2021年7月29日からは、いよいよ東京2020大会のゴルフ競技が開幕します。男子の日本代表はマスターズを制した松山英樹と星野陸也の2選手。女子の日本代表は畑岡奈紗と稲見萌寧の2選手。畑岡奈紗選手と全米女子オープンでプレーオフにもつれ、優勝の栄誉を手にした笹生優花選手は、生まれ故郷のフィリピン代表として参加します。今年は本当にゴルフ界が沸いていて、5選手とも、その活躍が期待されています。
注目したいのは、最年少の笹生選手。先日の全米女子オープンは、史上初の日本人同士によるプレーオフ、笹生選手の最年少優勝タイ記録(19歳11カ月17日)など見どころの多いゲームでした。笹生選手の快挙の要因は何なのかと考えていて「これから夢をかなえたい!」「世界に大きく羽ばたきたい!」という人が成功するのに必須のポイントが4つ見えてきました。今回はゴルフ指導者の立場から、それらを紹介したいと思います。
夢をかなえるための第1条件
笹生優花選手は、日本人の父とフィリピン人の母との間に生まれ、日本とフィリピン両方の国籍を持っています。生まれはフィリピン、4歳で日本に移り住んだそうです。父親のゴルフ練習について行ったのがゴルフとの出会いだったとか。全米女子オープンをテレビで見てゴルフに憧れ、8歳の時に「(ゴルフの)プロになって世界一になる!」と決意したそうです。
中学生になった彼女がスイングの手本にしたというのが、女子プロではなく男子プロのローリー・マキロイ選手。子どもの思いに応えたいという父親の指導の下で、体幹や下半身の強化に取り組みました。その結果、今期(2020-2021)の国内女子ツアーでドライビングディスタンス(ドライバーの平均飛距離)が262ヤードとトップに立っています。
ここまでの経歴で、夢をかなえるポイントが2つ見えてきます。1つは早い時期から「世界一」という明確な目標を掲げていること。「世界一」とまでは言わないまでも、夢や目標を持つことは、人生において進むべき道しるべとなります。千里の道も一歩から、まずは達成できそうなゴールを設定し、そこに向かって歩き出してみましょう。夢をかなえるためには夢を持つことなんて逆説的ですが、実はこれが最も基本で、かつ大切なことではないでしょうか。
もう1つが、自身の「強み」を徹底的に磨いている点です。彼女の強みは鍛え抜かれた心身と飛距離にあり、その強みを徹底的に伸ばす努力をしてきたことが今期の好調に表れているように思います。「世界一になる」という信念と、強みを磨く努力を欠かさないこと、これらが全米女子オープンを制した大きな要因であることは間違いないでしょう。
夢や目標は、ビジネス目線で「社是」や「ビジョン」、「事業コンセプト」などと言い換えることができます。業績が伸び悩んでいる会社は、この根幹がブレていないか見直してみてください。そして、その夢や目標と自社の強みが合致しているか、同じベクトルで組織が仕事をしているかを検証してみましょう。ゴルフもビジネスも共通して、“大なり小なり目標を見定めること”と“強みを伸ばす努力を続けること”、この両輪が夢をかなえる第1条件だと私は思っています。
活躍する可能性を広げた“語学力”…
全米女子の最終日、笹生選手はプレッシャーからか、序盤の2番と3番ホールで連続ダブルボギーをたたいてしまいました。この時点で、首位レキシー・トンプソン選手との差は5打差。さすがに彼女は「動揺した」と語っています。このトラブルから立て直すことができたのは、キャディー、ライオネルさんの言葉の力だったと彼女は会見で述べています。
「まだホールがたくさんあるから、自分を信じてプレーしよう!」と。
笹生選手は、フィリピンの公用語、タガログ語や英語が堪能なのに加え、韓国語やタイ語も困らない程度に話せるそうです。優勝記者会見では、日本語と英語、そしてタガログ語の3カ国語で喜びを語っていました。4歳で来日した時「言葉の壁」で友だちができなかったという彼女が、19歳で流ちょうに会話する姿に並々ならぬ向上心がうかがえます。ゴルフで世界一になるという夢をかなえるためなのか、11歳の頃から毎日3時間の英語の勉強を日課にしていたと聞きます。彼女はUSGA(米国ゴルフ協会)が主催する大会に13歳から出場していますが、自身の高めるべきスキルの1つが語学だと実感していたのではないでしょうか。
