東京2020大会が日本人選手のメダルラッシュで大いに盛り上がり、TVにくぎ付けになった視聴者も多かったことでしょう。霞ヶ関カンツリー倶楽部(埼玉県/以下、霞ヶ関CC)で開催されたゴルフ競技では、女子の稲見萌寧選手がニュージーランドのリディア・コ選手とのプレーオフを制し、見事銀メダルを獲得しました。オリンピックゴルフ競技では男女通じて日本選手初のメダリスト誕生です。男子では日本人選手のメダル獲得とはならなかったものの、松山英樹選手が最後までメダル争いを演じ、ファンや視聴者を楽しませてくれました。
男子ゴルフは7月29日~8月1日の日程で開催され、米国のザンダー・シャウフェレ選手が通算18アンダーで金メダルを獲得。最終日にスコアを10打伸ばし、通算17アンダーでフィニッシュしたスロバキアのロリー・サバティーニ選手が銀メダルを獲得しました。日本代表の松山英樹選手は、3日目を終えた時点でトップと1打差、13アンダーで単独2位と好位置につけ、最終日は2打スコアを伸ばし、15アンダーの3位タイでホールアウトしました。「松山選手、銅メダル!」と思いきや、他の多くの選手が最終日にスコアを伸ばし、15アンダーが7名も出る大混戦に。
プレーオフの1ホール目、松山選手のティーショットはフェアウエー最高の位置に運んだものの、セカンドショットをグリーン左、ボールを見つけるのが困難な程の深いラフに打ち込んでしまい痛恨のボギー、メダル獲得とはなりませんでした。
銅メダルは、プレーオフを4ホール目で制した、台湾の潘政琮(ハン・セイソウ)選手が獲得しました。他のゴルフトーナメントでは優勝を懸けたプレーオフはありますが、3位を懸けたプレーオフはありません。オリンピックならではの光景で、メダルには手が届かなかったとはいえ、松山選手の戦いに胸を打たれた視聴者も少なくなかったのではないでしょうか。
実は松山選手、米国ミシガン州デトロイトで開催されていたPGAツアー「ロケットモーゲージ・クラシック」(7月1日~4日)に出場中に体調不良となり、新型コロナウイルスの陽性が判明するという試練に見舞われました。また、その余波から、7月15日に開幕した全英オープンも欠場を余儀なくされました。マスターズで勝った選手は、その勢いで全英オープンも勝つことが多いというのが定説ですから、さぞかし悔しい思いをしたことでしょう。
その後も1カ月近くは練習もラウンドができず、本格的に練習を再開できたのは、東京2020大会の1週間ほど前、日本に帰国してからだったとのこと。大会前の会見でも、「10日間ずっと検査で陽性反応が続いて、ここに立てるか不安があった」と明かしていました。
そんな状況の松山選手にとって幸運だったのは、会場が霞ヶ関CCだったことではないかと思います。このコースは、彼が高校生のときに「日本ジュニアゴルフ選手権」を制し、大学生だった2010年には「アジア・アマチュア選手権(現「アジアパシフィックアマチュアゴルフ選手権」)」で優勝したゆかりの場所です。このアジアアマでの優勝が、マスターズの初出場につながり、日本人初となるローアマ(参加したアマチュア選手で最も成績上位)の獲得となるのです。大会前、松山選手は「(霞ヶ関CCは)自分の人生を変えてくれた場所。またここで人生を変えることができたら……」と語っていました。
松山選手のプレーをテレビ観戦していて、グリーンの傾斜をうまく利用しているなと感じました。霞ヶ関CCは、2016年に全面改造工事を行っているため、松山選手がかつての記憶や経験をどれほど生かせたかは分かりません。しかし思い入れのあるコースであるがゆえに、おそらく練習ラウンドではヤーデージブック(コースレイアウトや距離、グリーンの起伏などが詳細に書かれた小冊子)を片手に入念に下調べをしたことでしょう。つまり、「現状把握」ができていたということです。グリーンのどこに、どんな球筋で落とせばピンに寄せていけるとイメージできていたからこそ、ラウンドを通じて善戦できたのではないでしょうか。
ビジネスの現場でよく耳にする「QC(Quality Control=品質管理)」や「TQC(Total Quality Control=総合的品質管理)」において、そのファーストステップがまさに「現状把握」です。物事の品質を高めるには「現状把握」することから、これはゴルフもビジネスも同じというわけです。詳しい話は過去記事、第56回を読み返してみてください。
*第56回「ショットを安定させるクオリティーコントロール」
松山選手の飛距離やスイング技術、アプローチの精度などは、一般ゴルファーがまねすることは難しいでしょう。しかし、ゴルフの仕方はまねることができると思います。「現状をしっかり把握する」というゴルフの仕方はぜひまねてほしいと思います。
長所を生かしてメダルを獲得した稲見選手
女子ゴルフは8月4日~7日の日程で開催され、金メダルは世界ランキング1位、米国のネリー・コルダ選手が17アンダーで獲得。これで男女共に米国が金メダルを獲得することとなり、「ゴルフの強豪国」を強く印象付けました。続く16アンダーでフィニッシュを迎えたのが日本代表の稲見萌寧選手とニュージーランドのリディア・コ選手。男子ゴルフと同様にメダルを懸けたプレーオフは、1ホール目で確実にパーとした稲見選手に軍配が上がりました。
今大会で多くの選手をてこずらせたのが、夏特有の深くて強いラフです。男子競技では約7.6cmに設定されていたラフは、女子競技の開幕前に短くカットされました。とはいえ、夏場の芝生は元気がよく、ラフからのショットはある程度のパワーが必要となります。このラフに女子選手は苦戦し、スコアを落としていたようです。こうした状況でのスコアメイクは、いかにフェアウエーからグリーンを狙えるかがポイントになります。稲見選手がメダルを獲得できた要因は、それを実現する「ショットの正確さ」だと感じました。
上位10選手の累積統計から公式値を見ると、稲見選手の平均飛距離は上位ランク外にも関わらず、フェアウェイキープ率(Driving Accuracy)は85.71%で、参加60選手中堂々の1位です。選手の力量がより相対的に分かるスコア貢献度(SG:Storokes Gained)でも、ティーショット(Off the Tea)が3位、アプローチ(Around the Green)が4位と、常にショットが上位で安定していたことがうかがえます。
実は、ティーショットのスコア貢献度は、同じ日本人として期待していたフィリピン代表・笹生選手が1位。もう1人の日本代表・畑岡選手は30ヤード以上からグリーンに乗せるスコア貢献度(Approach the Green)が8位で、共に稲見選手のそれを上回っているのですが、総合力のバランスに欠いて共に9位タイの試合結果となりました。もし稲見選手が、並み居る強豪選手に負けまいと飛距離で争っていたら、このメダル獲得はなかったかも知れません。
男子ゴルフ・松山選手のように現状をしっかり把握すること、女子ゴルフ・稲見選手のように自分の長所に磨きをかけ、得意分野で勝負すること。こうしたことはビジネスでも同じ、負けない工夫・勝率を上げるための工夫といえるでしょう。ゴルフ競技を中心にTV観戦していましたが、東京2020大会の他競技からも「感動」はもちろん、ビジネス・人生に役立つ「学び」を得ることができました。スポーツもゴルフも、本当に素晴らしいですね。