実例からドラッカーのマネジメントを学ぶ連載。今回は、受注件数が年間1件から30件に急成長を遂げた都田建設の取り組みの続編です。自社の強みを知り、育てるためのケーススタディーとなります。同社は、顧客に聞いた自社の強みを社風として定着させるために「真剣バーベキュー」を始めました。
「経済的な業績は、差別化の結果である。差別化の源泉、および事業の存続と成長の源泉は、企業の中の人たちが保有する独自の知識である。成功している企業には、常に、少なくとも一つは際立った知識がある。そしてまったく同じ知識をもつ企業は存在しない」
(『創造する経営者』145ページ)
<解説>組織の強みとは何か。ドラッカー教授は、組織を構成する個々のメンバーが持つ「独自の知識」だと考えた。その知識は、1人ひとりが無意識に繰り返す活動や行動に表れる。
例えば、トヨタ自動車には「トヨタ式」という言葉に象徴される独自の知識がある。その蓄積が、他社との間に顧客価値の差を生む。実際にはトヨタに限らず、大抵の企業が独自の知識と強みを持つ。しかし、自覚するのが難しい。得意なことは当たり前にでき過ぎて、自分では気付きにくい。
ドラッカー教授は、自社の強みを知る手がかりとなるいくつかの問いを残した。都田建設の蓬台(ほうだい)社長は、これらを使って、自社の強みを認識した。何気ない顧客の言葉に大きなヒントがあった。いったん強みが分かれば、強化が可能になる。都田建設では、社員の魅力を磨くため、週1回のバーベキューを始めた。組織の強みを伸ばす活動を日々積み重ねることが、業績に大きな差を生む。
(ドラッカー学会理事=佐藤 等)
ドラッカーに学んだ先輩企業(14)「都田建設」(後編)
楽しく歓談した後、後片付けまで1時間で終える。参加者全員に時間管理能力やコミュニケーション力が求められる。視察者も多い
「そうだ、バーベキューをしよう!」――。2008年の正月、天啓のようにひらめいた。
同年8月から、都田建設(静岡県浜松市)では週1回、昼休みに全社員が本社の裏庭に集まり、バーベキューをしている。社員は今では約50人。正午に全員が集合してスタートし、午後1時には、後片付けまできっちり終える。開催回数は、累計400回を超えた。
雰囲気がお金になる
バーベキューを始める前年、蓬台浩明社長は、悶々(もんもん)としていた。
大手ハウスメーカーから都田建設に転職して10年目のこの年、創業者から社長を任された。
確かに実績は上げてきた。大工出身の創業者と事務員1人の小さな会社に飛び込み、「攻めの営業」で奮闘。年間1件ほどだった戸建て住宅の受注を、わずか2年で30件に伸ばした。
その後、方針を大転換。商圏をぐっと絞る代わりに、自社が建てた住宅にトラブルがあったら、1時間19分以内に社員が駆けつける「宝の声119番」対応を導入。顧客のライフスタイルを重視したきめ細かい営業にかじを切り、一定の手応えを感じていた。
しかし、何か物足りない。
何度も読み返したドラッカーの書籍の一節が、脳裏に響いた。
「何をもって憶えられたいか」(『非営利組織の経営』)。
ただ業績を上げて、「ちょっと変わった建設会社が浜松にある」と覚えられてもつまらない。組織としての魅力で「面白い会社が日本にある」と世界に知られたい。では、都田建設の面白さとは何か。魅力とは何か。なかなか答えは出てこなかった。
ドラッカーは「自社が得意とするもの」を把握する方法について、『創造する経営者』に記す。
「他社はうまくできなかったが、わが社はさしたる苦労もなしにできたものは何かを問わなければならない」
「上得意の顧客に対し、わが社は他社にできないどのようなよい仕事をしているかを聞かなければならない」
そこで顧客を訪問し、「なぜうちを選んだのか」と直接尋ねた。だが、明瞭な答えが返ってこない。「うーん、何となく……」と、首をかしげる。「えっ、理由がない?」と、驚いた。「そんなことで、うちの会社は大丈夫か」と思いながら、食らいついた。「もうちょっと何かないですか。小さなことでいいですから」。すると、こう言われた。
「雰囲気かなあ。あえて言うなら人っていうか……」
また驚かされた。雰囲気だけで、数千万円もする買い物を決めたのか。にわかに信じられなかった。しかし、よく考えると、それが本当ならば大変な強みだ。顧客が指摘した「雰囲気」について、改めて考えた。商品や販促物のデザイン、社員の服装や表情、人柄――。それらが全体として醸し出す社風を指すのだろう。
仕事中にサーフィン?…
しかし、いい社風をつくるには、どうしたらいいのか。
答えを求めて、本を読みあさった。その中で感銘を受けたのが、米国のアウトドア用品メーカー、パタゴニアの創業者の著書「社員をサーフィンに行かせよう」。パタゴニアでは、「いい波が来たらサーフィンに行こう!」と社員に呼びかけ、業務時間中でもサーフィンに出掛けることを奨励しているという。
