実例からドラッカーのマネジメントを学ぶ連載。今回は、佐賀県で学習塾を運営するNES(ネス)が取り組んだ「主体性を持って仕事をする」組織のつくり方を紹介する。保護者の声をきっかけに学習塾に対するニーズが多様化していることを知り、それまで漂っていた社内の閉塞感を打開するきっかけをつかんだという。社内を改革すべく手に取ったのは、ドラッカーの著作『経営者に贈る5つの質問』だった。
「組織は一つの目的に集中して、初めて成果をあげる」 (『ポスト資本主義社会』)
多くの経営者が、社員に「主体性を持って仕事をしてほしい」と訓示する。しかし、その言葉だけで社員が自ら考え行動するようにはならないことも、自らの体験から知っている。
社員が主体性を発揮できない組織は、たった1つの決定的な条件が欠けている。それは、明確に絞り込まれた目的。使命ないしミッションとも言い換えられる。
ドラッカー教授は「組織は道具である。…中略…したがって、目的すなわち使命が明確であることが必要である。組織は一つの使命しかもってはならない。さもなければ、組織のメンバーは混乱する」(『ポスト資本主義社会』)とした。
主体性は一定の方向を与えられて、初めて成果に結びつく。
NES(ネス、佐賀県多久市)の南里(なんり)社長は『経営者に贈る5つの質問』を用いて、組織を方向付けた。特に大きな変化をもたらしたのが、第3の質問の「顧客にとっての価値」、そして第4の質問が問いかける「成果」の定義だ。
5つの問いに向き合った南里社長は、学習塾の成果を「学力アップによる志望校合格」と捉えるのをやめた。生徒が「目標に向かって努力する体験」を通じ、「明日の自分が楽しみになる」ことが、自社の成果なのだと捉え直した。経営者が成果の定義を変えれば、社員の働き方はおのずと変化する。
(ドラッカー学会理事=佐藤 等)
ドラッカーに学んだ先輩企業(19) NES(ネス) 前編
NESの南里社長。2005年、20代半ばで英語塾を立ち上げた
「別にうちの子が志望校に合格しなくてもいいんです」――予期せぬ顧客の声にハッとした。
NESの南里洋一郎社長は、佐賀県内に2教室を持つ学習塾の経営者。2010年、全生徒約130人の保護者との個別面談を開始した。そこで想定外の本音を知る。
「うちの子は今、『この高校に行きたい』という一心ですごく頑張っています。それなら受からなくてもいいから、自分で決めたことを全力でやり切らせたい」
1人、2人の意見でなく、多くの人が同じ希望を口にした。
学習塾に対するニーズは「志望校合格」「成績アップ」だとばかり思っていたが、実は違った。保護者は何より、目標に向かって頑張るわが子の姿が見たいのだ。実際、その体験は子どもの人生において大きな価値を持つだろう。
南里社長は社内の閉塞感を打破する糸口をつかんだ気がした。
言われたことしかしない
南里社長が郷里の多久市に「南里英語教室」を開いたのは05年。
大学卒業後、カナダに1年渡航。ウエーターのアルバイトで持ち前のコミュニケーション力を発揮し、時給の3倍近いチップを稼いだ。
そんな南里社長から見ると、日本人には英語の知識はあっても、話したいことや度胸がなくてまごつく人が目立った。そんな現状を変えようと、子ども向けの英語教室を開業することを思い立った。
帰国後、大手学習塾に教室長として約2年勤務。生徒の純増数で約200教室あった九州地区でトップに立ち、自信を得て起業した。
だが、最初にチラシなどで集められた生徒は2人。ここで前職の教室長時代の教訓を生かし、考えた。「商品は先生。今の生徒の評判が、新しい生徒を連れてくる」
文化祭など、塾の生徒が通う学校の行事に片っ端から顔を出した。生徒と親しく話していると、ほかの生徒や保護者からも声がかかる。それが糸口になって、口コミで生徒が増え始めた。
08年には教室を拡張移転。教える科目も英語だけから5科目に増やしていき、社員を新卒採用で2人、中途で1人採用。組織としての体制を整えていった。
ここで大きな壁にぶつかる。
組織が回らない。
社長の自分が指示を出さないと社員が動かない。電話が鳴れば取る。生徒が来れば授業をする。生徒と雑談もする。ただ自発的にできるのはせいぜいここまで。
主体性を育もうと、社員には授業のほか、広報やイベント企画といった担当を持たせた。だが実際には、社長が「今年のハロウィーンには、こんなパーティーをやろう」などと切り出さないと、何も始まらない。
答えよりも問いが大事…
「なぜうちの社員は作業係のような働き方しかできないのか」
答えを求めて書店で見つけたのが、ドラッカーの『マネジメント』だった。最初はなかなか読み進まなかったが、縁あってドラッカーの読書会に毎月、参加するようになると弾みがついた。
そこで出会った人から「ドラッカーの理論を突き詰めた究極のマネジメントは管理を不要にする」と言われ、興味が増した。指示命令ばかりの今の経営スタイルから、何としても脱したい。
