ドラッカーは、潜在的な機会の発見に努めることこそ企業の生き残りのポイントとしている。潜在的な機会は、外部環境がいいときだけに見つかるわけではない。今回は将来の不安の中にチャンスを見つけたケースを紹介する。
ドラッカーに学んだ先輩企業(4)「北海道健誠社」(中編)
●ドラッカーの言葉
「あらゆる企業が、隠れた機会をもち、あるいは弱みを機会に変えることができるということではない。しかし、機会をもたない企業は生き残ることができない。そして潜在的な機会の発見に努めない企業はその存在を運に任せることになる」
(『創造する経営者』)
〈解説〉脅威に見える変化を利用して機会に変える。これは経営者の責務である。企業経営に問題は尽きない。しかし、問題の対応に追われるのは、過去に生きていることを意味する。そこに未来はない。未来に生きると経営者が決意したとき、脅威の中に隠された機会に気づき、活用することが可能になる。脅威に背を向け、運を天に任せてはならない。
原油価格が急騰して、会社が危機に陥るかもしれない。
2005年、北海道健誠社(北海道旭川市)の瀧野雅一専務がそんな危機感を口にしたとき、社内では誰も耳を傾けなかった。北海道健誠社は、ホテルや病院向けのリネンクリーニングを主力とする。1992年に瀧野専務が、父母とともに設立した(第5回参照)。
クリーニング工場には大型ボイラーが設置され、その燃料として重油を大量に使っていた。当時、原油価格の高騰に伴い、重油の価格はじわじわ上がり始めていたが、数年後にさらに約2倍に跳ね上がるとは、誰も予想していなかった(下図参照)。
だが、重油の価格は自分たちの努力ではコントロールできない。瀧野専務は不安を覚えた。そこで重油の代替となる燃料を調べたところ、木くずなどを燃料にする「木質バイオマスボイラー」の存在を知った。早速導入に向けて調査を始めたものの、社内では反対する声が強かった。
このとき、ドラッカーの言葉が支えになった。「あらゆる関係者が起こりえないと知っていることこそ徹底的に検討しなければならない。起こりえないことが、自社にとって何かを起こすための大きな機会となる」(『創造する経営者』)。
思考停止していないか?…
社内の関係者が木質バイオマスボイラーの導入に否定的なのは、原油価格の急騰は「起こりえない」と思い込んでいるからだ。しかし、現実には上昇基調で、急騰の可能性は十分あった。大半の人が「起きない」と信じているのは、「起きたら困る」ので、思考停止しているだけではないか。そんな誰も備えていない危機に先手を打って対応すれば、いざ危機が発生したとき、競合他社に優位に立てる。
もしも原油価格が急騰すれば、主要顧客のホテルや病院も苦しむだろう。給湯や暖房を重油ボイラーに頼っているからだ。そのとき顧客企業に木質バイオマスボイラーを紹介し、導入を支援できれば、関係が深まる。ピンチをチャンスに変えることも不可能ではない。
瀧野専務はこう考え、木質バイオマスボイラーの導入はドラッカーのいう「大きな機会」だと確信した。ドラッカーは「潜在機会の発見とその実現には心理的な困難が伴う」と記す。社内の反対は「心理的困難」にすぎないと受け止めた。
最大のカベは、父の瀧野喜市社長の説得だった。父が懸念したのは、約2億5000万円という初期費用の資金繰り。そこでNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の共同研究に応募。これが採択されたことで、初期費用を半分近くまで減らした。父も納得し、2007年3月に木質バイオマスボイラーが稼働した。
原油価格が急上昇したのは、それからわずか数カ月後だった。
原油急騰でもコスト削減
「もし重油ボイラーを継続していたら、年間6000万円ほどだった燃料費がおよそ1億円になり、約4000万円のコストアップになった。だが、木質燃料に切り替えたことで逆に約3500万円のコストダウンになった」という。
木質バイオマスボイラーは売り上げにも貢献した。というのも、導入を検討するホテルなどからの問い合わせが新規受注につながった。さらにホテル業界で、環境に配慮したクリーニング業者を選ぶ動きが広がっていることも追い風だ。外資系のコンドミニアムなどから高単価の新規受注が取れている。
「起こりえない事態」は、今後もあるはずだ。例えば、木質燃料の需給ひっ迫は懸念材料。特に当初、主力にしていた建築廃材は、建設業の景気に供給が左右される。実際、昨年の消費税率引き上げ後、駆け込みの建設ラッシュの反動で供給が減った。ただ北海道健誠社は将来の供給減に備え、11年から、森林に放置された間伐材など林地残材の収集と活用を始めていたので、影響を受けずに済んだ。
「未来を自分の力で切り開く意思を持てば、地方の中小企業でも活路が開ける。そこで必要な視座をドラッカーは示している」と、瀧野専務は話す。
日経トップリーダー 構成/尾越まり恵
【あなたへの問い】
■将来、倍増してもおかしくないコストや、売り上げが半減してもおかしくない商品はありませんか?
〈解説〉特定のコストが倍増したり、ある部門の売り上げが半減する。冷静に考えれば、そんな事態を想定するのは難しくありません。資源価格の上昇はもちろん、租税や規制でも負担は増します。得意先の倒産や技術の陳腐化で売り上げを失うこともあるでしょう。「クサいものにはフタ」とばかりに、経営の不安定要因から目をそらしていませんか。正面から見据えることが、未来のピンチをチャンスに変える第一歩です。(佐藤 等)
次号:実例で学ぶ!ドラッカーで苦境を跳ね返せ(第7回)
「利益とは条件編 利益を追わずに利益率アップ」2016年4月4日公開