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蓬台社長が感銘を受けた本「社員をサーフィンに行かせよう」(東洋経済新報社)[/caption]
ただ「遊べ」と、言っているわけではない。社員に「真剣なアスリート」として、他のメンバーと協調しながら、融通を利かせて効率的に、責任感を持って働くことを求める。仕事中のサーフィンは、そんな社風の象徴だ。
興味が湧いて、米国西海岸に飛び、ロサンゼルス郊外のパタゴニア本社を視察した。海を見渡せる敷地。その一角で社員に尋ねた。
「本当に晴れた波の高い日にはサーフィンに行くのか」
すると、「実際にサーフィンに行く社員は3%程度だ」という。
少しがっかりした蓬台社長に、その社員は真顔で説いた。「けれど、ここにはその3%をめざす人しかいない。できるかどうかじゃない。そういう働き方をめざす人が集まることが大事なんだ」。思わず、納得させられた。帰国後、パタゴニアのサーフィンのように、自分が理想とする社風を、インパクトを持って伝える方法がないかと考えた。
ふと思い出したのが、若いときにホームステイしたオーストラリアの家族。週末のたびに家族や仲間が集まり、バーベキューを楽しんでいた。そこでひらめいた。
楽しむための叱咤激励
合言葉は「晴れた日には、バーベキューをしよう!」。
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都田建設の名物、ランチタイムのバーベキュー。持ち回りの幹事役が、この日のメニューや調理の段取りを説明[/caption]
平日に会社でバーベキューをするという提案に、社員は最初、戸惑った。一方、蓬台社長は仕事中でもすぐ取りかかれるように、350万円以上かけて、本社の裏庭にバーベキューの設備を作った。第1回のランチバーベキューの幹事は、社長自ら買って出た。
持ち回りの幹事は大仕事だ。予算1万円で献立を考えて食材を調達し、約50人の社員をリードしながら調理から歓談、後片付けまで、1時間で終わらせる。雰囲気づくりにも気を配る。
幹事以外の参加者も場を盛り上げるため、自分にできることを考え、動く。時に叱咤(しった)激励も飛ぶ。
「挨拶のときは、口角を上げようよ」「うつむかないで。周りの人に目線を向けて」「最近、よく声が出るようになったね」――。
なぜ、こんな声掛けをするのか。「私たちがバーベキューをする理由を突き詰めれば、従業員満足ではなく、顧客満足のためだから」と、蓬台社長は説明する。
バーベキューを通じてコミュニケーションの質を高め、顧客を楽しませ、気配りができる人になろう。良い社風づくりで顧客に喜びを生もう。そんな目的意識を全社員が共有するよう、意義を説く。
だから、バーベキューを満喫しながら、仲間にダメ出しする社員も現れる。その過程で互いの強みも弱みも熟知し、補い合う連携プレーが出る。そんな関係性が仕事に生きる。
都田建設の経営を任されたとき、蓬台社長は収益力の向上を目標の1つとしていた。16年2月期の売上高は28億円、営業利益は1億4000万円。社長就任時から、営業利益率は倍増した。
その原動力は、個々の社員と顧客の関係の深さ。価格競争と一線を画し、既存顧客からのリフォームなどの受注が増えたことも収益性に貢献した。「魅力を磨けば、価値が磨かれる。その価値が利益を生む」と、蓬台社長は語る。
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蓬台社長のノート。経営課題などについて考えていることを、手書きでまとめて整理する[/caption]
【あなたへの問い】
■あなたの会社に、本業と関係なく社員が集まる職場コミュニティー活動はありますか?例えば、どんな活動がありますか?
■その活動の企画、実行を担っているのは、誰ですか?
■その活動で、意外な活躍を見せている人はいませんか?
<解説>ドラッカー教授は、「職場コミュニティー活動」は、社員がマネジメント的な視点を獲得する好機だと指摘しました(『現代の経営[下]』)。例えば、クリスマスパーティーの幹事や社内報の編集など。若手が初めてリーダーシップを発揮するには格好の場です。
だから経営陣はあまり口出ししないこと。都田建設のバーベキューも、軌道に乗るまでは蓬台社長が奮闘しましたが、その後は社員に任せていきました。社員が互いの意外な資質を知り、切磋琢磨(せっさたくま)する場になりました。(Dサポート代表※ 清水祥行)
※ Dサポートは、ドラッカーのマネジメント体系を活用した人材開発支援を手掛け、本連載を監修するドラッカー学会理事の佐藤等氏と清水祥行氏の2人が、代表取締役を務める
※ ドラッカーの著作からの引用ページは、ダイヤモンド社刊行の書籍に準拠
日経トップリーダー 構成/尾越まり恵