ドラッカーのこんな言葉に共感した。「間違った問題に対する正しい答えほど、実りがないだけでなく害を与えるものはない」(『マネジメント』)。確かに現実の社会では、どんな答えを出すかより、どんな問いに向き合うかが重要だ。
そこで手に取ったのが、ドラッカーの『経営者に贈る5つの質問』。わずか110ページほどの1冊に、経営者に向けたシンプルな問いが並ぶ。これらに自分なりの答えを探す日々が始まった。
第1の質問は「われわれのミッションは何か?」。
この問いの答えは明解な気がした。知識だけでは海外の人とコミュニケーションできないという問題意識が、起業の原点。それを踏まえて社員と2時間も話し合うと、次の1文にまとまった。
「『共育』を通じて未来を拓く国際的な人財の育成に貢献する」
第2の質問は「われわれの顧客は誰か?」。
授業を受けるのは生徒。その保護者も顧客と呼べる。しかし、ミッションに込めた「共に育ち合う」という思いを貫くには、保護者以外の生徒の家族、さらには地域住民や学校関係者も巻き込みたい。
ここまでは迷わず答えが出た。
だが、第3の問いは難しかった。
「顧客にとっての価値は何か?」
学習塾の顧客ニーズといえば、成績向上、志望校合格と考えるのが一般的。だが、本当にそれでいいのか。ドラッカーは言う。「憶測しようとしてはならない。常に顧客のところへ行って答えを求める」(『現代の経営』)
明日の自分に期待する
そこで保護者全員との面談を決意。そして冒頭の通り、意外な顧客の本音を知る。新しい発見を踏まえ、第3の問いにこう答えた。
「目標に向かって真剣に取り組む経験、体験」。つまり「成績」という結果ではなく、「努力」するプロセスの支援にこそ価値がある。
第4の問いは「われわれにとっての成果は何か?」。
何ができれば、第3の問いで見つけた「価値」を、顧客に提供したことになるのか。答えはあるとき、天啓のように降りてきた。
「明日の自分が楽しみになる」
生徒が目標に真剣に取り組めば、明日の自分が楽しみになる。明日の自分が楽しみだから、今日頑張れる。これこそ自社の事業が成功しているかどうかを示す指標だ。
ドラッカーが最後に用意した問いは「われわれの計画は何か?」。
実際には、最初の4つの問いに答えが出ると、次々に新しい計画のアイデアが出てきた。
例えば「目標に向けて真剣に取り組む」ことが、この塾の価値なら、そんな生徒の姿を記録に残そう。南里社長はそう考え、受験生たちを夏期講習の時期から卒業まで小まめに撮影し、記念のフォトブック(写真参照)を作ることにした。生徒の表情が日を追うごとに凛(りん)と大人びてくることが分かり、本人にも保護者にも好評だ。
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受験生の成長する姿を記録に残すフォトブック。保護者や生徒に好評[/caption]
社員からの提案も徐々に増えた。塾の生徒に限らず、地域の子どもたちに海外の人と触れ合う場を提供する「国際理解講座」はその1つ。エジプト出身の人を招いて象形文字で自分の名前を書くなど、体験型の企画が好評を博している。
実は、最初の4つの問いに答えを出した12年ごろから、生徒数の伸びがいったん止まった(グラフ参照)。南里社長は「成長の踊り場だからこそ、人材育成に注力しよう」と考えた。教室長を任せられる社員が育った15年、2つ目の教室を開き、再び成長軌道に乗る。17年3月期は売上高5700万円、経常利益542万円。
「正しい問いが、人と組織を成長させる」(南里社長)
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南里英語教室の生徒数の推移[/caption]
【あなたへの問い】
■ あなたの社員に対するコミュニケーションのうち、「問いかけ」が占める割合は、どのくらいですか?
■ 社員に、どういう問いかけをよくしますか?(「いつやるのか」が多いか「なぜやるのか」なのか、など)
■ 社員が意外な答えを返してきたとき、どう感じますか?
指示待ちでなく、主体性を持って社員に働いてほしいのなら、指示の出し過ぎがよくないことは自明です。よかれと思ってする助言や情報提供も、「こう動いてほしい」という経営者や上司の意図が強く働くと、社員にやらされ感が生じます。
主体性を育む上で有効なのは、問いかけです。それも「いつやるのか」と急かさず、「なぜこの仕事が必要なのか」といった意義を問う。社員が予想外の答えを返したとき、拒絶せずに受け入れる懐の深さも不可欠です。
(Dサポート代表※ 清水祥行)
※ Dサポートは、ドラッカーのマネジメント体系を活用した人材開発支援を手掛け、本連載を監修するドラッカー学会理事の佐藤等氏と清水祥行氏の2人が、代表取締役を務める
※ ドラッカーの著作からの引用ページは、ダイヤモンド社刊行の書籍に準拠
日経トップリーダー 構成/尾越まり恵