私は彼女が夢をかなえたポイントの3つ目に、この語学力を挙げたいと思います。なぜなら、ゴルフは個人競技ではありますが、1人の力だけで勝つのは難しいからです。松山英樹選手もコーチやフィジカルトレーナーなどでチームを編成してから結果がでるようになり、マスターズ制覇につながりました。
ゴルフをはじめ、スポーツに国境はありません。世界の舞台で活躍するには、自分を支えてくれる人たちや関係者との円滑なコミュニケーションは不可欠です。その際、彼女の高い語学力はとても役に立ったと思います。連続ダブルボギーの後、キャディーとの言葉のやり取りがなかったら、笹生選手の優勝はなかったかもしれません。聞く耳を持たない、独りよがりの「ゴルフ馬鹿」では通用しなかったでしょう。夢をかなえるにはこのように、その夢に直接関係のある項目や分野に注力しながら、多角的に己を向上させる姿勢が必要になると私は思います。
“憧れの人”を持つことで夢はさらに近づく
夢実現の4つ目のポイントは「憧れの人を持つ」ことです。中学生になった笹生選手がマキロイ選手にも憧れ、彼のスイングを徹底的にまねしたことは先に述べたとおりで、実際にスイングを見ると確かにそっくり。海外のSNS、それも大会公式のインスタグラムでは「Hey @rorymcilroy, you have company! (やぁ、ローリー・マキロイ、お仲間がいるよ!)」というコメントを添えて2人のスイングを比較した動画がアップされています※。
※公式投稿:外部リンク(https://www.instagram.com/p/CItiW-1HcMh/)
さらに、大会3日目の6月6日には、笹生選手単独のティーアップ動画を上げて「Swing it like Rory? Nah, swing it like Yuka! (ローリーのように振る?いや、優花のように振ろう)」と、まるで本家超えのような絶賛ぶり※で、優勝前の笹生選手に注目していることがわかります。
※公式投稿:外部リンク(https://www.instagram.com/p/CPwCX_WHLH3/)
客観的に、ここまで似ているというのは驚くべきことです。この連載では何度となく、骨格のバランスや筋力、筋肉のつき方、姿勢などの違いで人それぞれにスイングが異なることを指摘し、個性に合った練習やコースの攻め方を推奨してきました。したがって、マキロイ選手並みのスイングを笹生選手が実現しているということは、それだけの体づくりに彼女が真剣に取り組んでいる証しともいえます。
笹生選手の飛距離の秘密について本人に聞いているインタビュー※に、彼女自身がマキロイ選手をまねた理由が述べられていました。その言葉を引用すると「彼のようなカッコいいスイングを身につけたい」と思ったから。ここから察するに、単に遠目で憧れるだけではなく、技術を吸収しようという彼女の貪欲な面がうかがえます。
※「笹生優花が包み隠さず教えてくれた規格外の飛距離の秘密とは!?」(Regina:2021年5月5日)
https://www.regina-web.jp/lesson/37958/
スポーツや武道、伝統芸能も、最初は「型」を徹底します。その先輩や師範が憧れの対象であるほど、吸収が早いのではないでしょうか。仕事でも人生でも困難に当たったときに乗り越えられるのは、「あの人のようになりたい!あの人に少しでも近づきたい!あの人に認めてもらいたい!」といった、強い思いがあるからなのかもしれません。ジャック・ニクラスさんに憧れ、彼を手本としたタイガー・ウッズ選手。その彼に憧れてマスターズで優勝した松山英樹選手。マキロイ選手のスイングフォームをカッコいいと憧れ、全米女子オープンで優勝した笹生選手。彼らがまた、東京2020大会で活躍することを大いに期待しています。ニュースやSNSでそれを見た多くの子どもたちが彼らに憧れを抱き、また、それを手本として成長していく。こうした憧れの連鎖がゴルフ界を、いや世の中のあらゆる物事を発展させていくのでしょう。
笹生選手、本当に全米女子オープンの優勝おめでとうございます。夢をかなえたい、自己実現をしたいという方は、ぜひ彼女のこれからに注目してみてください。