実例からドラッカーのマネジメントを学ぶ連載。今回は、真摯さを貫くことの本当の意味を問い掛けるケーススタディーです。果敢な営業を行った結果、待っていたのは顧客からの信用失墜。失地挽回を狙う工務店が決断した手法とは?その決断に込められた思いとは?
<解説>顧客に向ける真摯な態度、それも確かに重要である。ドラッカーは、プロたる者は「知りながら害をなすな」と、著書『マネジメント』で説く。自社の工事に欠陥を見つけた工務店が、顧客が気付かなくてもやり直すといったことは「仕事上の真摯さ」の一例だ。
しかし経営管理者、すなわちマネージャーの持つべき真摯さはこれと異なる。親であり教師であれと、ドラッカーは説く。部下の人生に関わる存在であれということだ。真摯さのない者をマネージャーにすれば、部下の成長を阻害し、やがて人と組織を破壊する。
創業者の後を継いだ蓬台(ほうだい)氏も、真摯さをもって社員と顧客に向き合った。そこから生まれたポリシーが「自社が建てた住宅にトラブルがあれば必ず、1時間19分以内に駆け付ける」。その姿勢が顧客の支持を得て、会社は発展した。逆にトップマネジメントの真摯さが途切れれば、組織は終わる。(ドラッカー学会理事=佐藤 等)
このとき現場にいた担当者の1人が、今は社長の蓬台浩明氏だ。国立大学の建築学科を卒業後、大手ハウスメーカーに就職したが、大組織の中で歯車のように働く毎日に、もどかしさが募った。建設の仕事をするからには泥にまみれたいと考え、現場監督を募集していた都田建設に転職した。1998年、27歳の時だった。
当時、設立3年目の都田建設には、創業者で社長の内山覚(さとる)氏(現在は会長)のほか、パートの女性が1人だけ。受注も少なく、現場監督としての仕事がない。そこで飛び込み営業を始めた。
もともとが大工の創業者は、根っからの職人だった。「家は建てて終わりじゃない。完成した後も20年、30年と、お客さまを守り続けたい」――。そう熱く語る姿に共感したが、やがて疑問が芽生えた。
お客さまを本当に守り続けるというなら、建てた家に万一、後から瑕疵(かし)が見つかった場合、無償で修理すべきだろう。そうなれば、1棟当たり1000万円近くかかることもあり得る。それに耐えられる余力が、この会社にあるか。
「会社の成長なくしてお客さまは守れない」
しかし、創業者にも自分にも経営の知識が欠けている。そこで連日、図書館に通い「経営」と付く棚にある本を片っ端から読んだ。特に印象に残ったのが、ドラッカーの著作だった。分かりにくかったが、なぜかもう一度、読みたくなる。そこで書店で買い求めて繰り返し読むと、その都度、線を引きたくなるところが変わる。時々の課題や問題意識で、浮かび上がるフレーズが変化した。
経営書を読み込んだ蓬台氏は、マーケティング強化を思い立った。その頃の都田建設の仕事は、ツテに頼った下請けが大半。自社で受注して建てる戸建て住宅は、年間1棟ほどしかなかった。
「広告を打って、施主から直接、受注を取りましょう」
だが、創業者の答えはノー。「一生懸命、仕事をすれば、お客さまは付いてくる」と言って取り合わない。資金がない現実もあった。しかし、業績は振るわない。危機感を覚えた創業者が、新聞広告を出すことを決意したのは約1年後。500万円ほど借り入れ、蓬台氏の訴えに応じた。
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都田建設の本社。近隣でカフェや雑貨店なども運営し、週末には周辺一帯が女性客などでにぎわう[/caption]
攻めの営業で受注20倍
自分を信じてくれた創業者に報いたい。蓬台氏は「1年で20棟の新築物件を受注する」と約束した。それまで年間1棟がせいぜいだったのだから、無謀ともいえる。
だが、蓬台氏には勝算があった。
大手ハウスメーカーに勤務していた頃、金額が折り合わずに受注に至らないケースを多く見ていた。規模の小さな都田建設では、経費節減の余地が大きく、大手よりも坪単価にして10万~15万円程度安く価格を設定できる。
「大手が取りこぼしているお客さまの思いを、全部かなえられる」
そんな思いを胸に、必死に営業した。広告を見て問い合わせてきた顧客を訪問。「玄関の戸を開けてもらったら足を突っ込み、絶対に帰らない」ような、攻めの姿勢。契約件数は、1年目が24件。2年目は30件に達した。
