現在、さまざまな地域において、自治体の主導による公衆Wi-Fiの無料サービスである「地域Wi-Fi」の整備が進められている。各自治体は、地域Wi-Fiの導入や活性化を地域振興につなげようと力を入れている。そんな中で注目されているのが大阪観光局が運営する「Osaka Free Wi-Fi」だ。アクセスポイント数は5000を超え(2016年1月現在)、日本最大級の規模を誇る。その成功の秘訣はどこにあるのか。
<大阪観光局>
「大阪の観光戦略」に掲げる“2020年外国人旅行者650万人達成”に向けて、戦略的に観光集客を促進する役割を担う公益財団法人。大阪府・大阪市・経済界により2003年4月に設立した(旧・公益財団法人大阪観光コンベンション協会)。大阪の観光戦略は大阪府市の共通の戦略である「大阪都市魅力創造戦略」における重点取り組みの一つ。
大都市、大阪。大阪城、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンといった人気スポットがあり、心斎橋辺りでは爆買いする訪日外国人の姿もよく見かける。LCC(格安航空会社)の台頭や円安といった追い風もあって、大阪を訪れる外国人は急激に増えている。
こうした観光客の増加の追い風にすべく、大阪府内を対象に地域Wi-Fiが導入されたのは2014年1月のこと。推進役となった「Osaka Free Wi-Fi整備計画推進委員会」では、委員長を大阪観光局の局長が務め、国土交通省 近畿運輸局・大阪商工会議所・NTT西日本などが幹事として名を連ねている。
大阪観光局の情報発信の責任者であり、推進委員会でかじ取り役を担った牧田拡樹事務局長は「具体的な検討を始めたのは、その半年前。Wi-Fiが使えないのが困る、という訪日外国人の要望に応えてのことでした」と経緯を語る。
2本立てのWi-Fiでどこでも使える環境をめざす
Osaka Free Wi-Fiの特徴は、空港や駅など公共交通機関や大規模施設・商業施設などをメーンにした「Osaka Free Wi-Fi」と、観光地やホテル、店舗などがコスト的に導入しやすい小規模なアクセスポイントを活用した「Osaka Free Wi-Fi Lite」の2本立てで進められてきたところにある。
サービス開始時は、公共交通機関向けが先行する形で、42拠点・アクセスポイント数152からスタートした。その後、Osaka Free Wi-Fi Liteの拡充に力を注いだ。牧田事務局長は「併存することで、どこでもWi-Fiを使いたいというニーズに応えられるようにしたかった」と解説する。
大阪観光局はOsaka Free Wi-Fi Liteの拡充に役立てるため、店舗などの集客のための付加サービス「Osaka Enjoy Rally」というポータルサイトを開設した。Osaka Free Wi-Fiのトップページに掲載された店舗紹介サイトからアクセスできる、店舗の特典情報やクーポン券などを掲載するWebサイトだ。Osaka Free Wi-Fiと同様に、日本語・英語・中国語(繁体/簡体)・韓国語・タイ語に対応している。
このOsaka Enjoy Rallyへの加盟費は年間5万円(税別)[2年目以降は、3万円(税別)]。収入はOsaka Free Wi-Fi導入を促すプロモーションの原資に充てている。民間企業でさまざまなビジネスを経験した牧田事務局長の発想から生まれた、地域Wi-Fi運用のための新たなモデルである。
広報活動で認知度を上げて拡充に外部の力を利用する…
Osaka Free Wi-Fiはまさに訪日外国人が待ち望んでいたサービスだった。サービスの開始を発表した日に、大阪観光局のホームページへはアクセスが集中。一時的にアクセスしにくくなったという事象から見ても、期待度は明らかだ。
大阪観光局が現在、力を入れているOsaka Free Wi-Fi Liteのサービスのベースは、NTTメディアサプライが提供する「DoSPOT」というサービスだ。NTT西日本のフレッツアクセスサービスなどを利用していれば、本サービスを契約し、機器を設置するだけで利用できる。
大阪観光局は自社のホームページでの広報活動に合わせて、配布用のチラシや店頭に貼るステッカーを製作し、Osaka Free Wi-FiとOsaka Free Wi-Fi Liteの認知度向上を図った。こうした公益財団法人のバックアップを追い風に、NTT西日本をはじめとした参画企業が店舗などの要望に応じた提案活動を行っている。
