例えば「トイレが汚い」。言われてみれば確かに、従業員用トイレは67年のオープンから半世紀近く、大規模な改修がされていなかった。きれいにするには、ただ便器を取り換えるのでは不十分。配管工事も必要で、莫大な費用がかかった。それでも少しずつ予算を確保し、2015年から1年に数フロアずつ工事を始めた。今年ようやく、全9フロアの改修が完了する。
「社員食堂の料理がおいしくない」という不満もあった。食堂を運営する会社と相談して、厨房設備のメンテナンスを実施。毎月29日を「ニクの日」と定めてステーキランチを提供したり、従業員のリクエストに応える特別メニューを企画したりと、工夫を重ねた。
挨拶運動を始めた半年後、挨拶を返す人が増えた手応えを感じ、1年後には挨拶の習慣が店内に根付いたと確信できた。さらに2年ほど続けると、従業員から「挨拶運動は私たちがやります」という声が上がり、高橋店長はお役御免となった。
それと同時に、販促などの企画提案が出るようになった。
大きな転機となったのは、14年4月。屋上に期間限定でバーベキュー施設をオープンさせた。店長室の若手が提案した前例のない企画。来店客に、大人1人2000円で炭火や食器、調味料などを提供し、持ち込み自由の食材や飲み物でバーベキューを楽しんでもらう。消防法上許されるかを行政と話し合うなど、手間はかかったが、実現すると話題を呼び、メディアの取材が相次いだ。
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2016年12月には、屋上に期間限定でカーリング場を設置して話題になった。斬新な企画へのチャレンジが、好業績の原動力だ[/caption]
バーベキューを目的に来店した顧客を満足させるため、全店一丸となった。精肉売り場では普段、高級品が中心の品ぞろえを見直し、リーズナブルな価格の肉とカットした野菜のセット商品を販売。これがよく売れた。発泡酒なども冷やして用意した。
その後、さまざまな企画が提案され、部署横断で取り組むプロジェクトが増えた。参加した従業員は、普段と違う仕事を体験して充実感を味わうと同時に、個別プロジェクトの収支への関心を強めた。それが、普段の仕事を見直すきっかけとなった。
例えば、衣料品売り場で、シーズン中に売れ残った商品を値下げして販売すれば、利益率は下がる。それを防げないかと考える姿勢が生まれた。定価で喜んで買ってもらえるのはどんな商品なのか、顧客が満足する品ぞろえを真剣に考えるようになった。そんな変化が、連続増益につながっている。
「トップの仕事は、現場が仕事をしやすい環境の整備。提案が湧き出す最初のきっかけさえつくれれば、チャレンジが増える。すべての挑戦が成功しなくても構わない。失敗を許容し、行動力を底上げしていく。そうすれば組織はどこまでも力強く成長していける」。高橋店長はそう確信している。
【あなたへの問い】
■これまでに、あなたが現場に尋ねて出てきた意見や不満、アイデアに、どんなものがありましたか?
■これから現場と、どんな関係を築きたいですか?
■ そのような関係を築きたいことを現場に伝えるため、どんな行動を取りますか?
<解説>現場の声を聞くことを恐れる経営者は、少なくありません。「スタッフに思い切って、『本音で話してくれ』と言ったら、出てきたのは不平不満や愚痴ばかりだった。もう懲り懲り」といった具合です。
しかし、長い間、無視されてきた現場が、初めて意見を求められれば、不平不満が先立つほうが自然です。現場といい関係を築きたいと本気で思うなら、小さな不満を貴重な提案として扱う。そんなトップの姿を何度も見れば、現場も変わります。
(Dサポート代表※ 清水祥行)
※ Dサポートは、ドラッカーのマネジメント体系を活用した人材開発支援を手掛け、本連載を監修するドラッカー学会理事の佐藤等氏と清水祥行氏の2人が、代表取締役を務める
※ ドラッカーの著作からの引用ページは、ダイヤモンド社刊行の書籍に準拠
日経トップリーダー 構成/尾越まり恵