問題事業を「廃棄」するだけでは将来の展望は開けない。成長するためには新しい事業に挑む必要がある。そんな事業の芽をどのように見つけたらいいのか。ドラッカーのマネジメントに学ぼう。
ドラッカーに学んだ先輩企業(3)「日興電機製作所」(後編)
●ドラッカーの言葉
「『分析できるほどはまだわからない。しかし、必ず見つけ出す。外に出かけ、観察し、質問し、聞いてくる』といわなければならない。予期せぬものは、通念や自信を打ち砕いてくれるからこそイノベーションの宝庫となる」
(『イノベーションと企業家精神』)
〈解説〉「予期せぬ成功」に着目すれば、イノベーションが起こせる可能性が高い。小さくとも「成功」という結果がすでに出ているから、強い足掛かりになる。しかし、多くの人は「予期せぬ成功」に気づかない。予期せぬものは意識の外側にあるからだ。だから意識して探索する必要がある。見つけたら分析する。分析のスタートは顧客からだ。「予期せぬ成功」の理由に答えを持つのは唯一、顧客である。
3代目経営者は苦闘していた。通信設備を製造する日興電機製作所(埼玉県桶川市)は、光通信への移行に乗り遅れた。2004年に和光良一社長が後を継いだとき、業績は右肩下がりだった。
転機となったのは事業の「廃棄」。最大の得意先に納めていた赤字製品の製造を中止。15年続けた新製品の開発プロジェクトをやめた(詳細は第3回)。代わりに、自社の強みが生きる新分野の開拓を狙った。ドラッカーは「自らの強みは、自らの成果で分かる(『プロフェッショナルの条件』)と言う。和光社長は自社製品の売り上げと採算を見直した。
利益が出ていて、売り上げが右肩上がりの製品が一つだけあった。それが、ナンバーディスプレーアダプターだった。電話機の液晶画面に、電話をかけてきた相手の電話番号を表示するナンバーディスプレー機能は、今ではほとんどの機種にある。だが、このサービスが始まった1998年頃には、対応していない電話機が多かった。
そこで旧式の電話機でもサービスが受けられるように、電話機に接続して使う液晶画面付きのナンバーディスプレーアダプターを各社が発売した。だが、新型の電話機への移行が進んだ2000年代前半には、その多くが製造停止になっていた。
敗戦処理から意外な成長…
その中で日興電機製作所が販売を続けていたのは、在庫が大量に残っていたからだ。社内では「すでに終わった製品」という位置づけで、敗戦処理に入っていた。ところが、ネット経由で細々と売っていたこのアダプターの売り上げは伸びていた。年間の販売台数は、00年には500台ほどだったのが、04年には2000台を超え、08年には3000台に迫った。
当初、和光社長は「競合他社が製造をやめたからだろう」と、気に留めなかった。だが、あまりの勢いに看過できなくなってきた。それでもこのアダプターを次の主力製品に据える気にはなれなかった。売り上げに占める割合が5%未満だったからだ。
そんなとき、「予期せぬ成功」というドラッカーの言葉に出合った。「予期せぬ成功ほど、イノベーションの機会となるものはない。これほどリスクが小さく苦労の少ないイノベーションはない。しかるに予期せぬ成功は無視される。困ったことにはその存在を認めることさえ拒否される」(『イノベーションと企業家精神』)。
顧客訪問でニーズを発掘
ナンバーディスプレーアダプターは、まさに「予期せぬ成功」だ。この製品を無視して会社の発展はない。和光社長は本腰を据えて、ヒットの理由を探ることにした。手始めに、アダプターを購入した顧客企業を10社ほど訪問した。ほとんどがシステム開発会社だった。そこで意外なニーズを知る。
アダプターは、美容室や飲食店の予約管理システムをつくるのに使われていた。アダプターの機能は、本体に電話番号を表示するだけではなかった。電話とパソコンの両方に接続すれば、電話に着信があったとき、相手の番号を店のデータベースにある情報と照合。電話をかけてきた顧客の過去の来店履歴などを、パソコン画面に瞬時に表示させることができる。こんな便利な仕組みを低コストでつくれるため、中小企業や自営業者向けのシステム開発のツールとして重宝されていたのだ。
やっと売れている理由に納得できた。和光社長は、ナンバーディスプレーアダプターを次の主力と位置づけ、販売強化に乗り出した。まず、細かいニーズを拾い上げた新機種を開発した。例えば、顧客訪問で要望を多く受けたUSBケーブルへの対応。従来品は一世代前のケーブルにしか対応していなかったため、顧客は変換用アダプターを別途、購入していた。これが不要になった新機種は歓迎され、買い替えが進んだ。
販売もてこ入れした。直販サイトは従来、自社で制作していたが、素人臭いデザインで、「本気で販売を続ける気があるのか」と懸念する声が顧客から聞かれた。そこで専門業者に外注し、使い勝手のいい本格的な直販サイトをつくった。
その結果、09年度は2000万円強だったアダプターの売り上げは、13年度は8000万円強と4倍増。売り上げの20%を占めるまで成長し、数年続いた赤字を脱する原動力になった。「ドラッカーに導かれ、われわれを本当に必要とする顧客を見つけた」。和光社長は力強く語る。
日経トップリーダー 構成/尾越まり恵
【あなたへの問い】
■あなたの会社が商品やサービスを提供した後、顧客は何をしていますか?
〈解説〉あらゆる商品、サービスは本来、顧客の生活やビジネスをより良くするために提供されています。「我が社は顧客にどんな変化をもたらしているか」。この問いに経営者が答えを持たないなら、それは事業でなく、ただの作業の塊です。自社の商品やサービスを利用する顧客の様子を思い浮かべてください。具体的にイメージできないところがあれば、顧客を訪問して尋ねましょう。顧客の困った顔や喜ぶ姿が鮮明に見えたとき、新しいアイデアが次々と浮かび上がるはずです。(佐藤 等)
次号:実例で学ぶ!ドラッカーで苦境を跳ね返せ(第5回)
「外部にある経営資源編 “顧客の顧客”を増やす」2016年2月1日公開