実例からドラッカーのマネジメントを学ぶ連載。第28回からスタートした米菓メーカーの三州製菓の取り組み、3回目になります。業態転換が見事に成功した同社は、次にヒット商品づくりに取り組み始めた。営業スタッフを減らし、企画スタッフを増員。しかも女性社員を多く登用したという。マーケットインというスタンスから生まれたヒット商品とは?
「実のところ、販売とマーケティングは逆である。同じ意味でないことはもちろん、補い合う部分さえない」
(『マネジメント[上]』78ページ)
販売とマーケティングはそもそもスタートラインが異なる。
販売は企業目線でスタートする。これに対してマーケティングは、顧客目線に立つことから始まる。
ドラッカー教授はこう説く。「真のマーケティングは、…(中略)…顧客からスタートする。『われわれは何を売りたいか』ではなく、『顧客は何を買いたいか』を考える。『われわれの製品やサービスにできることはこれである』ではなく、『顧客が見つけようとし、価値ありとし、必要としている満足はこれである』という」(『マネジメント』)。
例えば、商品開発会議で飛び交う意見の主語は何か。「我が社」なのか「顧客」なのか。その違いが思考と行動を大きく変える。
三州製菓は、マーケティング思考を定着させるため、組織体制を変えた。販売部門を縮小し、企画開発部門を拡大した。
販売部門が強過ぎる組織では、マーケティングの重要性を訴えても変化が起きにくい。そもそもの立ち位置が真逆だからだ。マーケティングには、現場で顧客の声を拾う活動も欠かせない。会議室で顧客について推測してはならない。現場で主体的に考え行動する社員を育てたことが、三州製菓の改革を後押しした。
(ドラッカー学会理事=佐藤 等)
ドラッカーに学んだ先輩企業(17) 三州製菓 (3)
斉之平社長。中小企業の2代目として、青年期から経営学に深い関心を寄せた
業態転換が見事に成功。しかし、喜んではいられなかった。
米菓メーカー、三州製菓(埼玉県春日部市)の斉之平伸一社長は、2代目経営者。1976年、28歳で父が創業した会社に入社した後、その事業構造を大きく変えた。
もともとはスーパーなどに置く量販品を主力としていたが、大手との競合が激しく、もうからない。そこで約10年をかけて少しずつ、この市場から撤退した。代わりに、和菓子専門店向けのOEM(相手先ブランドでの生産)提供を強化。米菓店「三州総本舗」のFC(フランチャイズチェーン)展開にも乗り出した。この戦略が成功して売り上げが伸び、安定的に利益を出せるようになってきた。
88年、社長に就任。この頃から、新しい課題に直面した。斉之平社長の事業戦略の肝は、少量多品種生産。OEMの受注先が増えるたび、それぞれに合わせた新商品を作らなくてはならない。店で商品を買う消費者を飽きさせてもいけないので、絶え間ない新商品開発が求められた。
そこで「会社全体の売り上げに占める新商品の割合を30%以上にする」ことを、KPI(重要業績評価指標)に掲げた。さらに「売り上げに占める割合が2%以下の商品は製造を中止する」というルールを設定した。半期に1度、全商品の売り上げをチェックして、このルールを徹底。商品の新陳代謝を促すようにした。
しかし、それだけではヒット商品は生まれない。ドラッカーの言葉が脳裏に響いた。「マーケティングの理想は販売を不要にすることである。マーケティングがめざすものは、顧客を理解し、顧客に製品とサービスを合わせ、自ら売れるようにすることである」(『マネジメント』)。
かつての三州製菓を振り返れば、まさに販売中心の会社だった。ありふれた商品を作っては問屋に頭を下げて、押し込むように売っていた。しかし、それはマーケティングの理想に反する。「プロダクトアウトではなくマーケットイン。お客さまの声に耳を傾け、お客さまの視点に立つことで、自然に売れていくような商品を作るのが、真のマーケティングなのだ」と、斉之平社長は思い至った。
営業社員を減らした狙い…
ドラッカーの言葉に触発された斉之平社長は、社長就任からしばらくして大幅な配置転換を断行した。営業社員の数を減らし、その代わりに新商品の企画開発をする人員を増やした。それと同時に商品企画室のリーダーを男性から女性に変え、メンバーも女性ばかりにした。
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米菓が主力の菓子店「三州総本舗」を子会社で展開[/caption]
理由は2つあった。
まず、三州製菓が製造する米菓を、最終的に店頭で購入する顧客のほとんどが女性だから。顧客の視点に立った商品開発をするには女性の視点が不可欠だと考えた。
もう1つの理由は、自社の女性社員に可能性を感じたから。当時、三州製菓で働く女性には、育児が落ち着いた40歳前後にパートとして入社する人が多かった。大半は出産前に企業などでの勤務経験があり、社会人としての基礎はできている。そんな女性たちを主力に、商品開発の体制を再構築した。
