実例でドラッカーのマネジメントを学ぶ連載の第2回は、社員に仕事を通して成長を促すことに取り組んでいる企業を紹介する。組織を個人の成長と自己実現の場と考えるドラッカーの理論を実践すれば人材不足に悩むことはなくなる。
ドラッカーに学んだ先輩企業(2)「ビクトリアンクラフト」
●ドラッカーの言葉
「組織とは、個としての人間一人ひとり、および社会的存在としての人間一人ひとりに貢献を行わせ、自己実現させるための手段である」
(『マネジメント』〈下〉)
〈解説〉ドラッカーは、組織は社会的な手段、つまり道具であると位置付けた。道具であるからには必ず目的がある。第一に社会において特有の使命を果たすことである。第二に組織に属する一人ひとりの自己実現を助け、成長させることである。人は、組織の使命を果たすために役割を与えられ、仕事を通して成長する。スキルや知識を身に付けるだけではない。人として大きくなる。仕事が人格を形成する。人に成長の機会を与えることに真剣に取り組む経営者が人材に悩まされることはない。
ビクトリアンクラフトは20年前に英国アンティーク家具の販売・修理業として長野県で創業。2003年よりアイリッシュパブを中心とした店舗プロデュースも手掛けている。同社がプロデュースした店舗は全国に200店以上あるが、1つも閉店していない。
顧客が集まる店舗設計に強みを持つ同社だが、09年まで売り上げは伸び悩んでいた。店舗プロデュース業の開始に当たり数人だった従業員を20人にまで増やした。ところが結果が伴わない。創業以来伸びていた売り上げは2億円で頭打ちとなり、それ以上突き抜けられない期間が3年ほど続いた。
斧隆幸社長は「人も増やして案件も受注できているのに、なぜ売り上げが伸びないのか。お前らがもっと頑張らないと駄目だ」と従業員を叱り続けた。社内の雰囲気は悪くなり従業員は定着しない。「何がいけないのか?」と斧社長は頭を抱えた。
組織は個人が学ぶ場…
答えを求めて、斧社長は手当たり次第にビジネスセミナーや勉強会に参加した。どれも正しいとその場は納得して、学んだことを実践してみるのだが、全く改善されない。それどころかますます状況は悪くなるばかり。そんなときに出会ったのがドラッカーだった。
「ドラッカーの勉強会に参加し『組織は個人の自己実現のための道具である』という言葉を聞いた。ガーンと頭を殴られたような衝撃を受けた」という。斧社長は、それまでは組織のために個人がいると考えていた。組織が個人の成長の場であるなどと考えたことはなかったのだ。
価値観を根底から覆されるほどのショックを受けた斧社長は、まず従業員の成長のために必要な「学びの場」について真剣に考えた。そこで、毎年斧社長が期初に制作し社員に配布していた「経営計画手帳」を全従業員で作ることを思い付いた。1年間の経営方針の骨組みは斧社長が作り、具体的な目標や実現に向けての施策は各部署で考える。
全員で考えた新年度の経営計画と前年の振り返りは、経営計画発表会で各部署から発表され、全体で共有する。経営計画発表会は銀行や取引先も集まる一大イベントで、これに向かって従業員たちが一丸となり準備することが恒例となった。
全員参加の経営計画手帳は15年版で4冊目となるが、導入当初からうまく運用されたわけではない。気持ちの上でドラッカーの言葉を理解できても、実践するのは難しいという経営者は多い。斧社長も、毎日ドラッカーの言葉を書き写すようにしている。学び続けなければ習慣にはならないからだ。
一方従業員たちも、このような突然の社長の変化に戸惑っていたという。半信半疑で取り組んだため、自分たちで決めた目標でも実行されないことが多かった。
働く駒が成長する仲間に
そこで斧社長は「行動を習慣化するためには細かい計画が必要」と考え、2年目から手帳に1年間分のスケジュールを1日単位で記載。例えば学びの場として定期的に開催する社内の勉強会は斧社長だけでなく各部署のリーダーが講師を務めるべく、通年で日付・場所・担当講師を明示している。
同社では、この2年ほどでようやく経営計画手帳が機能し始めた。それに伴い、社長に命令されて動いていた従業員の目線が変わり、働き方に主体性が現れた。14年9月期の売り上げは3億6000万円。全員手帳に取り組み始めた4年前と比べると倍近くの成長を遂げた。数年後には10億円という目標を見据えている。
斧社長は「従業員への意識が『働く駒』から『共に成長する仲間』へと変わったのが一番の変化。例えば従業員から退職の話があったとき、これまでは『業務上困る』といった損得の感情が先に立っていた。しかし今は社員の人生にとってどうするのが最適かと考えられるようになった」と言う。最近では従業員たちは萎縮せずに斧社長に自分の意見を伝える。社内の雰囲気が明るくなった。
日経トップリーダー 構成/尾越まり恵
【あなたへの問い】
■部下に与えるのは「詳細な指示」ですか? それとも「意味や目的」?
■部下が「挑戦したい」と思っていることに耳を傾けていますか?
〈解説〉現代は、簡単な仕事は機械がしてくれるようになり、人は人として働く、つまり、自ら考えて行動することが要求されています。働く人も、ほかの人が考えたことを言われた通りにやることはつまらない。細かい指示を出せば出すほど、自信や意欲を失います。もしも、部下が思いもよらない行動を取ったときは、冷ややかに評論するより、行動の意図を聞いて、何の情報が不足していたかを尋ねてください。このような対応によって、主体的な組織ができてきます。(佐藤 等)
次号:実例で学ぶ!ドラッカーで苦境を跳ね返せ(第3回)
「廃棄と集中編 名言を支えに赤字事業から撤退」2015年12月7日公開