こうして会社が順調に成長を遂げるかに見えた直後の2003年元旦、冒頭の大事件が起こった。無理な受注が、綻びを招いたのだ。受注件数の増加に職人の確保が追いつかなかった。やむなく、今まで付き合いのない大工に現場を任せた。そこで忙しさにかまけてチェックが甘くなったことが、ずさんな工事を生み、施主の信頼をぶち壊した……。
蓬台氏は、創業者に懇願した。
「この家を、無償で建て直させてください。かかる費用は、私個人が借金してでも何とかします」
創業者は約1000万円を工面し、解体と建て直しの算段を付けてくれた。施主は「もう一度、蓬台君を信じるよ」と言った。新しい家が完成すると、施主は笑顔を見せ、友人を新規顧客として紹介してくれた。
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顧客向けのイベントを頻繁に開催。社員1人ひとりが顔の見える関係を築く。そんな催事の1コマ[/caption]
ドラッカーの本で読んだ、ある言葉がよみがえった。
真摯さ(Integrity)――。ドラッカーは、マネジメントを担う者にとって真摯さとは、知識や才気を超えて重要な資質だとする。その意味が腹に落ちた。この会社に懸けようと自分が思ったのも、創業者の真摯さにひかれたからだ。
振り返れば、急成長の綻びは社内にも広がっていた。新たに採用した社員に、疲弊感がまん延していた。蓬台氏が孤軍奮闘で確立した攻めの営業スタイルを、全社一丸で続けるのは無理があった。
「脱・価格訴求」の具体策
蓬台氏は、営業手法の大転換を決意した。このときも脳裏に、ドラッカーの言葉があった。
顧客の創造――。事業を営む目的はそう定義できると、ドラッカーは『マネジメント』で指摘する。この言葉をかみしめ、考えた。
「他社よりいい商品をつくりたい、いいサービスを提供したい。その一心で頑張ってきた。けれど、肝心のお客さまのことが見えていただろうか。お客さまの気持ちを無視して追いかけ回すのはある意味簡単だが、結局は嫌われ、自分たちも疲弊する。逆に、お客さまにただ真剣に向き合うことで、お客さまのほうから自然に都田建設に集まってくるような会社にできないか」
これを機に、価格を訴求するセールストークをやめた。そして社員1人ひとりが、家づくりに込める思いを語ることにした。新居で顧客の生活がどう変わり、どんな幸せな時間を過ごしてほしいと考えるのか。そこに力点を置いた。
チラシに価格を載せるのをやめ、物件の写真も控えた。その代わりに、社員の顔写真とメッセージをちりばめた。さらに営業エリアを絞った。新たに定めた「宝の声119番」対応を実行するためだ。顧客の家で水道のトラブルなどがあったら、社員が「1時間19分」以内に駆け付ける。だから、社員が車で1時間19分以内に行ける場所にしか家を建てない。
蓬台氏は07年、社長に就任。現在は年間100棟以上の新築を手掛け、15年2月期の売上高は28億円。「この家を燃やしてほしい」と言われた施主からは、その後も新規顧客の紹介が相次ぎ、14年間で8件の成約に結びついた。
【あなたへの問い】
■あなたの会社の商品やサービスについて、お客さまに一番に約束したいと思うことを挙げてください。
■その約束は、どんな条件の下なら守れるでしょうか?
<解説>どんなに良心的な企業でも、お客さまの抱くありとあらゆる期待に応えることはできません。そのことは、お客さまも分かっています。
お客さまからの信用を得るには、むしろ安請け合いしないことが大事です。期待に応えると保証できる範囲を限定し、約束できないことを明確にする。その代わり、「やる」と保証したことは、必ず実行する。そのほうが、真摯な姿勢が伝わります。
では、どんな範囲で、何を約束することを、お客さまは求めているのでしょうか。蓬台氏は、社員の1人ひとりの家づくりに懸ける思いが本物であることを約束し、伝えようとしました。だから営業エリアを絞る代わりに、顧客の元に1時間19分以内に駆け付けることを保証したのです。(Dサポート代表※ 清水 祥行)
※ Dサポートは、ドラッカーのマネジメント体系を活用した人材開発支援を手掛け、本連載を監修するドラッカー学会理事の佐藤等氏と清水祥行氏の2人が、代表取締役を務める
※ ドラッカーの著作からの引用ページは、ダイヤモンド社刊行の書籍に準拠しています
日経トップリーダー 構成/尾越まり恵