「当初はFree Wi-Fiというと、携帯電話事業者などが設置しているWi-Fi機器と誤解する経営者もいて、機器は無料ではないのかといった芳しくない反応もありました」と当初の苦労を振り返る。「それでも、NTTメディアサプライが導入後一定期間は無料で使える割引をしたことなどで、試してみようという人たちが徐々に増えました。ある程度加盟店が増えた時点で“導入してよかった”という声が圧倒的になり、アクセスポイント数の増加に弾みがつきました」と現状の手応えを語る。
アクセスポイント数が増えれば、Wi-Fiが利用しやすくなる。利用しやすくなって、認証数が増えれば、集客にも結びつく。集客に結びつけば導入する店舗が増え、Osaka Enjoy Rallyへの加盟も増える。こうした好循環が生まれ、現在は5000以上のアクセスポイント数を誇る日本最大級の地域 Wi-Fiにまで成長した。
利用環境を改善し続けてサービスレベルの向上を
「Osaka Free Wi-Fiを利用するメリットとして挙げられるのが認証方式です。1回認証されれば簡単に再接続できます。どこに移動しても共通のネットワーク名で統一された認証が使えるのです。それができたのはOsaka Free Wi-Fiの輪を広げようという、立場を超えた各社のコンセンサスがあったからです」と牧田事務局長は笑顔で話す。
そこに至るまでは苦労もあった。例えば、Osaka Free Wi-Fiには、私鉄だけでも、京阪電鉄・南海電鉄・近鉄と3つの私鉄が参加している。各社のWi-Fiに関するスタンスを調整するだけでも大変だった。「総論はOKでも、各論になると意見が異なります。皆でピンポイントに説得して回りました」(牧田事務局長)
ここでのセールストークが「オール大阪で観光を盛り上げよう」だ。このスローガンの下、交通系・公共施設・ホテル・飲食店・商店街・民間施設など、立場を超えて力を合わせようと意見がまとまった。「全国的に見ても奇跡のような展開です」と牧田事務局長は語る。確かに、駅や空港から小さな民間の事業者まで含む大規模な地域Wi-Fiはあまり例を見ない。
もちろん、単純にアクセスポイントを増やすだけでなく、使い勝手の改善にも取り組んでいる。その最たるものが接続時間の延長だ。当初Osaka Free Wi-Fi Liteの接続時間は、1回当たりの制限時間が15分で、1日の接続回数は4回。合計で1人1時間だった。導入している店舗からは“時間が短い”という指摘が多かった。そこで制限時間を30分に変更し、接続回数も8回にした。1日の接続時間の合計は、4時間と4倍になった。
「接続時間を延長した結果、一気に満足度が高まりました」と牧田事務局長。次の改善ポイントは、電波のつながりやすさだ。今後、現地調査を踏まえて改善策を練っていくという。
地域経済への貢献が地域Wi-Fi継続のカギに
こうした大規模な地域Wi-Fiがどうして東京には見られないのだろうか。牧田事務局長は「東京は個別に企業がFree Wi-Fiの普及を進めていました。それに対して大阪はタイミング的にこれからだったのが幸いしたのではないでしょうか」と要因を挙げる。Free Wi-Fiの導入がまだ進んでいない地方自治体にとってこそ、使い勝手のいい地域Wi-Fiを構築するチャンスだといえるだろう。
全国から注目される大阪観光局には、各自治体からの問い合わせや見学も多い。そこから「予算感が分からない」といった課題が見えている。確かに“訪日外国人へのおもてなしのため”という理由だけでは、導入に踏み切れないという想像がつく。費用対効果も見えづらい。
そこで、現在、牧田事務局長が考えているのは、Osaka Free Wi-Fiの利用データをマーケティングに活用することだ。「閲覧している ブラウザーの設定言語から利用者は日本人と外国人が半々であると分かります。さらに使っている場所、どう動いているのかという動線も把握できます。これに購買行動をマッチングできれば、ほかにないビックデータになります。これは強力なマーケティングツールになり、導入の費用対効果も読みやすくなります」
こうした構想が生まれるのも、アクセスポイント数や利用者数が非常に多いからだ。牧田事務局長は「東京のような個別企業のWi-Fi中心では、こうしたデータは取れません。季節や場所ごとの購買履歴を基に、施策を打って、その効果を図る。こうしたサイクルを回せれば、大阪地域に大きな経済効果をもたらすでしょう」と期待を語る。
これまで、地域Wi-Fiの「おもてなし効果」は分かっていても、それがどの程度の具体的な数字に結びつくのかは不透明だった。それだけに、大規模な地域 Wi-Fiを構築し、マーケティングにまで生かそうという大阪観光局のアプローチは、非常に大きな意味を持つ。多くの自治体にとって参考になるのではないだろうか。
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