界中のすべての人々が、純粋にスポーツを楽しめる世の中になれると信じています。