顧客の声を聞く仕組みも整えた。OEM先やFC店向けに年2回、アンケート調査を実施。通信販売の顧客については、直近1年の購入履歴がない人に絞った調査を行い、その意見を重視している。「厳しいコメントが多いが、市場の変化を先取りする兆候がしばしば表れる」(斉之平社長)という。
5年粘った渾身のヒット
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商品の企画会議の様子。メンバーは、女性ばかり[/caption]
このような開発体制から2001年、大きなヒット商品が生まれた。「揚げパスタ」だ。
女性社員がイタリア料理にヒントを得て、揚げせんべいのようにパスタ生地を揚げて作るスナック菓子を発案した。類似商品は見当たらず、三州製菓にとっては和風のせんべいから離れ、新分野を開拓することにつながる。斉之平社長は「イノベーションを起こすチャンス」と意気込み、専用の製造機械を自社で設計し、組み立てた。
発売当初はあまり売れなかった。しかし、すぐに製造中止にはしなかった。「未知の分野への挑戦であり、せんべいの味や形を変えるのとは次元が違う」と考えた。
顧客の声を聞きながら、改良を重ねた。例えば、「一度に食べきりたい」といった声を受けて、1袋の分量を減らした。一方、味のバラエティーは増やし、少しずついろいろな味が楽しめるようにした。さっぱりと軽い食感にするため、機械の改良も繰り返した。
こうして粘り強く続けた努力がようやく花開いたのは、発売から約5年後。今では、揚げパスタはOEMを主力とする三州製菓の売り上げの10%以上を占める。子会社で展開する直営店やFC店でも、看板商品になっている。
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ヒット商品「揚げパスタ」。2001年の発売当初はあまり売れなかった[/caption]
実は2013年、衝撃を受ける出来事があった。
社長の味覚は鈍かった
ある女性社員が中心となり、全社員を対象に味覚の鋭さを試すテストを実施した。
テストの内容は、「甘い」「しょっぱい」「酸っぱい」「苦い」「うまい」といった味の成分をわずかに溶かしたいくつかの水溶液を用意し、それぞれを口に含んで、味の違いが分かったかどうかを確認するというものだった。
すべての水溶液の味を正しく判別できたのは、女性社員ばかり。男性の成績はそろって振るわない。斉之平社長も例外でなく、正解できた味は1つだけだった。「喫煙や飲酒の習慣が影響している」と説明を受けた。
自分の味覚が鈍いと分かってショックを受けた。なぜなら、開発中の商品を試食し、発売のゴーサインを出すのが長年、斉之平社長の重要な仕事の1つだったからだ。しかし、この味覚テストをきっかけに、思い切って社員に権限を委譲することにした。「味覚評価委員会」を新設。そのメンバーに、味覚テストで好成績だった女性社員を任命し、開発中商品の味の良しあしを判断する役割を委ねた。
現在、社員が246人いる中で管理職の女性比率は25%、役員では50%を占める。2016年、「男女共同参画社会づくり功労者」として、カルビーの松本晃会長などと並んで内閣総理大臣表彰を受けた。
「商品の魅力も、顧客の気持ちも、現場の社員が一番よく分かっている。三州製菓の場合、その現場の主力は女性社員。彼女たちの主体的な活躍をサポートするのが、経営者の役割だと思う」
斉之平社長は、若き日からドラッカーに学び、「現場に意思決定を委ねる経営」をめざしてきた。数十年の時を経て、一歩ずつ着実に理想へ近づいている。
【あなたへの問い】
■ あなたの会社の現在の顧客は、どんな人たちですか?
■ 現在の顧客の行動特性や価値判断の基準について、社内で最もよく知るのは誰ですか?
■ より選ばれる商品やサービスを作るには、誰に何を尋ねるのがいいと思いますか?
あるリゾートホテルの営業担当者が、こう話していました。「いつも外回りばかりなので、お客さまが滞在中、どのように時間を過ごしているかは、実はよく知らないのです」
このホテルで、お客さまの行動特性や価値判断の基準を最もよく知るのは、営業担当者ではありませんでした。実は、売店のパートスタッフの中に、このホテルのお客さまの特徴を熟知する人がいました。
貴重な情報を持つ人は、意外に身近なところに隠れているかもしれません。
(Dサポート代表※ 清水祥行)
※ Dサポートは、ドラッカーのマネジメント体系を活用した人材開発支援を手掛け、本連載を監修するドラッカー学会理事の佐藤等氏と清水祥行氏の2人が、代表取締役を務める
※ ドラッカーの著作からの引用ページは、ダイヤモンド社刊行の書籍に準拠
日経トップリーダー 構成/尾越まり恵