外国人観光客の増加が続いている。2016年の訪日客数は2400万人超と過去最高を記録し、今年に入っても前年同月よりプラスとなった。全国の観光地は世界各地の人々でにぎわう。これを持続するには、外国人観光客に対する「おもてなし」をいかに充実させていくかだ。世界遺産として知られる和歌山県・高野山の宿坊「赤松院」では、宿泊客へのサービスとして無料Wi-Fiを提供してきた。宿泊客増加に伴って、設備の見直しを行い、より便利に使える仕組みを整えた。
<宿坊 赤松院>
高野山金剛峰寺境内に建つ宿坊寺院。平安時代中期の創立以来、多くの参詣者を迎え入れている。開祖・弘法大師の廟(びょう)所である「奥之院」近くに位置し、赤松氏、細川氏など大名家の菩提所としても知られる。広大な敷地には趣のある庭園、茶室を備え、外国人の宿泊客も多い。客室すべてで無料Wi-Fiが利用可能。
全宿泊客が同時接続できるサービスをめざす
和歌山県北部に位置する高野山は、平安時代の弘仁7年(816年)、空海(弘法大師)によって開かれた真言密教の聖地だ。2004年には「紀伊山地の霊場と参詣道」の1つとして世界遺産に登録され、わが国を代表する史跡として知られる。
山上一帯に広がる境内には真言宗総本山である金剛峰寺をはじめ、100を超える寺院がある。そのうち52の寺院が、参詣者への宿を提供する「宿坊」だ。その1つである「赤松院」は客室60、収容人員200人と最大級の規模を誇る。役僧を務める高瀬氏は、宿坊の現況について次のように話す。
赤松院外観
「高野山を訪れる外国人観光客は年々増加しています。それにつれて宿坊に泊まられる方も増えて、最近では宿泊客の7割近くを外国の方が占めるようになりました」
宿坊は一般的なホテル・旅館に比べて、よりダイレクトに日本を感じられる施設として外国人に人気だ。外国人観光客の増加が続く中で、高瀬氏は宿の運営を行う事務所周辺で、夜になるとたびたび不思議な光景を見るようになった。
赤松院役僧 高瀬氏
「スマートフォンを持った外国人のお客さまが、何人も事務所の周りに座って通話しているのです。雨や雪が降る日も同じでした」。赤松院では2012年、まず事務用としてWi-Fiを導入。3年後には宿泊客向けサービスとして館内に複数のアクセスポイントを設置した。こうした外国人宿泊者の行動は、「Wi-Fiがつながらないから」だった。
館内のルーターは同時接続できる端末台数に限りがある。そのため、利用が集中する夜間には接続できなかったり、通信が途切れたりする状況が発生していた。そこで、事務所のルーターに接続しようと考えた宿泊客が集まったというわけだ。このような状況を改善してサービス向上を図るため、Wi-Fi環境の全面的な見直しに着手した。
ビジネス仕様のWi-Fiで宿泊客のニーズに応える…
日本を訪れる外国人観光客にとって、Wi-Fi環境は非常に大切だ。インターネットによる情報収集はもちろん、母国の人たちとのコミュニケーションやスマートフォンの翻訳アプリを利用して多言語に対応するなど、さまざまな場面でWi-Fiを使う機会が発生する。
スマートフォンが普及した現在、宿泊先ではもはや「なくてはならない」存在だ。赤松院でもこの点を踏まえて整備を進めてきたものの、すべての宿泊客にWi-Fiサービスを提供するまでには至っていなかった。そこで住職の薮本寿紀氏は、長年にわたって同院の電話や通信ネットワークの導入・保守を担当してきたNTT西日本に改善の提案を求めた。
NTT西日本は同院におけるWi-Fiの利用状況を調査し、改善が必要な項目をピックアップした。その結果、改善のポイントになったのは同時接続数だった。当時設置されていたのは、家庭での利用を想定したルーター。1台当たりの同時接続数は最大5台にすぎなかった。それをビジネス向けの「スマート光ビジネスWi-Fi」を導入し、接続端末数を大幅に増やす提案をしたのだ。
スマート光ビジネスWi-Fiなら、1台のアクセスポイントで最大120台の同時接続が可能になる。さらにこれを機に、これまでロビーなど共用スペースでの利用を原則にしていた点を改め、全館規模でWi-Fi接続を可能にすることにした。
赤松院の敷地は広大であることに加え、壁面にしっくいを使った部屋があるなど、所々に電波が届きにくいエリアもある。そうした電波状況を詳細にチェックし、機器の設置台数を最小化して運用職員の負担を軽減しつつ、宿泊客全員がストレスを感じずにWi-Fiが利用できるよう工夫を重ねた。
導入決定から1カ月あまり後の2015年11月、赤松院でのスマート光ビジネスWi-Fiサービスの提供が始まった。館内各所にアクセスポイントが設置され、無料Wi-Fiが利用できることを示す張り紙が掲示された。
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館内ロビーの張り紙(左写真)、アクセスポイント(右写真)[/caption]
「あると便利」から「使えて当然」に
導入から1年半が経過した現在の活用状況はどのようなものだろうか。「大きなトラブルもなく、快適にご利用いただいています。実は導入当初、設定の問題で一時的に接続できない状況が発生しましたが、そんなときでも担当者がすぐに駆け付けてくれたのでスピーディーに復旧しました」(高瀬氏)
これまでは宿泊客からつながらない、途切れるといったWi-Fiに関する問い合わせを受けるたびに宿坊職員が対応していた。導入後はこのような問い合わせから解放され、運営業務に集中できるようになった。大きなメリットといえるだろう。
さらに高瀬氏は今後の抱負を話す。「当院が初めてWi-Fiを導入してから5年がたちますが、正直ここまで当たり前の存在になるとは思いませんでした。以前は予約の際にWi-Fiが使えるかを聞いてくる人が多かったのですが、最近はそのような機会もほとんどありません。お客さまにとってWi-Fiは“使えて当然”のものになっているようです。便利なサービスをいつでも安心してお使いいただけるよう、しっかり管理していきたいと思います」
2015年に高野山は「開創1200年」という節目の年を迎えた。政府が2020年の訪日外国人観光客数を4000万人と見込む中、さらに多くの外国人観光客が訪れることが予想される。そのおもてなしをサポートする、Wi-Fi環境の真価が発揮されるのはまさにこれからだろう。
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