ドラッカーの経営書を題材にした小説がベストセラーになり、漫画やアニメ、さらに映画にもなったことは記憶に新しい。いまや日本の老若男女の多くが、「ピーター・ドラッカー=経営の指南者」という認識を持っているといっても過言ではない。
企業の経営者にドラッカーの教えを広めるドラッカー学会の理事を務め、著作で経営を学ぶ読書会も開催している佐藤等氏に、ドラッカーの理論を実際に経営に生かすポイントを解説してもらった。
ドラッカーの教えは学ぶだけでは意味がない。マネジメントは「実践」だとドラッカーは言っている。ドラッカーを学び、すでに経営に生かしている経営者が全国にたくさんいる。その成果を学ぶことで、ドラッカー経営の実践法が理解できるはずだ。
先達の実践例の前に、ドラッカーの主要著作をすべて翻訳し、「日本におけるドラッカーの分身」ともいわれている、ものつくり大学名誉教授の上田惇生氏のドラッカーの思想を経営に生かす3つの重要ポイントを紹介する。
1. 抽象的な問いに実践で答え、具体化する
2. 利益とは手段であり、目的ではないと肝に銘じる
3. 消費者であり労働者である個人の幸福追求を最優先する
以上の3つを念頭において、先輩の取り組みに学びたい
〈解説〉ドラッカーはスーパーマンを待望してはいけないという。というのは、そんな人材はめったに現れないからだ。トップマネジメントもしかり。トップは自分の弱みを認め、それを補完するメンバーに仕事を任せたほうがいい。これが、部下の強みを生かすことにつながる。多様な仕事には多様な人材が必要である。そこで、お互いの強みを生かし合えば、相乗効果を生む「チーム化」が起きる。
自身の強みに特化して成長する
チーム化により実績を挙げているのは、公園の設計・施工や道路の舗装工事などの建設業を担う宮脇グループホールディングスだ。札幌市に本社を置く同グループは、2005年にホールディング化した後、それぞれの事業会社の業態や幹部人事を柔軟に変化させながら成長を続けている。
経営ビジョンに賛同してグループに参画してくる同業者も現れるようになり、従業員はグループ全体で約180人、100億円の売り上げ規模となっている。グループ全体を束ねる宮脇博嗣社長は、大学卒業後、東京の大手コンサルティング会社に勤務していた。しかし、約20年前に地元北海道に戻り、父親が経営していた宮脇建設(現こぶし建設)のコンサルティングに乗り出した。
宮脇氏は当時、父の会社を継ぐ意志はなく、身内であればより深いコンサルティングができるだろうという気持ちで業務に携わっていた。ところが、次第に経営に関わるようになると、どうも一筋縄ではいかない。そこでの困難を乗り越えようと、ドラッカーの読書会に参加するようになった。
宮脇氏がぶつかったのは2つのカベだった。まず、現場を知り尽くした技術者出身の幹部と意見が食い違った。中長期的な戦略を立て、現場を指揮管理しようとする宮脇社長は、しばしばこうした現場リーダーと衝突した。「経済学部を出て経営に携わってきた自分は、現場のことが詳しくは分からない。どうすれば彼らにうまく自分の方針を伝えられるのか悩んだ」と振り返る。
もう1つは、経営戦略を立ててそれを遂行する能力と、技術的な知識の両方を備えたワンマン経営者である父親の存在だった。自分も、両方を研ぎ澄まさなければならないのかと思い苦しんでいた。その苦境から脱するきっかけとなったのが、ドラッカーの「強みを生かす」という考え方だった。強みを知れば、自然と己の弱みも浮かび上がってくる。そこで、宮脇氏は自身の強みと弱みを徹底的に分析した。
「自分は戦略設計が得意で、戦略を実行していくために人を動かすこともできると考えていた。そして、経営全般を自分一人でやる必要があるものと思い込んでいた。ところが、ドラッカーの『強みを生かす』という言葉の本当の意味を理解できたとき、自分の弱みを見つめ直した。すると、まずすべてを自分で背負う必要はないことに気づいた。そして、本当は実践は不得意と分かり、それを捨てる決心がついた」
そこで、宮脇氏は自分の参謀となる人材を社内に探した。ここで白羽の矢を立てたのが、当時、経理などを担当していた葛西和光氏だ。その後、父親は会長となり、宮脇氏は社長に就任。葛西氏を役員にして、戦略を議論によって磨き上げる方向に切り替えた。さらに、自分の苦手な実践は、グループ会社各社の幹部に全面的に任せる態勢を構築した。
トップが頭を下げる
「このとき、各事業会社の幹部たちに頭を下げた。私が実践する能力よりも、あなたたちのほうが優れている。だから、皆さんでやってほしいと心から言えた」と宮脇氏。当時を葛西氏はこう分析している。「企業は、社長にすべてのスキルを求める傾向がある。周囲の期待と、トップの能力にギャップがあることが組織では最も危険だ。宮脇社長がオールマイティーを諦めたことで、チームでうまく機能分担できた」。
それぞれの強みを生かすチーム化の仕組みができると、半永久的に続く組織になる。宮脇社長は現場を各事業会社の幹部に任せ、自身は戦略立案に専念。各事業会社の強みが明確になり、それぞれが得意な仕事で勝負するようになった。
2014年10月には、それまで親会社的な役割を果たしていた同社の社名を「こぶし建設」に変更した。「同族企業だから組織が持続できているわけではないことを、社内外に示したかった」と宮脇社長は説明する。
日経トップリーダー 構成/尾越まり恵
【あなたへの問い】
■あなたの弱い部分を補ってくれる人は誰ですか?
■その方々が、あなたに期待しているのは何のスキルだと思いますか?
〈解説〉チームを意識せずうまく業務が執行されているときは、必ず誰かがあなたの弱みをサポートしています。それを忘れていると、いつかしっぺ返しを食らいます。なぜなら、あなたの仕事に支障がないようにサポートされている仕事は、うまく実行されているほど、あなたの目には入らなくなるからです。周囲の人のあなたへのサポートを確認しましょう。同時に、その方々があなたに何を期待しているのかを聞いてください。そうすれば、お互いと、その仕事への敬意が生まれます。(佐藤 等)
次号:実例で学ぶ!ドラッカーで苦境を跳ね返せ(第2回)
「組織編 社員の主体性磨き売上高倍増」2015年11月26日公開